その目にうつるのは私じゃない
三葉さけ
見ていたい
「ギャーっ! 見て見て見て、カッコいいぃぃぃぃっ!」
大きいテレビ画面の推しのどアップで、ルルが叫んだ。
「ああああ! 好き好き好き好きぃぃぃっ!」
私の腕を揺さぶって叫び続けるルルから、甘いフローラルブーケの香水が香る。
「あー、最高……最高すぎる……尊死、尊死する」
カラオケの小さい個室で5回目のDVD上映会。テレビの向かいに2人並んで座るけど、ルルは立ったり跳ねたり座ったりで忙しい。
「ツキちゃん、いっつも付き合ってくれてありがとー」
「ううん、私も楽しーし」
「ホントっ!? このカッコよさ分かってきた? でもT君以外でね!」
「同担拒否なんでしょ? だいじょーぶだって」
「違うのっ。ガチ恋だからツキちゃんとライバルになりたくないのっ。やっと大学で友達ができたのにー」
ふんわりした眉を下げた顔は、あざとくて可愛い。
***
量産型ファッションとメイクではずむように話すルルは、教室でちょっと浮いていた。なんていうか馴染んでなくて頑張ってる感じがする。それで自分の高校デビュー失敗を思い出し、いたたまれない気持ちになった。私がすぐ諦めたようにいつか諦めるだろうと見てたけど、ルルは違った。
気まずく話が終わっても俯かない。いつもきっちりメイクした顔を上げて、フワフワしたスカートをなびかせながら姿勢良く歩く。それが眩しくて、いつしか目で追うようになっていた。
学食でボッチの私に話しかけてきたルルが、ふと漏らした弱音にうっかり過剰反応して応援してしまい、連絡先を交換していつの間にか仲良くなったのは純粋に嬉しかった。
ある日、デパコスのリップを買いについていき、ルルが試し塗りをしてもらうことになった。ルルの差し出す軽く閉じられた唇に、BAさんの細いブラシが触れる。ブラシが動くごとに柔らかく艶やかに色付いていく。目を閉じてるルルはまるでキスを待っているようで、私はそれを奪いたいと、食べてしまいたいと思った。
初恋は男の子だったのに。私はなぜかルルが好きで、触りたくて触られたかった。気付いてしまえばすべてが変わる。この感情に塗りつぶされた私は、ガチ恋相手が画面の向こうなことに安心して、性別が男なことに落胆した。
***
「わかってるってー。私が楽しいのは叫びまくるルルが面白いからでー」
自然なフリをしてルルの肩をポンポン叩き、話してる間だけ手を置いたままにする。
「えー、もー、アタシじゃなくて画面見てよー」
「見てる見てる。見てるけど、動きがすごいから目に入るというか」
「うー、そうなのっ。興奮してもう止まれないのっ。うるさいよねーごめん。でもオフ会はさー、やっぱ同担拒否だから行けないし、ツキちゃんだけが頼りなの」
ガクッと俯いて、グロウリップで潤んだ唇を小さく尖らせた。
「誘って誘ってー、楽しみにしてるし。ルルの熱気がすごいから若返りそう」
「なにそれっ、おばあちゃんじゃん」
2人で笑い転げたその隙に、そっと体をぶつけてみる。飛び跳ねてたルルの体は熱くて、このまま抱きしめてしまおうかと危険な考えが頭をよぎった。
「さて、二枚目いきますか!」
威勢よく言ったルルが再生ボタンを押し、始まりを待つその唇にストローを咥えた。
「見て見て、始まる。……あ~カッコいぃ~」
推しカラーのネイルをした手でコップをテーブルに戻し、私の腕を軽く叩いて合図する。
オフ会なんか行かないで。盛り上がったら、その人たちにも腕触ったり、体を寄せたりするんでしょ。好きなだけ付き合うから、それは私だけにしてほしい。
言えるわけない言葉を飲み込んで、隣に座るルルを見る。カールしたまつ毛が見える距離なのに。ピンクの唇もキレイなネイルも甘い香水も、ルルのすべては見てくれもしない相手のため。テレビの光を反射する目は推しだけを見てる。
あとで画面も見るからもう少し。今はまだあなたを。
その目にうつるのは私じゃない 三葉さけ @zounoiru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます