死神との始まりの日

第1話 死神ウィリケット

「続いてのニュースです。スマートフォンの人気ゲーム。レイドルワールドが、サービス稼働一年で、参加者数が世界記録を大きく上回り、新たな世界記録を打ち立てたようです。……そういえば東屋君もやっていますよね、この記録をどう感じますか?」

「いやあ、当たり前だと思いますよ。何しろ普通のアプリではないですからね。何と、ワンタッチで起動するだけで、自分が本当に異世界に飛ぶことができるんですから」

「そうですよねー。まあ最初はかなり疑わしいアプリでしたよ。インストールした覚えもないのに、いきなりこのゲームが入ってたんですから。製作者も、管理会社も不明。全世界が探していますが、いまだ見つからず。こんな怪しいにも関わらず、人気なのはやはり、異世界という響きに魅了されたからでしょうか」

「まあ、そうでしょう。ゲームの中に入り込む、今までに叶わなかったゲーマーの夢です!」

「ははは、いつも落ち着いている東屋さんがかなり興奮していますね。ところでこの一年を機に、さらに新しいユーザーを増やすためか、キャンペーンをやってるみたいですね」

「はい。今なら特別に新参加者を歓迎する豪華な特典が付くみたいです」

「ますます、勢いにのるレイドルワールド。果たしてこの人気はどこまで行くのか。……私も始めてみようかなぁ」


 ***


 すごい。

 最初に出てきたのはその一言だった。

 周りにある建物は、いつも見ているような建物とはどこか雰囲気が違う建物ばかりで、行き交う人も、見たことのない服を着ていた。聞こえる声は、本物の人のように多彩な言葉使ってしゃべるし、周りを見てもスーパーマーケットやショッピングモールのようなものは見当たらなかったが、いろいろな店が並んでいて、多くの人が集まり活気がある。まるで、本物の街のように見えた。

 そして何より驚きなのが、ここに自分が実態を持って存在するということ。姿はこのゲームを始める時に決めた、自分のアバターというものの姿になっているが、いつもの自分に限りなく近づけたので、あまり違和感はない。しかし、服装は変わっていた。さっきまで学校の制服を着ていたのだが、今は簡素な洋服に代わっている。ゲームには疎いせいか、この服を何というかわからなかったけれど、意外とかわいいので、少し気に入った。

 果たしてこれは現実なのか。ここまで見ると本当かもしれない。レイドルワールド。スマホで本当に異世界に行けるという話は。

 そうなると少し困ってしまった。私はこの世界に来たのは初めてで、この世界で何をすればいいのかがまったく分からない。

 頼りになるのは、ここに来る前に友達が言っていた、アルロート広場に来いということだけだ。

 田舎から都会に来た人はこのような気持ちになったのだろうか。こんなにキョロキョロしながら歩くのは、小さいころ新幹線に乗って行った、ビルばかりが並ぶあの街に行った時以来だ。

 歩いているこの道も、いつも見ている道路とは大きく異なる。車道がないのは随分新鮮だ。いつもは狭く見える道も、歩行者だけが通る道としては十分だった。

 上に出ている輝く球体は、この世界では太陽と呼ぶのかすら分からないが、その光が届かない裏道を通った時は時折嫌な視線を感じた。あまり心地良くはない。

 看板をようやく見つけ、自分が行くべき場所がどこか探すと、言われた広場がここであることが分かり、とりあえず無事についたのにホッとした。

 広場は中央に噴水があって、澄んだ水が大きな芸術を完成させている。その周りをベンチのようなものが囲んでいて、一つには男女が座っていた。

 露店販売が行われているのも見える。武器屋と言うのを見るのは初めてだった。いろいろ置いてあるが名前は全くわからない。しかも妙なことにお金のようなものを受け渡ししている様子が見られない。スマホのようなものを持っているのは分かるが。

 それを見てようやく、腰のベルトが妙に重いことが分かった。

そこにある入れ物に自分のスマホがあることが分かった。

 電源をつけてみると、いつもの画面が現れずに、スタートメニューとして、持ち物、装備、機能、フレンド、ログアウト、と五つの選択肢と、エナジーコアという丸いなにかが四つある。

 ピリリリリリリリ。

「ひゃあ!」

 いきなりスマホが音を発したことに驚き、つい声をあげてしまう。

見ると、警告という画面が現れている。

『警告、街中で戦闘態勢に入ったプレイヤーが近くにいます』

 スマホから音声が流れた。

「え……え?」

 そうは言われても何をすればいいかわからない。

 しかし警告という言葉が出ている以上、まずいことになっているのはわかる。

 急いでここから逃げたほうがいいのでは、という考えが浮かんだときはもう遅かった。

 光の矢、のような光線が、胸のあたりに当たったのを感じた。衝撃が体を襲い、体はバランスを崩し、尻もちをついてしまう。痛くはなかったけれど、結構不快な感じがした。

『エナジーコア、残り一つです。体力残り四分の一、ロストまで残り二十五パーセント。これ以上の戦闘は危険と考えられます』

 ロストの意味はすぐに分かる。消えるというような意味だ。

 つまりあと少しで消えるということ。

 怖い。

 せっかく勇気を出してここまで来たのに、消されるなんて私の勇気はいったいどうなるというのか。

「ユーウーナー」

 手を振りながらこっちに向かってくる二人。誰かが全くわからない。しかし、あの二人は自分の名前を知っている。

 知り合いなのだろうか。

「やっと来てくれたんだー。あ、誰か分からない?」

 分かるわけない。確かに彼女たちの上にはそれぞれ、アーニャ、フリルという名前があることはわかるが、そんな名前は、頭の中の人物名簿にそんな名前は載っていない。

「私よ、クミよ。気付かないのー?」

「ノゾミだよお」

 その名前なら知っている。私をこの世界に誘った友達だ。

 安心した、一瞬。

 クミ、こちらで言うアーニャの右手に、銃みたいなのが握られているのを見て、私の中に一つの疑念が生まれる。

「そ……それは、なに?」

 声が震えてうまく出ていない。

「何も気にしないで。もう一発やられてくれるだけでいいの」

「バカ、言ったらばれるじゃん」

 もう一発という言葉で、すべてを察した。さっきのあれが彼女たちの仕業だということ。そして、今自分は、友にロストされそうになっていることを。

「なんで……」

「ちょっとお金がないから」

「そうそう。あんた倒せばドロップしてくれるし」

 二人の顔は歪んだ笑みを表していた。

 学校ではあんなにやさしかったのに。この世界の二人はまるで悪魔のようにしか見えない。

 たしかにゲームかもしれないけれど、だからと言ってお金欲しさにロスト、きっとこの世界で言う死だろうところに、人を追いやるのは、

「そんなの犯罪と一緒じゃん……」

 許されるべきでないことだと思う。だから言った。自分の正直な心を。

「真面目ぶるなよぉ」

「いいの、ゲームなんだから」

 聞いてくれるはずもない。こうなるともうどうしようもないのはわかる。

 殺される。

「それじゃ、ごめんね」

 怖い。

泣きそうになってしまう。

向けられる、銃口は間違いなくこちらを向いている。銃の引き金を引いた時、さっきの光がまた私に襲いかかり、きっと死ぬのだ。

ゲーム初心者でも、それくらい分かる。

 私は、銃口をまじまじと見つめることしかできない。

「いくよう」

 引き金に添えられた指が緊張するのが見えた。

「三、二、……」

 その時、何か見えた。黒い風のようなものが、目の前を通った。風は目の前の二人を巻き込んだ。

「ちょ……何……」

「え……」

 一瞬で過ぎ去ったその黒い瘴気の後には、今目の前に二人いたはずの二人が、跡形もなく消えていた。

 あまりにも衝撃的な展開に、しばらく場に静寂が訪れた。

 しばらくして、これを見るギャラリーから声が上がる。

「や、やりやがった……」

「プレイヤーキルだ」

「重罪だぞ……」

 周りから、そのような声が聞こえてくる。気付くと周りに集まっていた人だかりは、全員こちらに目を向けている。どう見てもあまり穏やかな目線ではない。もちろん今のは私がやったわけではない。そんな目で見られる筋合いはないと思う。

「いやあ、稼いだ稼いだ」

「ふぇ?」

 いきなり後ろから聞こえた声に驚いて変な声を出してしまった。振り返ってその姿を見ると、黒い装束をまとった同年代くらいの男だった。手には大きな鎌を持っていて、刀身もまた濃い紫色をしている。少なくとも善人には見えなかった。

 男は前に出て言う。

「いまのやったの俺だから。この子は関係ないよ。さっさとどっか行くことをお勧めするよ。……俺、人殺しだからさ、気が変わってやっちゃうかもだし」

 聴くに恐ろしい言葉を連ねるその顔は、今目の前で消えていった友達の浮かべた笑顔に、どこか似ている狂気じみた顔だった。

 この騒ぎを見ていた観衆は、この言葉を受けて、どこかへ立ち去っていく。

「あれって……死神なんじゃ」

「え、あのプレイヤーキルを大量にやってるっていう」

 などと、去り際に残していく言葉が、体を金縛りに追い込む恐怖を呼び立てる。

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