17 愚道の波動砲

 三内丸山遺跡を会場としたアラハバキ・フェスティバルは、無事に初日を迎え、フェス会場は多くの来場者で賑わっていた。物販をはじめとする、大小様々な催事を披露しているマルシェゾーンも、昼前にも関わらず、いくつかの人気ブースには、物珍し気な顔をのぞかせた来場者たちの、人立ちが輪をつくっていた。その人混みの中を二階と兵頭の二人が連れ立って歩いていた。

「気になるのは、やはりアルバートの件なんだ」

 周囲のにぎわいに反し物思わしげな表情の二階だった。

「私からもシス開の方に状況を確認してみたよ。あなたの指摘通りだった。開発先のシステム・パートナーズ社でのシステムテストが、やはり上手くいっていなかった」

 マジカル・ドットコムが、アラハバキのために提案してきた最新マーケティング・オートメーション。それを駆動させるAIに、ペルソナ型AI、『アルバート』が搭載されていた。それは最新型の強力な存在であるのだが、その一方で、未だ不安定だと噂されているものだった。事実、電博堂DXデジタルのシステム開発部では、開発中システムへの搭載を躊躇っていた。

「でもさ。正式なローンチまでにはまだ十分時間があるんだろ。そのあいだにじっくりバグを修正してゆけばいいんだよ。今日はそういう辛気臭い話は抜きにして、楽しめ」

 微笑みながら二階の肩をたたいた兵藤は、その直後、「ほら、あれ」と言って、テントの一つを指さした。『縄文セラピー』と書かれた手作りの袖看板がテント入口横に吊るされてあった。

 テントの前では、脇にチラシの束を挟み込み、ワイングラスを手にもった黒衣の僧侶が立っていた。兵頭と目を合わせた。

「我々のブースでは、古代縄文人のおおらかな生活行動にインスパイアされて生まれたユニークな療法による、心療セラピーを体験できます。健康法としても効果が望めるものです」

 珍しい僧侶の売り口上に誘われて、二人はテントの中に足を踏み入れた。

 中には、様々なかたちの土器や土偶、そして大小様々な石器や装身具らしき品々が、ラックの上に並べ置かれてあった。

「ようこそいらっしゃいました。我々は、今では見かけることのできない古代人が行っていたであろう、発声法や動作、そして創作文化を基にして生まれた当時の人々たちの手技に着目しています。先ずはこれをご覧ください」

 僧侶は身に付けていた黒衣をパッと翻し、身構えた態勢になると、手にあるワイングラスを面前に翳した。そして「ハッ」と声を発してグラスの膨らみの部分を人差し指で弾いた。眼を閉じグラスに耳を寄せる。やや経ってから、僧侶は肩をおおきく上下させ胸を膨らませた。そして「ラァー」と発し、持つワイングラスと向き合った。発声は一定の音階を保ったまま音量を増していった。しばらくして、兵藤が小さく驚きのこえをあげた。グラスがパツンという音をたててひび割れたのだ。

「現代風にいえば、音の共鳴現象を利用した波動砲です」

 心得顔の僧侶だった。

「説明させていただきます。どうぞこちらへ」

 二人をブース奥にあるモニタ画面の前に誘った僧侶は、画面に「波動術のメカニズム」というタイトルを映し出した。

「モノを叩くとモノの形は変わります。そしてまた元に戻ろうとする。しかし元に戻ろうとする力は、そのとき勢いあまって、行き過ぎたようになる。その行き過ぎた力が、今度は蓄勢を溜めるようになって、また逆に戻ろうとします。それを繰り返すのが振動です」

 僧侶はスクリーンに示した振動メカニズムの図に赤いポインターを這わせた。

「モノたちは皆、さまざまに振動をしています。その様々ある振動の中には、最も変形しやすい振動スピードを持った波がある。それがモノの発する基本音、つまりそのモノ特有の『調べ』になります……私が最初にグラスを指ではじいて確認したのは、グラスの一番変形しやすい振動スピード、グラスの調べを確認する行為だったわけです」

 兵藤が得心の目顔を返した。僧侶が後をつづけた。

「一方で、音には音圧があります。調べが音の性格であるとするならば、音圧とは音の力です。その力を、振動を続ける調べに合わせて連続的に加えてゆくと、モノは耐えきれなくなって最後には割れてしまうのです。調べはそのモノの中で最も変形しやすい振動だからです。今私がお見せしたのは、そうした波動の仕組みを利用した波動術になります」

 ひらめいた顔になった二階が口をひらいた。

「あなた、もしや愚道さん?」

 二階は以前、アラハバキ組合員の仲間入りを果たした歓迎会のとき、この波動術の存在を安東らから披露されていた。それを古代人の呪術的手技として体系化した人物が、愚道だと聞かされていた。

 愚道は首肯し、「アラハバキの関係者の方でしたか」と言って躊躇いの笑みをうかべた。二階は「このことについては詳しくないので続けてください」と言って先をうながした。

「……私は、古代人のとくに祭司や祈祷師の多くが、この波動術を身に付けていたのではないかと考えています。その証左が土偶です」

 モニタ画面は、そこでカルーセルに切り換わり、いくつもの土偶を代わる代わる映しはじめた。

「私は、これら縄文の土偶は、その後の古墳時代にあらわれる、生贄の代用品である埴輪とは、少し異なる役割をもっていたものと考えています。縄文の土偶はさまざまに解説されていますが、注目すべきなのは、発見されたもののすべてが破壊されて見つかっている事実です」

 愚道がカルーセルを止め、静止した土偶の、破壊されている部分にポインターを這わせた。

「彼らは生け贄の代用品であるというよりも、擬人化された動植物だった」

 意外な見解に二階と兵頭とが小さく驚きの表情をみせた。

「その証左が、土偶それぞれに見られる、動植物のかたちです」

 愚道が画面の中に、遮光器土偶を映し出した。

「これを宇宙人の姿をあらわしたものだとまことしやかに語られる人たちもいらっしゃいますが、どうぞよく見てください」

 次に愚道が映し出したのは「サトイモ」だった。土から掘り起こされた親芋子芋の画像だった。

「似ていますよね。似ているんです」

 断定口調の愚道が次に登場させたのが、逆三角形の「ハート形」をした「仮面の女神」で知られた国宝の土偶だった。

「これ、何に似ています? このハート形、クルミなんですよ。クルミを縦に割った切断面にそっくりですよね」

 愚道はさらに、稲わらや栗、アワビやサザエ、蛇などと、現行出土されて知られた土偶とを対照させ、土偶の動植物擬人化説をくりひろげた。

「私は、土偶は、豊穣を祈祷するための装置だったと考えています。そしてそれら特徴的なのは、それを破壊し田畑や狩猟の場にばら撒いたこと。つまり土偶は、作物や獲物たちの呪具的存在だった。……そこで注目すべきが呪術、土偶の破壊方法です」

 二階と兵頭は、愚道が繰りひろげる「おらが説」に引き込まれていた。

「呪術を目的別に見てみると、黒マジック、白マジック、それぞれに様々があります。しかし手法的に見てみると、模倣法と感染法とに大別できる。前者が雨乞いにみられる水撒きや太鼓叩きです。それらの術は、降雨と雷鳴とをまねた行為です。また後者で有名なのが呪いの藁人形です。呪いたい相手を人形に見立て、そこに不幸を感染させる術です。さて私は、土偶を使った呪術は、その内の前者、模倣法だと考えています。何故なら土偶を破壊する行為とは、自分たち人間の血肉を、擬人化させた土偶に憑依させそれを大地に供物として捧げる行為に思えるからです。土偶の破壊は、古代人自らが、自身のこころと身体とを大地に捧げる模倣行為だった」

 二階は、面前で「おらが説」を繰り広げるこの愚道という人物が、アラハバキを支える重要人物の一人なのだと確信した。 

「……ところで、破壊行為には様々があります。叩き割る、刺す、突く、打つ、落とす、穿つ……踏みつぶす。そうした様々ある破壊行動の内、最も厳粛かつ心的であるものは何だと思われますか? 自らのこころと身体とを、大地に捧げる行為を考える上で、至極重要な質問だと思うのです」

 愚道の問いかけに二人同時に頭を振った。

「私は、波動砲ではなかったかと考えています」

 ――――

「では、お二人には、これから波動術を体験していただきます」

 土偶呪具説の解説を終えた愚道は、ブース最奥にある遮蔽ボードで仕切られたバックヤードに二人を案内した。左右に段ボールが積まれた狭い入口から、背をかがませて中に入る。部屋の中央にテーブルがあって、その上には、実験用らしき土製の品々に雑じって、電子楽器を思わせる装置が複数置かれてあった。愚道は、そのうちの一つを手にとってから説明をはじめた。

「波動術といっても、人々が発する発声だけで、対象となるモノの破壊を実現させるのは、修練を積み上げた、古代の祭司や祈祷師ではない私たちには、そうとうに困難なことです。この装置は、そのハンディキャップを克服させるために作られたマニピュレータになります」

 手渡されたのは小さな管楽器のような存在だった。受け取った二階が怪訝な表情なのを察して、愚道がさらに補足説明をくわえた。

「モノの破壊をサポートすることを目的とした、音波発振増幅装置です。電子式で、発信される音波の性質をさまざまに設定変更することが可能です。小手調べに、先ずはこれを破壊してみましょう」

 愚道はテーブルに置かれてあった手のひら大の壺型の磁器製器を手にとると、風鈴のように逆さにして、テーブルの縁にそれを吊るした。そしてリン棒を手につまみ持ち、器の開口部分をそっと叩いた。周囲を調べが響きわたる。じっと聞き入っていた愚道が口をひらいた。

「周波数は一万五千ぐらいでしょうか。音量は五十デシベルあたりからはじめてみましょう」

 愚道に従い、装置のダイアルを設定した二階は、スピーカー部分を器に向け、発振ボタンを押し込んだ。そうとうに高い音が立ち上った。

「音に合わせて発声してみてください」

 愚道のことばに従って、二階が装置のマウスピースに口を合わせて「ラァー」と発音した。器にまだ変化はみられない。

「徐々に音量をあげてください」

 愚道の指示にしたがい、発声の音量をあげつつ、装置のボリュームつまみを右にひねる。兵頭が吊るされた器に監視の目をそそぎこんだ。リン棒によって振動をはじめた磁器製器は、二階の発声と、装置から発せられる電子音に共鳴し、高鳴りを増幅させていた。

「あっ」

 兵頭の声だった。器に異変が生じたのだ。

 その全体が亀甲模様に覆われていた。

「まもなくです」

 ボッという音を立てて器が破砕したのは、愚道が発したことばの直後だった。


 二階恵介に与えられた新たなデスクは、池袋駅西口近く、池袋西口公園に架かるグローバルリングが見下ろせる位置にあった。パステルハウス本社の一角だった。出向先は、アラハバキ企業組合事務局。役職はアラハバキ企業組合専務理事、アラハバキの事業活動を統括する立場だった。

 三内丸山遺跡でおこなわれていた三日間に及ぶ、アラフェスが終了したのも束の間、二階は新しい職場での引継ぎ等、慌ただしい毎日を過ごしていた。

「明日の理事会で、件の特定組合員加入審査の審議があります」

 秘書新田の話を受け、二階は手渡された書類に目をおとした。議題の一つが目に入った。

 ――マジカル・ドットコム社日本法人、特定組合員加入承諾について。

 懸案の議題だった。当該社から安東静香に出された企画案、最新型マーケティング・オートメーション。安東が絶賛するシステムだった。先方が導入を条件にしてきたのが、アラハバキ企業組合の運営に参加できる特定組合員としての資格取得だった。特定組合員と一般組合員との違いは、総会での議決権、役員の選挙権等を持ち、組合の運営に直接的に関われるか否かだった。企業組合の特徴は、一般株式会社と異なり、異業種同士の創発的発展を意図した組織体であることだった。つまり平等と公平性、そして自由闊達な活動を重視する存在だった。ゆえに税務上の優遇制度が充実しているなど、新規事業を展開する上でメリットの大きい組織体だった。

「この件について、安東理事長は何と?」

 二階の問いに、新田は、「とくに反対のことはないようです」と応えた。しかし二階は、アルバートの件が懸念材料として燻っていた。しかも今回、システム導入に、アラハバキを運営できる立場の一員になることを条件に出してきたのだ。表向きの理由は、アラハバキの理念に賛同してということだった。アラハバキの組合員は、特定と一般、そして個人と法人とを合わせて数十件と、他の組合組織と比較して少なかった。その理由は、アラハバキという理念を、強く信奉してくれる者にのみに、門戸を開いていたからだった。母体は、長年に渡ってパステルハウスが独自のホールセールで築き上げてきた、気の知れた個人、法人たちだった。現在に至っては、アラハバキのブームが沸き起こり、組合員加入申し込みが激増していた。しかし安東静香は、アラハバキ認証同様、承認には慎重だった。にもかかわらず、マジカル・ドットコムの組合員加入案件を、あっさりと承諾しようというのだ。二階は不審がった。

 不審がらせるもう一つの理由は、アルバートに関する二階の問い合わせに対して、先方は要領の得ない回答を繰り返してきたことがあった。マジカル側の対応に誠意がみられないのだ。システムテスト結果については、判定結果の提出を再三もとめているのにも関わらず、今もって提出がなかった。それは何故なのか? 誠意なきマジカル・ドットコムが、アラハバキ企業組合の運営構成員になった暁には、何が引き起こされるのか? そんな漠然とした不安が、二階の気持ちを晴れないものにしていた。

 執務室は外部が見通せるガラス張りだった。その視界の中に兵藤由起子があらわれた。手にしたコンビニの焙煎珈琲をこちらに向けて振っている。ドアを押し開いて入室してきた。

「二階専務理事、ごきげんいかがでしょうか?」

 パステルハウスの執行役員となった彼女は、アラハバキの広報担当の責任者を兼任していた。

「明日の理事会に、例の話がだされるんだって?」

 珈琲を指し向けながら訊いてきた。広報を任されるだけあって、耳早い兵頭だった。曖昧な返事を返した二階に、兵頭は「とくだねだよ」と言って顔を近づけてきた。何ごとかと二階が聞き耳をたてた。

「ほら、アルバートの開発を担当していたシステム・パートナーズ社が、一昨日、買収された」

「相手は?」まなじりを上げて二階が訊いた。

「アマゾネスコマースという情報産業開発企業なんだけど、その後ろ盾を聞いておどろきました」

「焦らさないでくれ」

「マジカル・ドットコムなんだよ」

「えっ」声をつまらせた二階の脳裏をアルバートのシンボルマーク、ヒトガタが明滅した。

「アルバートの開発はどうなる?」

「マジカルが引き継ぐんだろうけど、そのことで、周囲でひと悶着おきている」

 二階が目で問いただした。

「姿をくらませていたシステム担当責任者が、一カ月前に自殺していたことが、買収で明らかになった」

 驚きの顔色は、すぐに疑惑の色に変わった。

 憶測通り、アルバートの開発は不調を来していたのだ。にも関わらず、マジカル社はそのことを秘匿している。裏に何か重大な疑惑がある。席を立った二階は、ドアに足を向けた。

「どこ行くのよ?」

「代表室」

 二階は言い残してドアを引き開けた。

 ――――

「知っていました」

 二階の話を聞き終えた安東静香の第一声だった。意外なことばだった。安東はアルバートの不調を知っていた。

「マジカル・ドットコムとの話は、一旦保留にして、システムの内容について精査するべきです」

 二階の忠告だった。泰然として執務机にすわっていた安東は、回転椅子を回して、二階に背をむけた。

「二階さん。あなたがデジタル貨幣システムを提案してくれたときのこと、覚えているかしら?」

 亜麻色の背の向こうを立ち上った質問だった。二階が押し黙った。

「デジタル貨幣という第三の産物が、現代社会で失ってしまった、互酬という関係性を蘇らせてくれる。あなたはそう説明してくれたのよ。私は、そのことに賭けてみようと思った」

 二階はさらに、安東の話に耳を寄せた。

「マジカル社の件、いろいろ混乱しているようね。でもね、あの消費者と商品とを、エンパシーで繋ぎ合わせようという考え方、私はとても素敵なことだと思うのよ。あの二体のアバター」

「しかし、それを駆動させようというAIに……」

 安東はふたたび回転椅子を回し二階と対峙する姿勢になった。

「テルトィリアヌスが言ったことばを覚えているかしら?」

思いだした。安東が講演で語ったはなしだった。

 ――不条理ゆえに、我信ず。

「それが、どういう意味だか分かっているわよね」

「合理性からは、信じるという論理飛躍は生じない」

「そう。契約によって守られ、義務が履行される保証があるならば、そこに信頼はもう要らない。人間って、そうじゃないのよ。もしかすると裏切られるかもしれない。損失を被るかもしれない。その可能性を知りながら、それでも合理的判断を停止して信じ切る。信じるという行為は、そもそも不合理なことなのよ」

 二階はおどろきの表情になって、心の中でつぶやいた。

(不条理ゆえに、我信ず)

 そのアラハバキの理念を、ぶれることなく真向から貫こうとしている安東の信念に、大きな衝撃をうけた。

「正直に言えば、この先のこと、私には皆目分からないわ。門外漢のことでもあるしね。でもね、だからこそ、あなた方を招聘したんじゃない」

 発せられたことばは、「あなた方を信じている」という意でもあった。気づいた二階の表情を、決意の色がさっと過ぎった。

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