第13話 拠点確保(上)
翌朝、朝食を頂いた俺とディズは伯爵邸を辞し、市街地へ向かうことにした。
伯爵家のみなさまは、「いつまでもいていい」と俺たちを引き止めてくれたが、俺たちには冒険者になるという目的がある。
それに、いくら伯爵一家が気さくだとはいえ、なにか無礼をやらかしてしまいそうで、俺は気が休まらない。
まるで我が家のようにくつろいでいるディズとは違うのだ。
伯爵邸は街外れの高台にあり、市街地から少し離れている。
聞いたところによると、歩いて30分ほどだとか。
フローラ嬢は「馬車を出す」と言ってくれたが、目立ちすぎるのでお断りさせていただいた。
「ディズちゃん、また遊びに来てね」
「うんっ、また来るよっ」
フローラ嬢はディズとハグで名残りを惜しむ。
すっかり、十年来の友人みたいになっている二人。
俺ひとり蚊帳の外だが、そういう状況には慣れきっているので、まったく気にならない。
むしろ、ひと回りも下の美少女二人の間に、俺みたいなオッサンが混ざろうとしても、ロクな結果にならないことは百も承知。
物理的にも精神的にも、一定の距離をおいて、二人の仲睦まじいやり取りを眺めていた。
「ロイルさんも、一緒に遊びに来て下さいね」
「っ…………」
いきなり、話しかけられ、しどろもどろになる。
まさか、俺のことまで気にかけてくれるなんて……。
フローラ嬢は、なんて人間のできた人なんだ。
「そうね。二人で来るよっ」
口が動かない俺の代わりに、ディズがフォローしてくれる。
おかげで微妙な空気が流れずに済んだ。
こうして、胃に穴が空きそうだった伯爵家滞在は終わりを告げた。
物語だと、伯爵家から依頼という名の厄介事を押しつけられるのものだが、やはり、
何者かに命を狙われているフローラ嬢の護衛を頼まれることはなかったし――。
不治の病に苦しむ寝たきりの妹のために
ましてや、フローラ嬢が俺に一目惚れしてついて来るというイベントは、もちろん、起こらなかった。
当たり前だ。
ガッチリムッチリで「あっ」とか「うっ」とかしか言わない、三十路の冴えないオッサンに美少女な貴族令嬢が惚れ込むとか、
フローラ嬢に見送られながら、丘を下っていく。
街が一望できる眺めに感動しながら。
さて、俺たちの目的地はというと――。
「まずは――」
「ギルド?」
俺としては、いち早くもギルドで冒険者登録を済ませて、ダンジョンに潜りたい。
冒険者といえば、ダンジョン。
ダンジョンといえば、冒険者。
モンスター。
宝箱。
そして、出会い。
冒険者になったのは、ダンジョンに潜るためと言っても過言ではないっ!
「――拠点の確保ね」
俺の熱い思いは、ディズには伝わらなかったようだ……。
しょぼん…………。
「……拠点?」
「ええ、これは私のわがままなんだけど……」
それにしても……拠点か。
俺としては宿屋ぐらしのつもりだったから、ディズの提案は意外だった。
「ここに来るまで宿屋でなにかとトラブルが多くてね。だから、宿屋は避けたいの。それに、しばらくはメルキから離れない予定でしょ? だったら、家を借りた方が得なのよ」
「そう……だ……ね」
たしかにディズの言う通りだ。
ディズみたいなカワイイ女の子が一人旅をしていれば、変な男に絡まれることも多いだろう。
そう考えると、浮かれているわけにはいかない。
ダンジョンは待ち遠しいが、ここは後回しだ。
「いいかな?」
そして、追撃の上目遣い。
そんな目を向けられたら、断れるわけがない。
それに伯爵からもらったお金で、懐は温かい。
なにせ、家を1軒買ってもお釣りがくるほどの大金だ。
「うっ……う、ん……いい、よ」
「よーし、じゃあ、拠点を確保しに行きましょ!」
ということで、俺たちは不動産屋に向かう。
のんびりと街中を見物しながら、歩いて行く。
俺は故郷の農村と、サラクンしかしらない。
知らない街を歩くなんて、初めてだ。
自然と足取りが軽くなる。
鼻歌も歌いたいところだが、長い門番生活で歌い方を忘れてしまった。
ここメルキの街は俺が15年過ごしたサラクンの街とはだいぶ様子が違った。
一番目立つのは冒険者の数だ。
メルキは冒険者の数がとても多い。
歩いている者の半分、は言い過ぎにしても、それくらい多い。
そして、そのせいか、街中は悪く言えば猥雑、良く言えば、活気にあふれていた。
「なっ、なあ……大丈夫、か?」
「ん? なにが?」
「不動、産屋。……相手……商人」
相手は百戦錬磨の商売人だ。
上手く言いくるめられたり、ボッタクられたりしないか心配だ。
そう伝えたかったのだが、やはり口が回らない。
伯爵から推薦してもらった店なので、変なことにはならないと思うが……少し不安だ。
「大丈夫よ。任せといてっ!」
ディズが頼もしげに自分の胸を叩く。
その衝撃で揺れる胸に思わず目を奪われる。
今のディズはボロボロの修道服ではなく、伯爵家でいただいた貴族令嬢が着る服だ。
もともととびっきりの美少女だが、この格好だと5割増しくらいで可愛く見える……。
――いけない、いけない。
ひと回りも年下の女の子になんて視線を向けてるんだ。
自己嫌悪している俺に構わず、ディズが続ける。
「ロイルは後ろでどーんと突っ立っていればいいのよっ」
「そっ、そうか」
「後は符丁を決めておきましょ?」
「符丁?」
「ええ。私が右耳に触ったら『うむ』。左耳に触ったら『なにッ!』。短く重々しい調子で言ってほしいの。わかったっ?」
「あっ…………あ、あ」
ディズの意図はわからないが、人見知りで口下手な俺でも、それくらいならできるだろう。
「じゃあ、試しねっ!」とディズが右耳を触る。
「うむ」と返す。
「そうね、もうちょっと低い声で」と今度は左耳。
「なにッ!」
「そうそう、その調子よっ!」
その後何度か、ディズは右耳と左耳を交互に触り、それに合わせて俺は口を開いたり閉じたりした。
「これなら大丈夫ねっ!」
ようやくディズの合格がもらえた頃、俺たちは目当ての不動産屋にたどり着いた。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『拠点確保(下)』
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