第3話 襲撃
レイドルワールド。スマートフォン用のゲームとして配信されたそのゲームは、ファンタジー世界を基盤にしながら、その中にちょこちょことSFを連想できる未来的道具を共存させた、全く新しい世界観が成立している。
もう一つの世界と言うように、実に多彩なことができる。服を買っておしゃれを楽しんだり、店を始めて商売をしたり、農業をしたり、おいしい食べ物を食べまくったりと、様々な楽しみをこの世界の中で見つけることができる。
現実世界では決してできない戦闘も、この世界なら生身で体験できる。自分の命はエナジーコアというスマホの中に映し出される球体として可視化され、相手から何かしらの攻撃を受けると、それが減っていく。もちろんゼロになった時点で、ゲームオーバーとなる。戦闘は基本街の外で行うのがマナーであるが、街中でも可能。しかしその際は、警報が鳴り、事前に回避できるようになっている。
そしてエナジーコアがゼロになったらロスト。つまり存在が消滅し強制ログアウトが行われる。そのプレイヤーは同じアバターを使って再度この世界に戻ってくることが不可能となる。さらに持ち物をすべて落とすので、プレイヤーにロストさせられた場合は、持ち物をすべて奪われることになる。
武器種類は、多くのゲーマーを満足させる品ぞろえとなっている。普通の剣や槍などのファンタジーものから、実弾銃、光銃、レーザーブレードなどのSFゲームにでるようなものもまで。さらに、世界に一つの伝説の武器も存在し、それらは、通常の武器と段違いの強さをもつ。防具も同じような状況だ。
この世界で使える通貨はロールという名がつけられている。お金に関して言えば、このゲームにはリアルマネー換金制度があり、円で言えば百ロール一円として、換金することができ、専用の口座に振り込まれる。つまりお金稼ぎも可能ということ。お金の稼ぎ方はいろいろある。
それぞれの街や山、森などのフィールドは直接つながってはおらず、エリアの端にある転移ゲートを使って、ワープして移動する形となる。フィールドではモンスターと戦うことが可能で、倒すことでお金や経験値を手に入れることができる。
ステータスについてはレベル制が導入されている。経験値が一定にたまったところで、レベルという数値がアップしていって、自分の能力が上がっていくのだ。この経験値というものは、モンスターとの戦いだけで手に入るわけでなく、店で商売をしたり、何かものを作ったり、など効率に違いはあるものの、あらゆることで手に入れることができる。
持ち物の整理や装備、友人との遠距離対話、ステータス確認など、従来のゲームのメニューのようなものにあたる機能をもつのは各自一台ずつ持っているスマホであり、現実世界と同じような使い方で機能を使うことができる。なお、このスマホは、この世界でいう身分証明の一つなので、なくすと大変なことになる。
他にも数多くの要素があるが、少なくともこれくらいの情報は、この世界で生きていくのに必要になる。
「結構、戦い系の話が多かったんだけど。もっとほかに話すこととかないの?」
「そうはいってもな。あくまでこれ戦闘重視のゲームだし、それにフィールドじゃプレイヤーキルも公式見解として認められている。せっかくこの世界で手に入れた物も、命取られたら全部失うことになるんだ。自分を守るためには、戦闘の話多めにしないとしょうがないだろ」
「うーん、まあ話を聞いた感じそうだけど。別の話ももっと聞きたかったなぁ」
「わがまま言うな」
私が口をへの字にして見せたが、残念ながら向こうは何の反応も示さなかった。
「まあ、説明としてはこんなところだ。結構時間食ったな」
と、彼は窓の外を見た。部屋に入った時は明るかったのが、今では街を夜の闇が覆っているのが見える。それを、月という言い方でいいのだろうか、それがほのかに照らしている。
「でも、いろいろ分かった」
「ほう、本当か?」
「例えば、私の友達が、私を襲ったのは私のお金を奪う強奪のためだったってことだよね」
「ああ、あういう初心者狩りは思った以上に多いんだ」
「あなたはやらないの。死神って言われているんでしょ?」
「初期所持品一万ロール狙いなんて、つまんないことをするのは俺の主義じゃない。第一安すぎる」
「変なの。もう悪者扱いされてるのに、主義とかあるんだね」
先ほどのお返しに、ニヤリと意地の悪い笑みをみせてあげると、
「ゲームの中でくらいか格好良くしたっていいだろ」
と、目の前の死神はそっぽを向いた。
楽しい。
不意にそう思った。
考えてみると、こうして男と二人きりで話すのは初めてだった。こんな体験ができただけでも、この世界に来てみてよかったのかもしれない。
「そういえば、何で私にこんなやさしくしてくれるの?」
「ん?」
「だって、助けてくれて、宿屋も高い部屋取って、そこでいろいろ教えてくれて、普通だったらおかしいよ」
「ん、それは……」
言葉の続きはすぐに出なかった。
「言いたくないならいいけど」
「いや。ただ暇だからだよ」
「変なの」
「いいだろ別に」
またそっぽを向く彼に対して、面白い人だなぁ、という感想が浮かんできた。何も繕ってないその思いを今日初めて会った相手に抱いたことがどうにもおかしい。ゲームの中では思考回路も変わってしまうのだろうか。
「さて、そろそろレクチャー料をいただこうか」
「え、どれくらい?」
「そうだな、じゃあ……」
ピリリリリリリリ。
『警告、街中で戦闘態勢に入ったプレイヤーが接近しています』
「……マジか」
「これさっきの」
「まさか……」
ウィリケットはいきなり窓の方へ。
さっきも聴いた警報。先ほどと違ってこれの意味は分かる。速い話街の中でまた殺し合いが始まるのだ。相手の物を強奪するための戦いが始まるのだ。
死神は、窓を開けてベランダに立った。私もひょっこりと後ろから外を覗いてみた。
下にいるのは、熟練と思われるプレイヤーが三人。一人は女子なのが驚きだ。
「見つけたぞ、死神!」
下から叫び声が聞こえる。
チッ、という舌打ちも聞こえる。これは目の前の死神と呼ばれた男のものだ。
「悪い、面倒なことになるかもしれない」
「もしかしてあの人たち」
「俺狙いだな。少し待ってろ」
そう言い残し、ウィリケットは何とその場から飛び降りた。ここは五階だ。普通に考えたら無事では済まない。
しかし、彼は普通に着地した。ゲームの世界ではこんな超人的なこともできるらしい。
何か話している。分からないが、流れ的にそこまでよくない話なのは分かる。そして、全員が武器を構えた。死神は鎌を、その相手をする人は、レーザーブレードや槍、さらには銃を構える。まさに一触即発の状態だった。
どうすればいいかわからない。ただそのまま下の様子を見要るしかできない。
下ではすでに戦いが始まっている。
大きな鎌で光剣や槍の攻撃をさばきながら、銃の攻撃を光の盾のような物で受けている。どう見てもウィリケットがいじめられている状況だ。全員がまるでアクション映画の俳優並みの動きをしている。
しかしウィリケットが群を抜いてすごいことは一目で分かった。ウィリケットはあんな攻撃にさらされている中でも、鎌を恐ろしく速い速度で振って反撃を細かに入れているのが分かる。さっきのいじめという表現は正しくないかもしれない。
それでも、相手の刃や銃弾が被弾しているところを見ると、なんというか心が痛む。こんなことは間違っていると。
本当に?
ふと、そんな思考が頭をよぎる。彼は自分の武器の力を維持するために、何人ものプレイヤーの命を奪ってきたはずだ。だからこそ彼には死神と言うあだ名がついている。彼がここで罰せられるのは当然なのではないだろうか。
でも。
自分の心のどこかには、彼を助けたいという気持ちがある。なぜかはわからない。間違った戦いを止めたいからか、命を救ってもらったからか、その後何も知らない私をここまで導いてくれたからか。
何が一番正しい行動なのだろうか。いままでは完璧な正解があった。親が怒らないことが正しいことだった。今はどうか。いったいどうすればいいのだろうか。
『モラルなんて捨てちまった方がいい』
彼に言われた言葉が頭の中によぎる。そう、この世界は、現実世界とは違う。見慣れたものがほとんどなく、戦うことも当たり前の生活をして、私欲のために殺し合いをすることも厭わない世界。
ここは、もう一つの世界なのだ。現実世界の考えは通用しない。捨てねばならない。そして自分で決めなければならない。
足が勝手に動き出していた時、私の心の中あった何かが、急になくなった気がした。
昼間ゆっくり上がった階段を、今度は駆け下りた。一階に下がると、外から、多くの剣戟の音がこちらに聞こえてくる。
ドアァァン!
という轟音ともに、周りが煙で包まれた。
煙が晴れると、目の前に死神が仰向けに倒れている。
「おい、なんでここに」
彼は私がいることに驚き、目を見開いている。
「なんだ、仲間か?」
向こうを見ると、三人がこちらを向いている。
なんと、宿屋の入口が崩壊していた。受付にいる人が、驚きのあまり動かなくなっていた。
親の目を感じながら過ごしていたせいか、人の感情は目を見るだけで分かる。あれは良くない目だ。
「へえ、こんな女が。やるわね死神さん」
銃使いの女が私に銃口を向けて言った。朝にも同じような状況に陥ったことは記憶に新しいはずだが、今はそれに恐怖は感じなかった。
「違う、こいつは……」
「……うるさい」
普通は初心者が口出ししないところなのはいくら初心者の私でも分かる。でもブレーキが利かない。思ったこと全部が口の中から出てきてしまう。
「もう夜なんだから、こんなに騒がれても困るんだけど」
「なに?」
相手方の表情が険しくなっているのが分かる。それでも止まらない。
「寄ってたかって、何してるのかと思えば殺し合い。今日初めて入って、知らないこといっぱいしれて、いまようやく楽しくなってきたところなのに。宿屋壊すとかありえませんから。帰ってください。ケンカなら他のどこかでやって!」
「うるさいんだけど」
銃使いが発砲した。私は目を閉じる。さすがに撃たれるときは少し恐怖を感じないでもなかった。
死んだ。と思ったのだが、私の目の前に、大きな光の壁がそれを防いでくれたようだ。
「おい、何ルーキー相手に攻撃してんだよ!」
「なんでって、ルーキーごときが生意気な口を叩くからじゃない。逆にあんた、なんで助けたのよ」
そうだ。この壁は間違いなく彼が出したものだ。
「だって、格好いいだろ。こういうの」
「はあ?」
「死神だって、俺が望んじゃいないが、手に入れたいい感じの称号だ。今は結構気に入っているぜ。たとえモラルにのっとった行動じゃないしても、この世界じゃ俺が真剣に格好良く生きたいと思って選んだ道だ」
そう言っている彼の顔は一番活き活きとしているように感じた。
「お前を助けたのも、本当はかっこいいことをしようとしただけだ。恥ずかしいから、言いたくなかったんだけどな」
銃使いはその間も何度もこちらに発砲していたようだが、その球は決してこちらまで届くことはなかった。
「これ、かなり高価なシールドよ。これじゃあ壊せない。武器変えるから、その間見てて」
銃使いが武器をしまう動作を見せた。すると、スマホから音声が流れてくる。その声は隣に居る彼だった。
「今、戦闘中通信機能で話している」
「ふ……」
「声出すな。これは相手に気付かれずに仲間と話すときに使うんだ。お前が声を出したら意味がない。……用件だけ言うぞ、今からお前ここから一番近い武器屋で、一番高い銃を買ってこい。どの道お前もあいつらの機嫌損ねた以上、狙われる。戦う準備をするんだ。いいか、俺の生きてる間がタイムリミットだ。おれのエナジーコアもあと半分切ってる。……行け!」
言葉が終わると同時に、激しい爆発が起き、目の前の光の壁が砕け散った。
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