第8話 ディズの過去(下)
「何年もツラい修行を続けて来たの。それでも、神聖魔法を覚えられなかった。人を癒やすことができない落ちこぼれ聖女だったの。だから、追い出されちゃった。あはは」
まるで他人事のように、あっけらかんとディズは語る。
重い内容だったが、ディズの人柄のせいか、そこまでの深刻さは感じない。
そして、俺はディズに自分の境遇を重ねていた。
「それで、腹が立ったから、この服をビリビリに引き裂いて、そのまま後先考えずに飛び出しちゃったんだ。あはは」
「…………」
「他の生き方なんて知らないし、だったら冒険者にでもなるかって、メルキを目指してるとこ。コレには自信があるからね」
ディズは拳を叩いて見せる。
腕っ節に自信があるということだろうか?
細身の彼女からは想像も出来ないが、そう言ったら見かけだけの図体の俺はなんなんだということになる。
「そういえば、さっきのアレ、なに? 回復魔法じゃないよね?」
「魔力を……渡し、た……だけ……」
「魔力? よくわからないけど、凄いわね」
お世辞かもしれないが、笑顔で褒められて俺は嬉しかった。
というか……ヤバい。
その笑顔だけで、惚れてしまいそうになる。
女性に免疫のない俺は、それだけでコロッといってしまう。
これが俺の妄想の中だったら、間違いなく彼女は俺に惚れているという設定だ。
しかし、これは現実――。
俺は
俺の読書歴はほとんどが
そして、
非モテはすぐに勘違いする。
笑顔を向けられただけで。
普通に話しかけてくれるだけで。
それだけで――勘違いする。
挙句、立ち直れないほどのダメージを負うのだ。
微笑んでくれる女の子が惚れているのは主人公の場合だけ。
普段からモブ生活を送っている俺たちに向けられる笑顔は社交辞令に過ぎない。
俺はそのことをよく理解している。
なぜなら、身を持って体験したからだ。
昼食を取るために通っていた定食屋。
ショートヘアーで活発な看板娘。
会計のとき、いつも笑顔な彼女。
お釣りを渡すときも、手渡ししてくれる彼女。
「また来て下さいね」と微笑む彼女。
ある日、俺は勇気を持って話しかけた。
いつもなら「また来て下さいね」で終わるところ。
一生懸命考えて、何度も何度も繰り返して練習したセリフ。
「こんど…………デート……いこ……?」
やはり、期待通りには口が動かない。
それでも、俺は彼女の目を見て、真摯に思いを告げることができた。
自分ではよくやったと思っていたのだが、彼女の反応は――。
「次のお客さんが待っているので、どいてもらえますか」
「……えっ………………あっ…………あ、あ」
サラッと流された。
肯定でも否定でもなく、スルーされた。
その上、「ジャマだからどっか行け」とばかりに睨まれた。
その後、どうやって北門にたどり着いたのか覚えていない。
それでも、放心状態のまま、午後の仕事を終え、自分の部屋に戻り――。
泣いた。
思いっきり泣いた。
布団を被って、泣いた。
しばらく立ち直れないほどのダメージだった。
それ以来、その定食屋には行っていない。
安くてボリュームのある、焼きオーク定食はお気に入りだったけど、それ以来食べていない。
だが、その一件で俺は学んだ。
女の子の笑顔に勘違いしてはならないと。
ほんの少し話しただけだが、ディズのコミュ力はハンパない。
なにせ、俺を相手に会話が成立しているのだ。
あまりにも自然すぎて気づくのが遅れたけど、初対面の相手にここまで長く会話をしたのは初めてだ。
俺は片言で精一杯。
それなのに、ディズが導いてくれるおかげで、会話が途切れない。
気まずく重々しい沈黙も流れない。
ディズが俺に笑顔を向けてくれるのは、俺に惚れているからじゃない。
彼女の優しさはすべての人に向けられているのだ。
彼女の笑顔は俺専用ではない。
万人に向けられるものだ。
俺が特別なのではない。
もう一度、俺は自分を戒める。
俺は物語の主人公じゃない。
門番をリストラされた、ただのコミュ障なデカいオッサンだ。
「どうしたの? いこっ?」
「あっ…………あ、あ」
思考に囚われ、足が止まっていた俺に、ディズが声をかける。
わかっていても、その笑顔は反則だ。
気をつけないと、やられそうになる。
その後もディズと話しながら歩き、宿屋のオヤジが言っていたと思われる大きな森が見えてきた。
「あっ、森が見えてきたわね」
「うっ……う、ん」
この森を越えれば、メルキはすぐそこ。
森は1時間もあれば抜けられるとオヤジが言っていた。
一週間に及んだ旅も、いよいよ終盤だ。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『パーティー結成』
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