第14話 拠点確保(下)

 一等地に店を構える不動産屋を訪れた。

 出迎えたのは丁寧で礼儀正しいが、嘘くさい笑顔をたたえた若い男だった。

 俺たちはカウンターに案内され、「ご用件は?」と尋ねられる。


 打ち合わせ通り、ディズだけが椅子に座り、俺はその後ろに立つ。

 交渉はディズに任せきり、俺は指示が合ったときに口を開くだけだ。


「これ、伯爵の紹介状よ」


 いぶかしげな視線を向けていた男は、急に態度を改める。

 作り物の笑顔が消え、取り繕うように背筋がピンッと伸びる。


「しっ、失礼致しました。本日はどういったご用件でしょうか? 最大限の努力を持って、ご希望にお応えさせていただきます」

「見ての通り冒険者よ。ダンジョン探索のためにこの街へ来たの。拠点となる家を借りたいわ」

「ぼっ、冒険者ですか……。承知いたしました。それでしたら――」


 店員がファイルに手を伸ばそうとしたところを、ディズが遮る。


「いわくつき物件よ。あるでしょ? いわくつき物件」

「……いわくつき物件ですか? それはもちろん、ございますが……」


 店員の渋る態度を見て、ディズが右耳を触る。


「うむ」


 店員の視線が俺を向く。


「問題ないわ」


 再度、右耳の合図。


「うむ」

「大変危険です。当方では安全を保証しかねます。伯爵の紹介を受けられるお方でしたら、もっと良い物件がいくらでもございますが?」

「問題ないわ」

「うむ」

「承知いたしました。こちら、冒険者ギルド近くの好立地の物件なのですが――」


 店員は物件情報が書かれた一枚の紙を差し出す。


「もともと月20万の物件なのですが、最近レイスが棲みついて……。除霊していただけるなら、月10万で構わないとのことです」

「なにッ!」

「ヒッ!」


 ディズの合図で俺が声を発すると、店員は怯えた声を上げた。

 そして、再度の合図。


「なにッ!」

「ヒエッ……」


 怯えた店員は助けを求めるようにディズに視線を向けるが、ディズは獲物を前にした猛獣のような笑みで口を開く。


「レイスの除霊なら200万くらいかしら。それで月10万はぼったくりよね。月5万で」

「……月8万でどうでしょうか?」

「なにッ!」


 俺がディズの合図に従うと、店員がピクリと震える。


「はっ? 寝ぼけてない? 月6万」

「…………月7万。これでなんとか、ご勘弁いただけないでしょうか?」

「…………まあ、いいでしょ。それで手を打つわ」

「なにッ!」


 あっ、間違えた。

 右耳だった。


「ひっ。でっ、では月6万でっ、どうか、ご勘弁をっ……」


 冷や汗を垂らしながら頭をぺこぺこと下げる店員に、ディズが勝ち誇ったように告げる。


「勉強してくれてありがとね。その分、伯爵にはよろしく伝えておくから」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 店員はさっきよりも深く長く頭を下げた――。


 それから、店員の案内で俺たちは目的の物件に向かうことになった。


「すごい……交渉術」

「聖職者の世界は魑魅魍魎の世界だからね。みんな、笑顔の下で刃物を研ぎ澄ませているの。そんなところで暮らしていれば、これくらいの交渉術は勝手に身につくわよ。それよりさっきの最後のアレ、やるじゃない。あのアドリブは期待以上だったわよ」

「えっ、……い、いや……間違えた……だけ」

「またまた、謙遜しちゃって〜」


 最後のアレは本当に右耳と左耳を間違えただけだ。

 だけど、それが功を奏して1万安くなったんだから、不思議なもんだ。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『除霊(上)』

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