第7話 ディズの過去(上)

「ロッ、ロイル」

「ん? ああ、ロイルって名前ね。よろしくっ」


 ディズが名乗ってくれたので、俺も名乗り返したが、やはり口が回らず、ぶっきらぼうになってしまった……。

 自己嫌悪するが、ディズは気にしていないようで、コロコロと笑っている。


「この道を行くってことは、ロイルもメルキの街に行くの?」

「あっ…………あ、あ」

「良かった〜。じゃあ、一緒に行こっ」

「うっ……う、ん」


 よかった。

 怖がられたり、気持ち悪く思われたりはしていないようだ。

 大抵の相手は俺のガタイにビビるか、口下手な俺との会話をすぐに諦めるか。


 しかし――ディズはそのどちらでもない。


 その事実だけで、胸が踊り出す。


「よろしくね〜」

「警戒…………しない……の?」

「警戒? あはははは」


 ディズがけらけらと笑う。

 なにかおかしかったかな、と顔が赤くなる。

 やっぱり、人の気持ちは難しい。

 全然、理解できない。


「そりゃあ、最初は警戒したわよ。その格好だものね」

「か、っこう? ……変?」

「別に、変じゃないわよ。でも、その体格でプレートアーマーでしょ? 襲われたら、どうしようって思っちゃうわよ」

「襲、う? ……しな、いよ……そん、なこ、と」

「ええ、すぐに分かったわ。あなたが悪い人じゃないって。私、こう見えても、人を見る目はあるんだ」

「そ……っか」

「ねえ、ロイルはどこから来たの?」

「サラ、クン……」

「あっ、知ってる。一回だけだけど、行ったことあるよっ」

「そ、う……なんだ」

「サラクンは長いの?」

「う、ん…………ずっと」

「じゃあ、ベア焼き食べたことある?」


 ――ベア焼き。


 サラクン銘菓だ。

 ベア焼きを目当てに訪れる者もそれなりにいる。


 サラクンは砂糖の産地だ。

 街の南に広がる森にはシュガーベアというクマ型モンスターが多数生息している。

 そして、このシュガーベアは食べたものを砂糖に変換する器官を身体の中に有しているのだ。


 なので、シュガーベアを狩れば、砂糖は取り放題。

 他の場所では高級品である砂糖も、サラクンなら比較的安く入手できる。


 特産品である砂糖を固め、小麦粉の皮で包み、デフォルメした可愛いクマの形に焼き上げたもの――それがベア焼きだ。


 ただ、ベア焼きは評価が激しく分かれる。

 砂糖を固めただけあって、甘い、ひたすらに甘い、甘すぎる。


 半分の人間は、贅沢に砂糖を使ったベア焼きを絶賛し、中毒的なリピーターになる。

 もう半分は、かったるいまでの甘さに顔をしかめ、二度と食うもんかと、途中で食べるのをやめてしまう。


 そして、俺は後者だった。

 圧倒的後者だった。

 あの甘さを思い出すだけで胸焼けがする。

 視界にも入れたくない。


「…………いち、ど……だけ」

「その顔からすると、ダメだった?」

「……う、ん」

「周りの子はみんな美味しいって言ってたから、食べてみたかったんだけど、噂は本当みたいね。やっぱり、『銘菓にうまいものなし』かあ……」


 ちょっと、残念そうなディズ。

 空気が沈みかけるのを、すぐにディズの笑顔が払拭した。


「私はね、ホーリからだよ。聖都ホーリ。知ってる?」

「知……ってる」


 聖都ホーリ。

 聖教会の総本山がある街。

 俺でも知っているくらいの有名な場所だ。


 薄汚れビリビリに破けていてすぐに気がつかなかったが、よく見ればディズが身に着けているのは聖教会の修道女が着る服のようだ。

 巡礼の途中なのか、布教活動の一環なのか、北門を通る修道女を何度か見かけたことがある。

 彼女たちが着ていたのによく似ている。


「それ……どう、した? 襲……われた?」

「えっ、そういう風に見える?」

「うっ……う、ん」

「もしかして、心配してくれた?」

「う、ん」

「ロイルって優しいんだね。でも、これは違うんだ」

「ちが、う?」

「私ね、聖女をクビになったの」

「クビ…………?」


 ディズは俺から視線をそらし、あらぬ方に目をやる。


「ホーリで何年もツラい修行を続けて来たの。それでも、神聖魔法を覚えられなかった。人を癒やすことができない落ちこぼれ聖女だったの。だから、追い出されちゃった。あはは」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『ディズの過去(下)』

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