第6話 決着をつける
班長だけあってやはり、森のザコと身構えが違う。達也の強さは何回も見てきた。強固な盾で守りつつ、素早い剣戟で攻撃する。攻防1体の完成された攻撃は、十人の殺し派に囲まれても傷1つつけられずに勝ったこともある。
「会長も君には死んでほしくないらしいよ。発明家としても、兵士としても優秀だからって。俺も同じだ」
達也は俺をまっすぐ見て、
「頼む。俺にお前が死ぬところを見せないでくれ」
と堂々と言い切った。
おそらく、達也も本気なのだろう。達也と友だった俺から見て、ふざけているようには見えない。
しかし、俺も本気だ。
「いやだね」
「そうか」
その時。
はるか後方。
ここからでもはっきり聞こえるほどの大きな爆発音が聞こえた。
「な……」
「彼女の処理は、あいつらに任せることにする」
これではっきりした。
家を囲んでいた奴が俺の家を攻撃し始めた音だとは想像に難くない。
「お前……、お前なぁ!」
「まさ、君はしっかり殺すよ。俺の手で」
盾を前にこちらに突っ込んでくる。俺は炸裂弾を3発放った。弾は間違いなく達也の盾で炸裂したが、達也のスピードは緩まない。
「嘘だろ……」
盾には傷1つ入っていない。これでは炸裂弾は使えないと考え、弾を変えた。貫通弾。威力が最も高い弾だが、反動が大きく連射ができないのが難点のため、普段は使わないが、この場合しょうがないだろう。
盾に向かって狙撃。しかし、盾には傷1つつかない。
「マジかよ」
いつしか10メートル以上あった距離がすでに埋まっている。凄まじい剣速の攻撃が、俺に襲い掛かった。俺は飛びのいて横薙ぎの攻撃をかわす。
達也はそれを見て、今度は盾をぶつけてきた。バリアに反応し、衝突、衝撃が伝わり俺は激しくノックバックする。
まだ達也の攻撃は続く、再び上段からの剣戟が俺を襲う。俺は苦し紛れに盾で隠れていない達也の腕に狙撃を試みたが、達也はそれに反応し力任せに攻撃を中断すると、
「Eコード、バウンドステップ、バック。テイルオン!」
何かに押されたように後ろに跳び、俺の弾丸を躱す。
「まさ、短剣はどうしたの?」
「折れたんだよ。お前の部下にやられた」
「そう、なら……。Eコード。レプリ、光刀。テイルオン」
刀をもう1本出したかと思うと、それを俺に投げる。
「何の真似だ」
「いつだって俺たちのやりあいはフェアにってルールだろう。互いに武器2つだ」
「くだらない。何がフェアだ」
しかし、銃だけだと勝てないのも事実。俺は刀を受け取った。
琴音が心配だ。1刻も早く助けないといけない。そのためにはまずここでくたばってはいけない。
「俺は……あいつに……」
「行くぞ、まさ!」
再び迫る盾に向かって俺は弾丸を放った。勿論効果はない。しかし、それでいい。
達也は俺を殺せる人間だ。俺は、足掻いて、足掻いて、足掻いて。
足掻きぬいて、達也にもうすぐやってくるであろう勝利を殺す。
襲い掛かる剣戟。その隙を埋めるように盾が器用に攻撃に転じたり、防御に動いたりと起用に動く。隙が無い。
俺達の刀は何度もぶつかり合い、互いの命を狙う。
この1ヵ月、必死に磨いてきた戦う力、誰かを殺すために身に着けた力で。
「はあ!」
達也の気合の籠った垂直斬りを、
「ぐぅ!」
俺は力任せに弾く。そして、続く左からの水平切りを、
「おお!」
達也は無理矢理盾を引き寄せその攻撃を弾く。
いつかは、こうやって真剣に相対することがあると思っていた。しかしこんな風に戦うことになったのは、決して幸運というわけではない。
達也の剣が俺のバリアに激突し、3回の防御を終えた、光の壁はガラスのように割れ、飛び散る。
もう俺を守るものは存在しない。
しかし、怖気づくことは許されない。
もう、引き返せないところまで来ている。
俺の剣戟も、光の弾丸も無慈悲に弾かれ、俺の命を奪おうとする刃や盾と言う名の鈍器が俺を追い詰め続ける。
長い、長い時間だった。響く激突音。剣が空を斬る音。銃声。それらすべてがたった1つの場所で混ざり合い、鈍く力強い音を奏でる。
大義の剣はまとわりつく闇を切り払うように、強く美しく輝く。
俺の剣は、大義の奔流に抗うように醜く足掻く。
数多の散る火花は重なり、地面を焦がした頃。
その時は来た。
足をかけられ、体勢を崩した俺の腹を、横に薙がれた剣が深々と裂き、俺は後ろに転がった。
「……まさ。さよなら」
振り下ろされる刃が確認できたときには、すでに遅かった。もう、あらゆる反撃が間に合わない。
結局……こうなるのか。
俺は目を閉じて、その時を待つ。
8
走馬燈というものは、フィクションだからこそできるものだとバカにしていたが、迫る死への時間が限りなく遠くに感じ。今までの思い出が俺の前を流れていく。
どうして自分はここに居るのか。
少し前に聞いたこの問いに。俺はいまようやく答えを出せたような気がした。
死ぬまで生きるためだ。
だが、この言葉の死ぬは、心臓が止まることと定義されていない。
俺にとっての死ぬはきっと――。
「まさ!」
後ろから呼ぶ声がする。それは、俺が心の中でずっと想っていた幼馴染の声。
時間が再び流れ始めたのを感じ、目を開けた。
「Eコード、スキャン、レイヴンストラッシュ、テイルオン!」
紫の細長な刃は雨のように降り注いだ。達也がそれを縦で受け止めるが、威力が凄まじいのか、その表情は険しい。
「せあああああ!」
上から人が落ち、禍々しい足が思い切り盾にぶつかる。その瞬間、凄まじい衝撃を示す旋風が起こり、地面が割れ、盾に大きなひびが入り、達也は後方へ吹き飛んだ。
「まさ! 撃って」
いつの間にか、左に握られていた銃が高温の熱を帯びている。
「く、チートだろ……」
とつぶやきながら立ち上がった、達也に向けて。
引き金を引いた。
通常の狙撃ではありえない激しい光と反動と共に、放たれた一筋の紫光が、達也の盾を貫き、肩を穿った。
「う……ああ!」
襲い掛かる痛み。驚きと激痛による叫びをあげる達也。
俺は、彼の両足を正確に狙い撃った。
立つ力すら奪われた達也は、その場で仰向けに倒れる。
俺はまだ痛みが襲う腹を抱えながら、達也の元へ行く。
「肩貸すよ?」
という琴音も、もうすでにボロボロだった。俺は手でその誘いを断り、達也の近くに立った。
「まさ……」
「俺の勝ちだな」
「ああ……負けたよ」
すでに生気が失われ始めた瞳は、まっすぐに俺を見つめる。
「まさ……俺達、この世界に来た意味ってあったのかな」
「……お前、こと」
「言うなよ。それは野暮だ。そうだよ。きっと俺もお前と同じなんだろうな。言いたい言葉……なかった。……も俺は……の間にか、それを捨ててし……から、勝利の女神はお前に微笑ん……。いまよう……分かったよ。……もう……何も……も、おそ……」
餞の言葉すら待たずに、目を閉じる達也。
「まさ」
隣から、琴音が言葉をかける。
「大丈夫?」
「それはこっちの台詞だ」
「私は平気」
「嘘つけよ」
どこからどう見ても満身創痍という言葉しか似合わない。
「なんでここに来た?」
「だって……やっぱり死ぬの怖いから。逃げてきちゃった」
「逃げてきちゃったって、この島にいる限り、もう逃げるのは厳しいんじゃないか?」
「ううん。もう十分。まさを見つけたから」
「は?」
「だって……最後に独りぼっちは嫌だから」
いつの間にか俺により体を密着させる琴音。体重をほぼこちらに預け、もう立っているだけでも精1杯なのだろうか。
森の方からは多くの人間がこちらに向かってきている。
「来ちゃった……」
「多分俺ら死ぬな……」
「でも……不思議と怖くない」
「とうとう頭もおかしくなっちゃったな。でも……俺も同じさ」
俺たちは死ぬ。
しかし、理不尽は感じない。この島では人間は死ぬまで生きる。俺たちは死ぬに値する人間になったということ。
今、――その時だ。
この場面で言うことではない。誰もがそう思うだろう。
しかし、何の抵抗も感じない。
迫りくる死を前に、この世界に来てから最も穏やかな気持ちで琴音の手をとり、強く握りしめる。
そして告げた。
「好きだ。琴音」
琴音は返事もくれずに、にっこりと微笑みかけてくれた。
その笑顔は俺の心をゆっくりと包み込み、意識を溶かしていく。
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