第3話 6月
部活は週に一回、月に四回しかない。早くも一か月が過ぎて、梅雨の時期を迎えていた。
結局、俺は部活に全くついていくことはできていないままだった。先輩は大丈夫と言ってくれているが、由佳里には毎回罵声を浴びせられている。こんな状況がすごく嫌だった。
正直言って部活が嫌になり始めていた。
少しは楽しくなるかと思った学校生活も結局前と変わらない。とくに心躍ることもなく、いや、むしろ部活という時間が増え、さらにつまんなくなったように感じた。
そしてこの日の昼休みもまた同じだった。
「今日もまた部活なのか?」
俺の近くに来たのは友人の章だった。俺の中学からの親友だった。
「今日も部活なのか」
「いや、今日はない」
章はにやりとした。俺はそれを見て、
「なんで笑うんだよ」
「いや、週一で辛いとか。大丈夫かなって」
章のにやにやは止まらない。まるで、その程度で何言ってるんだか、と言いたげな様子だ。
「俺は毎日部活だからさ、週六休みっていいなーって思ってさ」
章が所属しているのは硬式テニス部、つまり運動部だ。しかも県大会常連とだけあって練習はかなり厳しいらしい。俺より大変なのは言うまでもない。
「へいへい、こんな顔してわるーございました」
「楽な部活なんだから、頑張れよ」
楽な部活、と言われて少し怒りを覚えたが、言い返せる気になれなかった。
この時ちょうどチャイムが鳴った。
功補は午後の授業の受ける中、章に言った言葉が頭の中で引っかかっていた。
週一の部活。どう見たって絶対に楽なのに、俺ってきついって言っているこの状況。どう考えたって俺が情けない存在意外にありえない。
だんだんと思考が下に傾いていく。
俺はこんなので音をあげているということ。他人と比べ、その事実は俺が劣っているということを示している気がする。
暗い気分のまま、時間が過ぎていった。
放課後を迎えた。俺は一つの決断をしていた。
やめよう、部活。
決心をした俺は、音楽室に向かった。
退部をするときは、入学式の時にもらった、書類を担任に提出するだけでいい。だから本来は別に行かなくてもいいのだ。
しかしやめるとは決めたものの、いざとなって少し寂しさを覚えていた。一ヵ月は世話になったところに、最後にもう一度だけ行きたくなった。
足取りは重く、それでもなんとか音楽室の前に来た。
中から聞いたことのある声が聞こえてきた。まるで最初のあの時のように、その声は透き通っていて綺麗だった。
しかし今日は部活がない日のはずである。
誰かいるのか。
そう思い俺は扉を開けようとした。扉は今までの中で一番重く感じた。
中にいたのは、由佳里だった。由佳里は俺を見ると歌を止めて、
「何で、居るの?」
と俺に向かって言う。しかし驚いているのは俺も同じだった。
「何で、居るの?」
俺も同じことを言ってしまった。
「君に関係ないでしょ」
と、彼女は言い返す。確かにその通りだ。と、俺は思う。
「練習の邪魔なの。どっかいって」
それを聞いて俺は驚いた。
「練習って、今日活動日じゃねえけど」
「自主練習。やらないと先輩についていけないもん」
信じられない言葉を聞き正直驚いた。
「でも、ついていけてるじゃん、いつも」
こんなことを言うのも癪だが、この女が先輩についていけていないところは見たことない。
俺の言葉を聞いた。由佳里の目つきが鋭くなる。
「それは毎日ここで自主錬してるから」
「毎日?」
「当たり前でしょ」
俺はまた驚く。しかし先ほどの驚きとは質が違う。
いつも冷たく非難をぶつけてくる彼女は、自分より何十倍も努力している。それでも毎日練習しているにもかかわらず、部活では疲れている様子を一切見せていない。
すごいな。
ついそう思った。
部活で使っているホワイトボートには、自分の目標を大きく書き出していた。『これができるまでは居残り練習!』とも書いてある。体には汗をかいている。いつも部活の時にやっている体力トレーニングをしていたのだろうか。
「なにジロジロ見てるの。気持ち悪い」
俺は恥ずかしくなった。今の自分の状況に。
週一の部活で音をあげた。先輩や同級生との差にただ嘆き苦しんでいる。楽な部活もできない自分が情けない。
しかし思っていただけだった。
何もしてなかった。
おいて行かれている自分をかわいそうと自分で言っておいて、解決しようとは一切していなかった。苦しいのは努力をしていなかった分が返ってきただけだった。
「手に何持ってるの、退部届?」
俺は急いで手に持っていた紙を後ろに隠した。
「ち、違う。ただの紙切れだ」
「そう」
由佳里はそれだけ言って、練習を再開した。
俺は音楽室を後にした。
大事なことに気付いたから。
少しの間だけでも必死にやってみよう。それでもだめならやめればいい。何もやらないで終わるわけにはいかないだろう。
教室に戻ると荷物を持って俺はまた、音楽室にいった。
その時開けた音楽室の扉は、軽く感じた。
もちろん俺が入ると、由佳里は功補に向かって言う。
「なにしに来たの」
当然の反応だろう。功補は今まで一度も自主練など、やりに来たことはない。
「今日から、自主練やろって思ってさ」
「ふーん」
この反応に、功補はふと疑問を持った。
「いつもみたいに、帰れとか言わないの?」
「どうせ長続きしないでしょ」
功補はまたバカにされたような気がしたが、何も言い返さなかった。
功補は、部活の準備運動であるボイストレーニングから始めた。
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