第3話 彼女を連れだして(前)
4
琴音は最初こそ渋っていたが、俺が琴音に元気づけようと言葉をかけていると考え方の相違からケンカになった。こげ茶の石造りの正方形の道を進みながら、こっそり抜け出しているはずなのに、いつしか自分たちの位置を伝えるような大声で怒鳴りあいながら。しかし、悪い気分じゃなかった。琴音が少し元気になってくれたと思ったから。
この地下道がアリの巣と例えられる理由は、ところどころに広い部屋が存在するところにある。
2回階段を上って、迫る集団の足音から逃げながら、ついに出口付近の大部屋に差し掛かった時、石造りの番兵、いわゆるゴーレムという奴に出会ってしまった。
「時間ないってのに」
2体はこちらに気付き、ゆっくりと近づいてくる。急いでいる見である以上普通なら逃げるところだ。しかし、後ろに戻ると、美琴を狙う連中に見つかる可能性がある。
「つうか、こんな考えできること自体、この世界に慣れてる証なんだな」
「ぶつぶつ言わないで。突破するんでしょ」
「あいよ」
俺は肩を回し、両手で頭を叩いた。何かに集中するときのルーティーンだ。
「私がコード言い終わるまで時間稼いで」
おそらく彼女は自称チート級のなにかを使うのだろう。聞こえは良くないがとても心強い。
しかし、すべてを任せるつもりはない。せっかくなので男らしいところを見せてみたいところだ。
「Eコード。ファンクション、レーザーアームズアサシアス。スロット、バレッタエイト、バーン、ブレイク、スタン、テイルオン!」
その掛け声とともに、俺の腰にベルトが巻かれる。左には刃渡り5十センチの光でかたどられた短刀、右にはハンドガン型の拳銃が現れる。
番兵は岩を軋ませ、耳障りな音をあたりにまき散らしながら、俺の方へと2体とも迫ってきた。俺が武装をしたのに気付いたのか、迫るスピードは先ほどより速くなっている。
俺はハンドガンの銃口を左の奴に向け、3回引き金を引く。光の弾は番兵に当たり炸裂し、左の番兵はのけぞった。それを確認した時点で、右のゴーレムは腕を大きく上げていて、それを俺に向かって振り下ろしていた。しかし、その攻撃は突如現れる光の壁に阻まれる。俺が唱えた先ほどのコードには、攻撃を3回だけ弾くバリアを展開する力も発動していたのだ。渾身の攻撃を弾かれ、ノックバックした番兵に、俺は左の手で刃渡り5十センチくらいのレーザーブレードを逆手で持ち、思い切り叩きつけた。大きく傷が入ったのを確認して、俺は1度ゴーレムとの距離をとる。
ガコッ!
鈍い激突音がした。バリアが2回目の攻撃を受けたのだ。見ると先ほど炸裂弾でのけぞらせた奴が、地面を壊して、大きな瓦礫をこちらに投げつけてきたのだ。バリアは自分への攻撃は防いでくれるが、衝撃波を起こしてしまう。不安定な体勢だったため、少し吹き飛ばされてしまった。
「うお……」
体勢が整わないところに、再びゴーレムは何かを投げようとしているのを見て、仕方なく銃でそいつを撃った。再び起こる炸裂が奴を大きくのけぞらせる。もう1方が再び攻撃を仕掛けてくる。この光景は先ほどと同じだ。
「ロック解除。Eコード。ファンクション、業天魔装。テイルオン!」
琴音が勢いよく跳躍し、ゴーレムの頭に向かっていく。彼女の足には黒を基調とした紫のラインが入っている禍々しいグリーブとシューズが装備されていた。
「せあ!」
彼女は勢いよくゴーレムの頭を蹴る。なんと頭があっさりと砕け散った。それは彼女の攻撃がいかに凄まじい威力かを物語っていた。ゴーレムの頭は十5人がかりで、光剣で十5分斬り続けても、薄い傷がいくつかつくだけだ。それだけゴーレムにとって頭は大事なところで硬くする必要があったということ。しかし彼女はそれを軽々と1撃で砕いて見せた。
「……チート級だな」
崩れ落ちるゴーレムを見て、見せ場を1つとられてしまったことを認めると、さすがにもう1体くらいはと、俺は先ほど自分でのけぞらせたゴーレムへと突っ込んだ。
さすがに1体が相手なので、さほど苦労もなく、最後はゴーレムの中でも1番柔い胴体に、レーザーブレードを突き立てて、心臓部を破壊した。
「テイルオフ」
顕現させた装備を消して、琴音の方を見る。琴音は手を合わせていた。崩れ落ちた番兵に。
「何してるんだ」
「命を奪ったらこうすることにしてるの」
「何でだよ。俺たちを襲った奴だぞ」
「そうだけど……こうしないと、命の大切さを忘れちゃう気がして」
「いい子ちゃんだな」
「悪い?」
「いや、別に」
彼女の行為を否定するわけではないが、俺はその行為を肯定する気にはなれなかった。
ここは殺し合いの世界。奪った命にいちいち哀れみの感情を持っていては、罪の意識でこっちの精神がすり減る。それで発狂して自殺したり、街中で大量殺人をし始めた奴も存在した。俺はもう考えないようにしている。
しかし琴音がそんなことができないのも分かる。昔から嘘をつくのが下手で、悪い事をとことん許さない正義の味方気取りの女だった。ついでに、俺以外には優しい。
つまり、善悪判断で限りなく善側の極端に近い彼女が、悪の象徴である人殺しをするなど本来はありえないことなのだ。
「でも、あんまり考えすぎると発狂するぞ」
「大丈夫。もうしちゃってるから」
「そう見えないけどな」
「まさが鈍感なだけ」
いきなり悪口言われたが、時間もないので言い合いの火蓋は切らないように、返しの言葉をごくりと呑み込んだ。
「まさ、ここを出たらどこに行くの?」
「とりあえず俺の家」
「な……」
急に頬を赤らめ、琴音は、
「何するつもりなの!」
と叫ぶ。感情表現が素直なものだったので、琴音が何を考えているかすぐに分かった。
「べ、別にやましい意味は……」
「変態!」
「考えてねえよ! 来たくないなら連中に差し出すぞ」
「ヤダ!」
結局ケンカになった。しかし、だんだんといつもの琴音が戻ってきてるような気がして嬉しかった。
5
北側は深い森で、人が通るようにつくられた道は少ししか存在しない。夜は明かりもなく真っ暗になり、索敵能力の高い夜行性のモンスターがうようよ出てくる。
ここに来てから1週間、俺はなけなしの頭で考えて、拠点をここに置くことに決めた。理由はいくつかあるが、1番は夜の睡眠時を狙って、暗殺を企てる下衆もさすがに森の中には来ないからだ。
もちろんモンスターに襲われる可能性も考えたが、モンスターが町を襲わない理由を調べると、木がない空間、屋根付きの家、3本以上のたいまつ、戦える人間が空間内に居住すること、以上4点が挙げられた。そこで北側の森の中心あたりに、それを満たす家をEコードで作った。夜は町と違って静かになるので、過ごしやすい空間になっている。
家の中は、誰かを招き入れるほどおしゃれにはしていない。真ん中に4人掛けの長机が1つ、西側は窓、そしてその反対側にベッド。あとは俺より30センチ高い本棚を3つくらい置いてあるだけだ。
俺は琴音と向かい合わせに座りながら、どこから聞こえてくる、鳥の鳴き声を聞いていた。
「なんか飲むか?」
「いい」
琴音は窓の外を見つめ、きれいに輝く満月をしばらく眺め、1回ため息をした後、立ち上がって本棚の本を物色し始める。
「……良く調べてるんだね」
「まあ、知識はあればあるほど役に立つから」
「そうだね……」
琴音は1冊の本を手に取り、再び俺の前に座った。
本の題名は、簡単、小物作り大全。小物の作り方がいっぱい載っている。作り方と言っても、載っているのはコードなのだが。
「Eコード、エディター」
琴音の前に白紙だらけの本が現れ、そこに何かを書き写していく。
「まさ」
「なに?」
「私がいなかった2週間、地上では何が変わったこと起こった?」
「そうだな、結構いっぱいあったな。例えば、武器の発明ラッシュが起こったな。1週間もたって、コードのルールを理解した人間がだんだんと元々あった武器とは違ったものを創り出すようになってきた。最初は、金属製のナイフと、レーザーガン、バリアぐらいしか使えるものがなかったのに、いつの間にか街に行くたび新しいものができてる。まあ、発明って言っても元々あったソースコードをいじくりかえして偶然できた産物だけどな。勿論武器だけじゃない、日用品を創り出すソースコードもどんどん見つかっている。まあ、正直それはお金払えば町で買えるからいいんだけど」
「不思議だよね、なんでも作れる割には、この世界お金が必要だもんね」
「まあ、ソースコードを知らないと、物をつくれないのがデカいんだろうな。あと、ソースコードの中には実際に使ったら消えちゃうものもあるから、書き直しが必要なものもある。日用品や食材、食品はこれに当てはまることが多いな。面倒だから正直買っちゃったほうが速いのもあるんだろ」
「へえ」
本の内容の模写に夢中なように見えて、人の話を聞いているか問いたくなるが、琴音がこちらに向いて続きを話そうとしたのを見て言うのをやめる。
「何人生き残ってるの?」
俺は首を傾げながら、質問の答えを探すため記憶をたどった。最近は特に興味もなかったため、誰かが話しているのが偶然聞こえてきたものしか知らない。
「えーと、確か……」
「知らないの?」
「確か……2百何十人か」
「もっと興味持ちなさいよ」
「うっせえな。別に良いだろ」
しかし、このように自分で言ってみるとかなり減ったなと思う。勿論モンスターに殺された人間もいるだろうが大半数は殺し合いの犠牲者だろう。街では生き残りが何ともない顔で過ごしているが、その裏ではいつだれを殺してやろうかと考えている趣味の悪い人間が何人もいると考えるとゾッとしそうだ。
「結構減らしちゃったな……」
「減らしちゃった?」
日本語の使い方の違いか、意図的にそう言っているのか。
「知ってる? 裏切者は裏切者なんだよ」
「何言ってんだ?」
「裏切者には裏切者のルールがあるの。例えば1日十人殺さなくちゃいけないとかね」
「何、マジか……?」
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