第2話 チュートリアル
男はこちらに振り返ると、
「あんた、ここに来るの初めてだろ?」
と聞かれたので、うなずく。
「よっし、じゃあ、さすがにやるのはかわいそうだな。……来いよ。少し教えてやる」
「教えるって何を?」
すると、男は私の左手をつかむと、急に駆け出した。引っ張られるままついていくことしか今の自分にはできなかった。
さっきまではいろいろと混乱して分からなかったけれど、あちこちにおかしいところがある気がする。
何というか、テレビの広告でよく見るファンタジーゲームの告知で見るような、家や物が並んでいるかと思えば、SFの本で読んだときに出てきたような物もあちこちに見える。それら二つが、違和感なく共存しているところはさらに驚くべきことだ。
「そんな、キョロキョロすんなよ」
そして今なぜか私は、目の前を歩く怪しい男の後ろをついていっている。
「あの……」
「何」
「どうして私を助けてくれたんですか?」
「ああ、それな」
男は急にスマホを取り出すと、何か操作をする。その時、彼の右手にいきなりさっき見た鎌が現れた。
まさかここで私も。
「そんな顔すんな。お前をやったりはしない」
と言って、男は鎌を前に差し出す。
「この武器な、一応かなりレアものなんだ。銘はラーディオスサイス、死神の鎌と言われていている。これ、一週間に一人プレイヤーキルしないと、力が半減しちゃうんだよ。さっきちょうどいい贄が見つかったからやっちゃっただけ。人助けにもなったみたいだしな」
この人も、自分の利益を考えての人殺しということなのか。
「そんなことで、人殺しなんて……」
「おいおい。お前本当に初心者だなぁ」
「え?」
「この世界じゃ当たり前に起こっていることだ。お前だってさっき殺されかけただろ。そんなモラルここじゃ捨てちまった方がいい。死にたくなけりゃあな」
男はそれだけ言うとまた前を向く。
ずいぶんと物騒な世界にきちゃったな、と思わずにはいられない。人殺しが当たり前の世界など、怖すぎて安心していることなんて普通に考えてできない。この世界にいる人々は相当メンタルが強いと称賛したくらいだ。
「そういえば、なんで初心者って分かるの?」
「そりゃ、お前の今の装備、女の初期装備だしな。何のボーナスもないから、ゲーマーだったらすぐに防具屋で変えることくらい考えつく」
声が私を小馬鹿にしたような感じだ。ムカつく。
「それは、失礼しました」
目の前にいるのは、このゲームでの先輩だ。生意気なことを言い返す権利は私にはない。
それに、いま機嫌を損ねることはあまりよくない。せっかく経験者がいるのだ。まだこの世界について知らない私は、いろいろ聞いておくべきだろう。どんなことでも、経験者に話を聞くのは大事なことだと、私は今までいろいろな習い事をしていてわかっている。
「あの……」
「着いた。積もる話はここで聞いてやる」
と、男は足を止めていた。建物の前だ。
「I……N……N?」
「宿屋だよ。まあ、いろいろと機能があるけど、今のお前に言ってもわかんないだろうし、まあ入れよ」
木造のドアを開けると、一階の大ホールが視界いっぱいに広がった。右を見ると、大きならせん階段があり、上まで吹き抜けになっていて、開放感がある。
「おい」
「ひゃあ!」
この声をあげるのは、今日二度目だ。
「びっくりさせないでよ」
「なんだ、変な声あげて。とりあえず、一番上の部屋取ったから。……高かったんだから、ありがたく思えよ」
男はらせん階段を上る。私はそれをまたついていった。後ろから彼の姿を見て、ここで一つ思い出したことがあった。さっきも人の上を見ると、その人の名前が表示されていた。
同じように、彼の頭の上を見てみる。
ウィリケット。それが彼の名前のようだ。
五階に上がると、広さに対して部屋のドアの数が少ない。考えるにどうも部屋が広いのではないのだろうか。
「スイートルームとはいかないけどな」
「え……」
入ってみてお感想は、いかにも高そうな部屋だなあ、と言うことだ。とにかく部屋数が多く、一部屋一部屋がいままで泊まった中で一番と言っていいほど広い。質も高い。
部屋の奥に進み、一番大きな部屋にはいった。少し品の良いテーブルと椅子がある、家のリビングを彷彿とさせる光景だ。
「まあ、座れよ」
言われた通りに、その中から一つの椅子を選んで、腰を下ろした。
ウィリケットも私と向かい合うように腰を下ろした。
「高そうな部屋だね」
「高そう、じゃなくて高い」
「なんで、こんなところに連れてきたの?」
「別に変な意味はないぞ。ただ、せっかく助けたのに、出て行った瞬間すぐに死んだとかいったら、俺がバカみたいじゃないか。だからお前が死なないように、俺が少しレクチャーしてやるよ。お代はもらうぜ」
「そんな、私お金持ってないし」
「初期所持品に一万ロールあるだろ」
ロールと言われても、何かが分からない。
「……分からないって顔だな。分かった。まずそこから説明しないとな」
ウィリケットは腰からスマホをだす。
「お前も出せ」
と言われたので、腰の入れ物から自分のを出した。
「じゃあ、機能ってところタッチして」
「……いろいろまた出てきた」
「そこから、説明書ってやつ」
言われるががまま、スマホを操作していく。いつも使っているはずだが、あまりにも中身が違うので、スマホを初めて持った時と同じような感覚だ。
「ちなみにこれは、ゲームを進めるときに必要な機能の多くを持っている携帯端末だからな。なくしたらもうほとんど何もできなくなる。しっかり持っとけよ」
説明書の最初にも書いてあった。このスマホはこちらの世界でもスマートフォンという言い方でいいらしい。いま言われた内容が、大きく赤文字で書いてあるので、本当のことのようだ。
「さて、どこから説明しようか」
目の前の男は首をかしげながら、スマホを見つめている。講義までには少し時間がありそうだったので、説明書を見ておくことにした。
項目はかなりの量があって全部見るのは少し骨が折れそうだ。でも私はこのような物はすべて見ることにしている。たとえ時間がかかったとしても、見なかったせいで失敗したということにはなりたくない。
「そういや聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「なんで、お前これ始めようと思ったの?」
「それは……」
すぐに言おうとしたが、それがちゃんとした理由になっているのか少し不安になった。
「へ、変かもしれないけれど、笑わないでね」
一度深呼吸した。好きな男の子に告白するわけではないはずなのに、妙に緊張する。
「変わりたかったからかな。今までの自分を変えたかった」
今まで、あまり遊びとは、あまり縁がない生活をしてきた。家は普通よりお金があったと思う。だからこそ、両親は私に多額の投資をしてきた。口癖のように、おしとやかで有能な大人になりなさいと言われ、学校以外にも毎日、習い事をやっていた。子供のころはまあよかったかもしれない。親がいい子と褒めてくれるだけでよかった。
それでもさすがに成長してきて、物事がいろいろ分かってくると、自分が何のために習い事をしているのか分からなくなってきた。いぞがしすぎる生活にだんだんと嫌になってきて、辞めたいと正直に言った時には、何時間も怒られた。それは分かる。きっと私をよくしようとしてくれているからの行動だと、分かっていたから。それでも思ったのだ。みんなと同じように遊んでみたいと。
高校は家からは通えない遠いところを選んだ。逃げたかったからだ。呪いのように、忙しい生活を提供する親から。
そして、無事合格し、この春から高校一年生となった私は、何かやってみたいと思った。それで、高校の友達に聞いたところ、このゲームを薦められた。
「いままで、ゲームなんてやったことないから、いままでとは違った自分になれるきっかけになるんじゃないかなあって」
「ほう」
結構勇気を出していったのだが、向こうの反応が想像以上に低い。
少し拍子抜けだ。まあ、彼には関係ない事なのだから、その反応も当然だろう。
「名前は何でユウナなんだ?」
「何でって、これ本名だよ」
「……はあ。少しは遊び心ってのがないのかね。つーか危ないぞ」
「え、何で?」
「もし現実でヤバい事やったら、こっちで仕返しされる可能性があるんだ。普通は本名なんて使わない」
あ、確かに。
と頭の中でもう一人の私が言った気がした。
考えが至らなかったばかりに気付いた衝撃の事実。これから先に背負っていく不必要なリスクを負ってしまった。
「まあ、名前決めちゃった以上、仕方ない。がんばれよぅ」
目の前の男が笑った。そんな顔は初めて見たが、あざ笑うという表現が一番だろうその表情を見て思う。
この人、いやな人だ。
そんなことなどわかってないだろう彼は、スマホを腰に戻すとまたしゃべり始めた。
「まあ、教えるって言っても、全部なんて言うつもりはないぞ。大体そのスマホにある説明書の中に書いてあるからな」
「うん」
「よし、じゃあまず、この世界で生きる方法からな」
ここで疑問に思った。
どうしてこの人は、こんなにやさしくしてくれるのだろう。
それは、目の前にいる死神のチュートリアルが終わった後にすることにした。
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