お姫様のお宿

第1話 人間なんて大嫌いだ

 酷い怪我で体が炎に焼かれ続けているような感覚を得る。


 許せない。許せない。許せない。


 父上は言っていた。人間はとてもやさしいから安心して、彼らの国の首都で祭事を楽しんできなさいと言ってくれていた。


 しかし、その国の王は、魔人族の国の王子である僕を招いて、そして裏切った。


 僕が連れてきた従者をことごとくを殺しつくし、僕を人質にして、魔人族の国からさらに何かを奪おうとした。


 幸いなのは僕の従者はとても優秀だったということ。僕はあの裏切者の人間族から辛うじて逃げ切ったのだ。


 しかし、従者も僕も道中で力尽きた。


 僕はもう二度と、愛しい父と母に会えないのだと思うと、とても悲しかった。




「人間なんて大嫌いだ。僕が王になったらかならず滅ぼしてやる」




 *************************




「殿下、もう1週間後が即位の日だというのに、なぜこのような辺境の地に?」


 あの頃と全く変わらない従者が俺の後ろをついてきてくれている。


「あの日、大事な決心をした日のことをもう一度思い出そうと思ってな。そして、これから挨拶に行く。大事な人に」


 従者は呆れて首を振る。


「もう10年前のことです。殿下のことなんて覚えていらっしゃいませんよ」


「それでも、俺の大事な恩人だ。俺はあれからずっと伝えられなかった想いを伝えたい。継承を済ませたらそんな時間も取れなくなるからな」


 10年前のあの日、裏切りにあい、人間族の騎士団に追われ傷ついた。


 あの時抱いた不快感、あの愚王への憎悪は決して消えることはない。


 しかし、人間を滅ぼすというつもりは毛頭なかった。


 実は俺は今、ある村へと向かっている。


 村、いや町か。決して大きくはない田舎町と言っておこう。


 あの日、俺を殺そうとしたのも人間であれば、俺を助けようとしてくれたのも人間だったのだ。


 *************************



 人間の王国の首都から命からが逃げ出した僕だったが、彼らから受けた傷はかなりひどく道の途中で意識を失っていた。


 王国の追手は今にも自分達へと迫っている。それを自覚していながら、僕は従者と一緒に道の途中で倒れてしまっていた。らしい。


『らしい』という言葉を使うのは、僕の最後の記憶が、痛い体を無理やり動かして逃げている記憶しかなかったのだ。


 目を覚ましたとき、僕は布団の上で寝かされていた。


 実に安っぽい素材であるのが分かるが、しっかり手入れがされているので寝心地は悪くなかった。


「目を覚ましたんですね?」


 僕を見て嬉しそうに笑う人間の女、それもまだ成人と数えるにはいくつか歳が足りていないような少女がいた。まあ、歳に関しては僕もそれほど変わりはないのだが。


「お前……人間」


 僕は捕らえられたのか。


「動いてはだめ! 今日は安静にしてください」


 見知らぬ少女の怒鳴られ、体もやはり痛んだので、彼女に気圧される形で言う通りにしてしまった。


 人間を殺してやると言った割には情けない目覚めだ。


「ここは……?」


「ラズグリーの宿屋。あ、お代は結構。私のお家なので」


 ラズグリー、聞いたことがない町の名前だ。


「僕は……」


「町の衛士さんが貴方を見つけて応急処置をしてからここに運んできてくれたんです。幸い出血を止めれば命に別状はないらしくて」


「そうなんだ……」


 人間は裏切り者だと決めつけ、滅ぼしてやると言った直後に、人間に介抱されるとかとんでもない笑い話だ。とても恥ずかしかった。


 しかし、解せない。


「俺をこれから売り渡すつもりか」


「……全国にお触れを出していたわ。逃げた王子を捕らえよって。報酬は言い値で払うって言ってた」


「ふん。それは幸運だな。さぞここの人間たちはさぞ良い暮らしをすることになるだろうな」


「そうね」


「認めたか」


 やはり人間は信用できない。


 これ以上話すことはない。俺は目を閉じる。


 まだ王子として次期王としての勉強と修練の途中ではあるが、人間数人相手であればどうにかできるほどの魔法は使える。


「とにかく、動かないでね。今ご飯持ってくるから」


 貴様の飯など誰か食うものか。もはや人間なんて信じない。少しでも治ったらまずこの町の人間を殺してやるからな。


 娘は勝手に部屋を出てったので、僕も魔法を使って外の様子を探ることに。


 非行型の使い魔を生成して、彼に姿隠しの魔法をかける。これで人間の目には見えない偵察者の出来上がりだ。


 すぐにその使い魔を操作し、使い魔の感覚と自分の感覚を同期させる。その間僕は自分の体を動かせないのだが、元々動かせる体ではないので気にすることはないだろう。


 使い魔を使って、先ほどの娘を追う。


 この後、あの娘がどんなことをするのか、その動向を探らなければいけない。


 全体的に木造建築という古い建築様式を使っているところや、王都あった魔道具がないところを見ると、都会ではなく田舎町であることには間違いない。泊っているのも人間ばかりで、魔人族の地域ではないことも分かった。


 娘が向かったのは案の定と言うべきか宿の入り口だった。


 ドアの外の誰かと話をしている。


 見るからに王国の騎士だ。きっと俺を売るための商談でもしているんだろう。


「お嬢さん。この宿にいるんだろ? この街に入ったのは知ってるんだよ」


「いないです」


「あのねお嬢ちゃん。中を見せてもらうだけでいいんだよ」


「だめ。今はお客様を寝かせている最中です。今この街に、蛮族討伐を請け負ってくれるとっても強い傭兵様が泊っているの。もしも、騒がしくして起こそうものなら、貴方たち死にますよ」


「……く、もう一度言うぞ。いい子だから良く聞きなさい。中を見せろ」


「私は本気です。とにかく、令状もない言いがかりでお客様の部屋を見せるわけにはいきません!」


 王国兵士は舌打ちをしながらも、たしかに本当だったときのことが怖いから今は退くべきだ、とかなんとか言いながらその場を後にした。


 あの女。僕を売るんじゃなかったのか。


 その後、娘は先ほどの宣言通り出来上がったご飯をこちらの部屋に持ってきた。


 使い魔との同期を一度解き、部屋にずけずけと入ってきた娘に尋ねる。


「なんで、僕を売らなかった」


 僕を売ったほうが得なのに、売らなかった理由が分からなかった。人間は目の前の利益ばかりを追い求める屑どもではなかったのか。


「うーん。でも」


 娘は常識を語るときと同じような、なんともない顔をしながら答える。


「苦しんでいる人を助けるのは当然のことじゃない?」


「は……? でもお前は人間」


「この町は確かに人間の王国だけど、一括りにしないでほしいわ。ラズグリーのみんなは絶対にあなたを売らない。この町は魔人の皆様がいかに素敵な人々かはよく知っているの。例えばよく遊びに来るジフタさんは――」


 頼んでもいないのに、この町のことを話し始めたこいつ。


 でも、話を聞く限り、僕は自分の無知を恥じることになる。


 ラズグリーの町は魔人の国と人間の国の国境付近の小さな町であり、2つの国を行き来する商人の一行はよくここを通るらしい。


 そして現役を引退した魔人族の何人かは、環境を気に入りここに住んでいるらしい。


「だからみんな魔人のみんながいい人だって知ってる。王様とか貴族は頭に角が生えている奴らが気持ち悪いって言ってるみたいだけど」


 それ、堂々と口に出して言う?


 しかし、変な隠しごとや遠慮がない分、くだらない王城でのパーティーで出会った人間よりはとても好印象だ。


「私はそうは思わない。この宿屋は疲れている人や苦しんでいる人に寝床を提供するところよ。だから、あなたもしっかり休んでいって。必ずお国に帰ってもらうから。別の部屋で泊まっている従者さんと一緒に」


「何……生きているのか?」


「ええ。さっき言ったジフタさんにもちゃんと聞いたわ。私たちはまだ魔人の人の病気とか治療とか詳しくなかったから。でも、大丈夫だって」


 そうか。無事なのか。


 良かった。本当に。あの従者たちは、僕の面倒を普段からしっかり見てくれて、逃げる時も人間に命乞いせず、誇りをもって僕を守ってくれた忠臣だ。


 決して蔑ろにはできない。


「そうか。助けてくれたのか。感謝する」


 これでも魔人族の王子だ。礼を尽くされたら感謝をする、という最低限のマナーは王族として忘れてはならない。


「どういたしまして。どうか、ゆっくりしていってね」


 飯をおき娘は外に出ていった。


 僕は置かれた飯を口にする。本当は毒があるかどうかを調べるべきだったが、その時はつい口にすぐ運んでしまった。


 しかし僕が死ぬことはなかった。


「質素だが、いい味だな……」

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