第11話 フローラ・ディン

「騎士殿、この度はお助け頂き感謝致します」


 中年の男だ。

 格好と物腰から判断するに、高貴な方に仕える執事だろう。


 そう思った俺は馬車に視線を向ける。

 見覚えのある紋章だ。

 門番をやっていたおかげで、貴族の紋章には詳しくなった。

 この紋章はメルキの街を領有する伯爵家のものだ。

 となると、馬車に乗っているのは……。


 馬車の中から少女が降りてくる。


「わたくしからも、お礼を述べさせて下さい」


 貴族令嬢に相応しい上品な装いに、優雅な立ち振舞い。

 ディズと同じ年頃の少女だが、彼女は紛れもない貴族だ。

 だが、気丈に振る舞ってはいるが、その細い肩は小さく震えている。

 やはり、怖かったのだろう。


「わたくしの名はフローラ・ディン。この地を治めるディン伯爵家の一人娘です。この度は我々の命をお救いいただきありがとうございます」


 フローラ嬢がゆっくりと、深く頭を下げる。

 その所作は、まるで時間の流れが緩やかになったかと感じられた。


 フローラ嬢に従い、配下一同がそろって頭を下げる。

 御者、執事、メイド、そして、護衛の騎士たち。

 彼らの態度からも、フローラが慕われていることが伝わってくる。


 彼女はまだ若いながらも、立派な貴族だ。

 門番をしていると、いろんな貴族を見る機会がある。

 彼女のように下々を思いやれる素晴らしい貴族もいれば、平民を人とも思わぬ特権意識の固まりのような貴族もいる。


 助けた相手が貴族だと知って、一時は心配もしたが、杞憂に終わって一安心だった。


 フローラ嬢や配下の者たちは頭を下げたままだ。

 俺たちがなにか言うまで、頭を上げないつもりなのだろう。


「あ……う……」


 なにか言わなきゃと口を開いたが、まったく言葉が出てこない。

 焦っていると、隣から助け舟が――。


「頭をお上げ下さい、レディ・フローラ」


 ディズが片膝をついたので、俺も慌てて従う。


「困っている者があらば、それを助けるのは人として当然のことです」


 きっぱりと告げるディズの顔からは強い信念が感じられる。

 さすがは元聖女というべきか。

 その凛々しい顔に見惚れてしまう。


「姿勢を直して下さい。お二人は命の恩人です。礼儀は不要ですので、楽にして下さい」


 そう言われてもどうするべきなのか、俺は知らない。

 うっかり顔を上げて無礼者、とかならないか心配だ。

 そう思ったのでディズの真似をすることにした。


「それでは」とディズが立ち上がったので、俺もそうする。


「貴族として、恩には報いなければなりません。よろしければメルキの屋敷まで、ついて来ていただけますか?」

「ちょうど良かったです。私たちもメルキに向かう途中でした。せっかくなので、ご一緒させて下さい。ねっ、ロイル?」

「あっ、ああ……」

「では、馬車にどうぞ」


 なんかスゴいことになった。

 道行く美少女と仲間になり、モンスターに襲われた貴族令嬢(しかも美人)が乗った馬車を助け、その馬車に乗ることに……。


 この状況は……。


 まさにテンプレ。

 これは――俺に主人公になれ、と神が言っているのか?





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『歓待』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る