第2話 裏切り者

 裏切者。

 信じたくはなかった。

 しかし、本人が言うからには信じるしかないだろう。

 今の今まで、琴音が裏切者だと確実に分かっている人間はいなかった。しかし、すでに生き残りみんなが、琴音が裏切者だと見当をつけていた。理由は彼女の行動にある。殺し合いが始まってから1週間が過ぎた頃、彼女は生徒会の同僚に涙を流しながら去って行くところが発見されたのを最後に行方が分からなくなった。その次の日から、生き残りの減りが速くなった。1日平均して十から十5、犠牲者が多くなったのだ。これを生き残りは、裏切者が本格的に裏切り始めたと言い始め、姿を見せなくなった琴音を、裏切者扱いして殺そうという動きが活発になった。

「お前が消えて次の日には、みんなお前に目星つけてたよ。昔から嘘や隠し事が苦手だと思ってたが、ここまでとは思わなかったぜ」

 彼女の表情が曇った。俺は自分が何かまずいことを言ってしまったのを認め、慌てて次の話題を探す。

「裏切者ってのは、なんか特典でもあるのか?」

「ゲームで言うチート級のコードが何個も1緒に送られてきた」

「ゲームで例えるのかよ。まあでも1度は使ってみたいものだ」

「相変わらず変わってるね、まさは」

「まあ、研究者気質は母親譲りだろうな。Eコードは研究すればするほど面白い。この街のいろいろな文献を調べて、街の人に教えてもらって、学べば学ぶほどコードを使っていろいろなことができるようになる。Eコード、エディター」

 俺の手に分厚い本が現れる。中は自由帳のように、白紙だけの本で、俺は1割ほどこの本の白紙を埋めた。この本はEコードを使うための必需品だ。Eコードを使うには、ソースコードとテイルオンコードが必要で、テイルオンコードというのは、先ほどグラタンを出現させたような、口で唱える呪文。対してソースコードは、実際に呪文として使えるようにするために必要な文字を決められたルールによってこの分厚い本に書いたもの。簡単に言えばソースコードがなければ、いくら呪文を知っていても使えない。

 ソースコードは、他人に教えてもらったり、文献で調べたり、ルールを熟知していれば時には自分で発明もできる。

「いいなぁ、楽しそうだなぁ」

「お前はどうだかな。結構根気が要るぞ研究は」

「でも、誰かを殺しながらひっそり生きるよりは全然楽しいよ。だって後ろめたいことが何もないから」

 どんな言葉をかければ元気づけられるだろうか。少し間を創ってその間に頭をフル回転させたが、結局思いつかない。コミュニケーションの術はもう少し鍛えておくんだったなと自分を省みる。

「しかし、裏切者の通告がまさか試験始まって1週間後に急に届くとはな」

「うん。あまりに急でびっくりした」

「そりゃそうだ。俺だって琴音みたいにここに籠っちゃったかもしれないな」

「それはないよ。まさは嘘が上手で頭がいいから。もっといい方法で隠れていると思うよ」

「そうかな?」

 いつの間にか琴音はグラタンを完食していた。俺は用意した器を消すと、他に何か食べるかを聞いたが、彼女が首を振った。

「まさ」

「なに?」

「まさはもう行っちゃうの?」

 その言葉を聞き、俺は重要なことに気付く。

 地下道は二足歩行をしている巨大トカゲや、人型の石が襲い掛かってくる危険な場所だ。何人かのグループで団体行動をしながら進むことを、元生徒会会長で今は裏切者を倒そうとする集団のトップにいる男が義務付けている。俺もその集団についていきながら、隙を見て1番乗りでここに来た。琴音に会うために。しかし、その先のことを全く考えていなかったのだ。

 もし琴音に会ったら、俺はどうするのか。少なくとも殺すことは考えなかったが、それならばどうするのか。

「うーん。どしよ」

「もう行って」

「え?」

「私と1緒に居ると、まさも疑われる」

「でも、お前はどうするんだよ」

「まさも言ったじゃん。死ぬまで生きる」

 彼女の言うことは正しい。もし俺が生き残りたいなら彼女といることはその足枷にしかならない。

 しかし、ここで分かれれば、きっと後から来る奴らが琴音に襲い掛かるだろう。もし俺がここで逃げたとして、次にあの事を言う機会が来るのはいつになるだろうか。最悪の場合琴音がここで殺されたら、もう2度とその機会も訪れない。

 あの日。俺は言えなかった。

 いざ本人を前にすると緊張して、いつものなんともない会話はできたのに、たった1言が言えなかった。

 せっかくこうやって生きている。奇跡的に2人とも。後悔を繰り返さない機会が与えられたのだ。それをみすみす捨てることになっていいのか。

 いや、それはあってはならない。あの日ほどに自分の不甲斐無さを悔やんだことはない。同じ失敗はしてはいけない。

「1緒に外出ようぜ」

「なんで……私は裏切者だから、殺される」

「連中も来る。どうせ死ぬなら1緒だろ」

「1緒だとまさも殺されちゃう」

「いいんだよ」

 俺は、彼女の手を握り、無理矢理引っ張り上げた。彼女が立ったことを確認すると、俺は出口の方に駆け出す。

「まさ……私は」

「お前の言うことなんて聞いてねえよ……黙ってついてこい!」

 彼女を無理矢理引っ張りながら、教会を抜け出し走る。

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