第4話 新しい世界の私

 もう後戻りはできない。

 私は広場の方に走り出した。

 暗い夜の中だったけれど、大きい道は明かりがともっていたため、道が良く見える。時折うしろの方で何度も爆発があり、すれ違う人は、みんな宿屋の方を見ていたが、そんなことを気にしている暇はない。死神と呼ばれる男が死を覚悟して戦っている相手に、私一人で生き残ることは難しい。いまここがこの世界で生きるための最大の試練と言うことだ。

 広場には、すでに店をたたもうとしている商人の姿があった。

「す、すみませーん。まってくださーい!」

 その声が届いたのか、商人はこちらを向いてくれた。

「どうしたの?」

「あの、一番高い銃を……」

「銃?」

「速くしないと……」

 私が切羽つまっているのが伝わったのか、商人の動きが急に機敏になった。それでも、さすが武器商人。あらゆる武器があって、探すのにも一苦労のようだ。

 十秒くらいして返答がきた。

「申し訳ない。銃はもう売り切れのようで……」

「そ、そんなぁ……」

 この時点で、彼の言ったことを守ることができない。アウトだ。せっかく来たこの世界とも、もうお別れしなければならないらしい

「でも」

「でも?」

「射撃武器ならあるよ。九千五百ロール。ちょうど新しい初心者向けの新武器なんだ」



 不思議だった。最初はあまり気乗りしなかったゲームの世界だが、いつしか、ここでまだ生きていたいという願望が生まれてしまった。それはなぜか。はっきりとした理由は、いま宿屋に戻っているこの瞬間にも分かっていない。

 それでも、どうしても私はこの世界にいたい。

 九千五百ロールという、所持金の九十五パーセント使って勝ったこの手袋をつけながら、走っている。

 徐々に剣戟や爆発の音が大きくなっていく。

 この高揚感は随分久しぶりに感じる。多分、小さいころ初めておもちゃを買ってもらったとき以来かもしれない。

 向かうべき場所は、すでに人だかりが多くできている。全員前に光の壁、シールドというらしいものを、目の前に出しているのは、戦いの余波を受けて、要らない被害を防ぐためなのだろう。

 人をかき分けて、ついに目的の場所についた。

 宿屋の上から見たのと同じ光景が、目の前にあった。しかし先ほどと違うのは、彼が見るからにボロボロだと言うこと。

 彼のところに斬撃が入った時点で、

『残りエナジーコア五パーセント突破、これ以上の戦闘は危険です』

 彼の残り時間が少ないのは明らかとなった。死神は眉間にしわを寄せ、それを狙う三人は、勝利を確信した笑みを見せる。

 お互いを見ると、血は出ていない。代わりに、傷を受けた部分が光っている。残虐な表現にならないよう、運営が考えた表現方法なのだろう。

「戻ってきたよ!」

 私は彼が気付くように、大きな声で叫んだ。

「武器使え!」

 と、すぐに返事が来たので、私はすぐにやるべきことをやった。

 死神を殺そうとしていた三人は、こちらに全く気付いていないようだったらしく、こちらに向いたその顔からは、動揺がすぐ読み取れる。

 武器屋に教えてもらった通り動く。ここからの動作にミスは許されない。

 まずイメージ。小さな青い球が三十二個私の周りを浮遊する光景。

そのまま、右手を顔のちょうど右前まで上げる。するとイメージした通りの光景が、現実となっていま現れた。

「……?」

 三人の意識が、すべてこちらを向く。

 このまま攻撃されたら、私はひとたまりもなく殺される。たとえ銃を使っても同じ状況になったはずだ。それでも彼はここで使えと言った。

 死神を信じる。それが私の答えだった。

 その死神の方を見ると、奇妙な構えをしていた。

「暗閃、残花!」

 死神の叫ぶ声が聞こえる。

 その瞬間、死神の鎌が神速の如く振られただろう音と、私を見る三人をまとめて斬り裂く、大きな横一直線の暗黒の筋が確認できた。

『エナジーコア全損。ゲームオーバーです』

 無機質に告げられるこの世界の死とともに、目の前で二人の人間の体が全身光り、そして四散していくのを見た。

 残ったのは、銃使いの女。

「な、ふざけんなぁ!」

 彼女は死神に銃口を向ける。彼は、かなり焦った顔をしている。きっと、あの球を受けてしまえば彼も、死ぬ。

 今だ。使うのは。

 私はまたイメージした。いま周りを漂っている小さな球たちが、すべてあの女に光の銃弾となって襲う光景を。

 最後は発射の掛け声を言うだけだ。

「魔法弾三十二発、チェックショット!」

 先ほどイメージした通り、三十二の球は女の方に向けて加速し、そのすべてが彼女の方へ光の弾丸となって向かった。ただまっすぐ撃っただけなので、すべての球が当たるわけではなかったが、彼女の体にまっすぐ向かってくれた、およそ十発前後が命中した。そのうち半分は貫通もした。

『エナジーコア全損。ゲームオーバーです』

「い、やああ……」

 彼女もまた、光に包まれ、それが小さな数多の粒となって散らばって消えていくこととなった。

 ふと、ある感情が湧いた。それは有りうべからざることだった。気のせいだと思った

 ここまで必死だった。それはとにかくこの世界で生きるために。

 しかし、いざ終わって冷静に考えてみると、私はそんなことの為に殺してしまった。目の前の存在を。

 果たしてこれは正しかったのだろうか。

「助かった。お前才能あるよ」

ウィリケットはこちらに歩み寄ってくる。

そして言った。

「お前、いい顔してるじゃん」

「いい……顔?」

「笑ってたよ」

 笑っていた……私が?

「う、嘘……」

「本当だ。お前は、あの女を倒した時点で、確かに笑ってた」

 嘘だと信じたかった。しかし、それを裏付ける証拠はすでにあった。さっきのありえない感情。

 楽しかった。

 自分で散々批判的に見ておいたその行為をしたあと、残った純粋な感想だった。

 何かの為に必死になって、それで得た勝利に私は酔っていたということになる。

「モラルは捨てた方がいい」

 死神の言葉が、また私の頭をよぎった。

 先ほどまで嫌悪感の塊にしか見えなかったその言葉は、今ではこの上なく美味な禁断の果実のように思える。

 戦いの中で得る、その満足感にという味を私は覚えてしまった。

「楽しかった、んじゃないのか?」

「……」

「俺もさ、こういうバチバチに戦いあって、それで勝った時にくる達成感が半端ない。あとは狙った獲物をやれた時も同じかんじがする。お前だって今の状況を生き残ってさ、満足しないなんてことはないだろう?」

 死神が見せたのは、あまりにも純粋すぎて逆に恐ろしい、ただ楽しんでいるときの笑っている顔。

「ゲーマーの俺が言うけどさ。ゲームってのはやっぱ楽しむためにあるんだよ。運営のルールだけはきちんと守って、あとは楽しみ見つけてひたすら遊ぶ。そしたらすごい楽しいんだ。この中じゃ、プレイヤーキル有りだし、こういう楽しみかただってある」

 その言葉は、すんなりと耳に入ってきた。正しいことなのかはさておき、今の私は、その言葉に同意できる気がする。

「でも、私はあの人たちのアバターを殺した。もう二度と復活しないあのアバターを、こ……」

「人を襲う奴ってのは、逆に自分の命が消えることも覚悟してのことだ。特にこのゲームは一度死んだら二度と生き返らないっていうペナルティがある。アバターの命に重みが出る。それでも襲ってくるんだから、そいつらをロストさせたからって、命を守るために戦ったお前を誰も恨みやしない」

「……ほんと?」

「ああ。何せ襲う側の奴が言ってるんだ。間違いない」

 ウィリケットのその言葉に、気が楽になった気がした。

「……楽しかった」

「そうか」

 そう、楽しんでいい。

 私は変わりたいからといってここに来た。現実世界の自分とこの世界にいる自分にどこか違いを出さなくてはならないのだ。

 長い間楽しいことなどほとんどなかった。もしかしたらこれからも大変になるばかりで、楽しいことがないのかもしれない。

 でも、この世界にはあった。少なくとも楽しいと思えることが。ならばそれを追い求めよう。ここはゲームの世界だ。楽しむ権利は私にだってある。

 もっと、あの感覚を味わいたい。

 そう、強く願った。

 そしたら私の心の中で、何かが変わった気がした。

「さて、どうするかな」

 と言って、背を見せてくれた死神。

「私」

「ん?」

「戦いに夢中になりそう」

「ほう」

「あなたが言ったように、バチバチに戦いあって、それで強いやつを倒す。なんだか面白そうな気がしてきた」

「へえ、面白いじゃん。ただ、あんたのような可愛い奴がそんなのにハマるなんて、正直意外だな」

 彼はまたこちらに向きかえり、

「ねえ、あなたはどれくらいでそんなに強くなったの?」

 と、口を動かしながらこちらに向かってくる。

「まあ、日々レベルは上がるからなあ。でもあれくらいの戦いができるようになったのは最近だな。つまり一年ぐらいかかったかもしれない」

「そうなんだ」

 彼はやれやれと言わんばかりの顔をしている。

「結局、お前も戦闘狂になりそうだな。女じゃ珍しいけどな」

「だって、楽しそうだから……」

「お前、最初に会ってからなんか雰囲気変わったな」

「あなたがいろいろ教えてくれたし、さっきすごいのも体験しちゃったし、なんだかこの世界が楽しそうだなあって思えてきたの」

「ほう、そうか」

 ここで、ウィリケットがハッと何かに気付いた顔をした。

「そういや、お前にまだレクチャー代もらってない」

「今更?」

「まあ、今回は助けられたしいいかな。タダで」

「いいの?」

「ああ」

「今日はいろいろ、ありがとう」

「言っておくが、お前を助けるのは今日だけだ。いつラーディオスサイスの贄にお前を選ぶかわからないぜ」

「うん。そうだね……」

 その言葉は私に当たり前の事実を突きつけた。彼が死神だということ。

 正直、彼とはもっと一緒に居たかったと思わなくはない。面白いし強いしやさしいし。それでも彼は死神なのだ。絶対の悪であることに間違いはない。この関係が今日限りなのも分かっている。これから先私がまたウィリケットと会ったら、きっと私は命を狙われることになるだろう。

スマホを取り出し、装備画面へ。私は、先ほどの武器屋でもう一つ、小さなナイフを五百ロールで買っていた。それを右手に装備した。すぐにその右手を後ろに隠す。

 本当にやっていいものか。しばらく悩んだ。死神にいつ命を狙われるかわからないこちらでの生活は、耐えられそうにはない。

「だから……ごめん」

 私は、死神のその体にナイフを突き刺した。

「えっ……」

 これにはさすがの死神も驚きを隠せないようだ。

「なっ……」

「私も、助けてくれた恩人にこんなことをするのは気が進まないけど。私もこの世界で生きるなら、あなたに殺されるわけにはいかない。もっと楽しいことするために遊びたいから、リスクは今のうちに取っておかないとね。あなたの物は私がもらってあげる。その死神の鎌も」

「はは、はははは……」

 死神は笑う中、

『エナジーコア全損。ゲームオーバーです』

 という音声が聞こえた。

「……ユウナ」

 彼は最後に私の名前を呼んだ。

「それでいいんだよ。これでお前も晴れてこの世界の仲間だ。……楽しめよ。このゲームを」

「……!」

 急に声にならない後悔の念が、私を襲った。

「何で、そんなこと言うの……」

「……その鎌は強いぜ。お前はそれがあれば楽しめる」

 死神と呼ばれた男は、数万、いや数十万の光の粒となり四散する。

死神っぽくない。最後にそう思った。なぜかはわからない。ただ、そう思ったのだ。

 それも当然だろう。彼は望んで死神になったわけではない。思い描いた格好いい自分を作る途中死神となってしまったが、それでも格好良く生きて、この世界を楽しんでいた一人のプレイヤーだったのだ。

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