第3話

 くだんの件があり、喫茶店は次の月曜日まで休業。マスターとは結局会うことはなく、日曜日を迎えた。

 親戚と一緒にお墓参り、また叔母からお見合い相手を紹介され、対応に困ったものだ。

 しかし、行って良かったと思う。私が親戚の前を歩き、最初にお兄ちゃんのお墓の前に行くと、先に墓参りをしていた人がいた。驚くことに、マスターだったのだ。

私を見ると、なぜか逃げようとしたので、無理矢理追いかけて、少し先で捕獲する。

「なんでマスターが、お兄ちゃんを知ってるの!」

「まいったな……信じられないって言われそうだからなぁ……」

 話すのが嫌そうな顔をしたものの、私は食い下がる。

まるで子供が我が儘を言うときみたいにしがみついて、それを他人に見られるのを気にしたマスターが降参した。

「分かった、分かったから。言うから離れて……」

 マスターが始めたのは、お兄ちゃんが死んだ10年前ごろの話。当時私はまだ7歳。家で遊んだ記憶以外のお兄ちゃんを知らなかったから、その話は新鮮だった。

「俺と君のお兄さんは友達だった。他何人かの男友達と一緒に、俺と彼はよく遊んだものだ。あいつ、信じられないほどシスコンでさ、よく君のことを自慢してたよ。俺の妹は世界一可愛くなる。お前ら、手出すなよって」

「本当に……?」

「本当に。君が愛おしくてたまらないって感じだった。昔からの付き合いだ。君が3歳くらいの頃から写真を見せられていたから、みんなして、近所のお兄さん気取りだったよ」

 自分の兄が、妹を溺愛していたとは知らなかった。友達に自慢とかドン引きである。ちょっと嬉しいけれど。

「会ったこともないのに」

「そりゃそうだ」

 話は続く。10年前の兄が巻き込まれた事故の話に変わった。

「その日も遊んだ後の帰り道だった。急に車が俺達に突っ込んできてね。今思えば、君のお兄さんを殺しに来てた感じだったよ。君のお兄さんは驚きのあまり逃げ遅れた」

「そうなの……?」

「まあ、君の家族に恨みがある連中のやつだって。苦しそうだった君のお兄さんも、意識を失う瞬間にそんなことを言ってたよ」

 そしてマスターは信じられないことを言い始めた。

「あいつ最後までおもしろいやつだった。俺に何かあったら妹をお前らに託すって。妹を守ってくれたら、結婚しても恨まないって」

「はぁ?」

 兄も馬鹿だったようである。

「どちらかと言うと、妹を守ってほしいってことだったんだろうな。普通は気の迷いだと思うんだろうだけど、俺と、他の友達も本気にした」

「なんで本気にするのよ!」

「まあ、普通はそう言うよね。でも当時は君のお兄さんが死んだのが本気で悲しかった。それくらいの親友だった。だからせめて遺言のとおりにして弔ってやろうと思って、友達みんなそれぞれ行動を始めた。俺も君の家の近くに店を出して、君を守ろうなんて思ってしまったわけだ。……どうだ、信じられないような話だろう?」

 当たり前だ。おかしいに決まっている。あまりにもおかしくて、笑ってしまった。

「なんだよう」

 マスターは少しすねたような表情をしている。

「近くにいれば君に会える。そう思ってあの場所に店を出した。紅茶もサンドイッチも、君のお兄さんが好きだった味に近くしてある。いろいろ考えているんだぞ、君に気に入ってもらえるように」

 マスターは持っていたカバンからジニアの花を出す。

「店名も、この花も自分への戒めだよ。ジニアの花言葉は、不在の友への思い、注意を怠るな。君が近くにいる時は、アイツの顔を思い出しながら常に君を守るために気を張ってるんだぞ。あの日もそれで怪しい男に気が付いたんだ。今日はアイツに報告に来た。お前の妹、お前の時と違って守れたぞって。自慢してやった」

 まさか、兄の発言がマスターの今につながっているなんて。

「馬鹿な人。お兄ちゃんも、マスターも」

 でも、私の王子様が、意外にとっても近くにいたのは、少し嬉しい。

「君を守ったつもりなんだし、少しは褒めてくれよ」

「やーだ。親友の妹に手を出す大人はただの変態よ」

 口ではそう言ったけれど、今日の話を聞いて、これからそんなマスターがいる喫茶店に通うのが、ますます楽しみになった。

「また明日、行くからね」

 マスターにそう言うと、

「じゃあ、いつものを置いて待ってるよ」

 と歓迎してくれた。

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