第12話 歓待

 フローラ嬢に勧められ、俺とディズは馬車に乗り込んだ。

 生まれて初めて馬車というものに乗ったが、貴族用の馬車の快適さに衝撃を受けた。


 俺が聞いていた馬車の印象とは正反対だった。

 平民が利用する馬車の乗り心地は最悪。

 尻は痛く、口から内臓が飛び出そうなほど揺れる。

 門をくぐる馬車の乗客は、無事に着いたのと同じくらい、馬車から開放されることを喜んでいた。


 なので、馬車旅でなく徒歩を選んだのだ。

 しかし、伯爵家の馬車はまったく揺れず、その場に止まっているのではないかと錯覚するほどだった。


 馬車は対面の四人がけだった。

 俺とディズが並んで座り、向かいにはフローラ嬢とメイドの女の子。


 ディズのコミュ力のおかげで、ディズとフローラ嬢はすぐに打ち解け、会話が盛り上がっていた。

 どれくらい打ち解けたかというと、メルキの街に着く頃には「ディズちゃん」「フローラちゃん」と敬語なしで話し合うほど。

 フローラ嬢は同年代の友だちがほとんどいないらしく、友人というものに憧れていたそうだ。


 そんなわけで二人は意気投合。

 出会って数十分で貴族令嬢と友人になるとか、ディズのコミュ力の高さに恐れ入るばかりだ。

 俺? 俺はもちろん――まったく会話に入ることが出来ず、置物みたいに愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。


 伯爵家に到着すると、伯爵と伯爵夫人の両者から盛大なもてなしを受けた。

 見たこともない豪勢な料理やら、俺の年収数年分もしそうな高級ワインやら。

 お二人は一人娘のフローラ嬢を目に入れても痛くないほど溺愛しており、その命を救った御礼の言葉を何度も頂いた。

 ここでもディズのコミュ力が大活躍だった。

 俺一人だったら、目も当てられない結果になっただろう。

 下手したら無礼を咎められ、斬り捨てられてたかもしれん。

 ほんと、ディズには頭が上がらない。


 伯爵からは褒美として、金貨ジャラジャラな袋を頂いた。

 俺はビビって「こんなに頂けません」と言おうとしたが、俺の錆びついた口が動く前に、ディズが「それでは頂戴いたします」とあっさりと受け取っていた。

 後で数えたら門番の生涯賃金の何倍もあった……。


 しかも、それだけではなかった――。


「他にもなにかあるかね? 私たちにできる事があれば最大限の便宜を図らせてもらうが――」


 伯爵の言葉に、ディズは俺の方をチラッと見てから返答する。


「いえ、すでに過分な褒美を頂いておりますので」


 すげー、ディズすげー。

 一瞬見ただけで、俺の考えを理解してるよ。

 というか、俺が顔に出し過ぎなのか……。


「ふむ、そうか。君たちは今後どうするつもりなのかね?」

「この街を拠点にして、冒険者活動をする予定です」

「なんとっ! ハイオークどもを瞬殺するような君たち凄腕冒険者が留まってくれるのかっ!」

「はい。微力ながらも、この街のために尽くす所存です」

「そうかそうか、いやあ、めでたい。褒美の件はいつでも良い。なにか困ったことがあれば、真っ先に頼ってくれ」

「ありがたきお言葉です」


 結局、その日は「泊まっていってくれ」とのことで、伯爵邸に宿泊。

 俺は貴族疲れもあって、与えられた寝室で早々と眠りについたが、ディズはフローラ嬢と夜遅くまで話し込んでいたそうだ。


 伯爵邸のベッドは素晴らしかった。

 なにがスゴいって、俺が乗ってもきしまない。

 そして、俺が大の字に寝ても余裕たっぷり。

 寝返りをうってもベッドからはみ出ないのだ。


 普通の人にとっては「なにを当たり前な」と思うだろう。

 だが、220センチ、150キロの俺にとっては、背中を丸めずに寝れるベッドというのは奇跡なのだっ!


 そんな奇跡を噛み締めながら、ベッドに横になる。

 柔らかすぎて溺れるかと思ったが、寝心地は最高!

 まさに、天にも昇る気持ちで熟睡できた。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『拠点確保(上)』

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