第6話 少女の怪我
少女まで後5メートルのところで――俺は盛大にコケた。
両腕を挙げていたせいで、顔面からモロに。
プレートアーマーが立てるガシャーンという音と、俺の顔が地面にぶつかったゴンという鈍い音。
その音が収まると辺りは静まり返った。
――し〜〜〜ん。
時間が止まったかのような静寂が流れる。
風で揺れる枝葉の音がうるさく聞こえるほどだ。
そして、擦りむいた顔が痛い。
やらかした!
穴があったら入りたい!
自分の恥ずかしさに身悶えていると、少女が沈黙を破った。
「ぷっ。あははははは」
起き上がろうともがく俺の上に少女の笑い声が降り注ぐ。
バカにしている笑いではない。
むしろ、心が和む笑い方だった。
「警戒して損しちゃったわ。ほら、立てる?」
少女が俺に向けて細い腕を伸ばしてきた。
「す、すまん……あっ、あり、がとう」
フルプレートアーマーを着用したまま一人で立ち上がるのはけっこう大変なので、本当に助かる。
俺は女の子の手を握り、立ち上がる。
女の子は細い腕のわりに力があるようだが――。
「クッ」
少女が顔をしかめる。
やはり、足を怪我しているようだ。
「怪我……してる、のか?」
「ええ、ちょっと足をくじいちゃってね」
少女はなんでもないといった様子で気丈に振る舞う。
自分が怪我しているのに、俺を助け起こしてくれたのか……。
少女の優しさに胸を打たれた。
そして、「出会いだ、イベントだ、ヒロインだ」と浮かれていた自分が急に恥ずかしくなる。
相手は現実に存在するひとりの人間。
物語に登場するキャラクターではない。
少女は怪我をしているのにも関わらず、俺を助け起こしてくれた。
見ず知らずで挙動不審なフルプレートアーマーのおっさんを。
下心ではない、混じり気のない善意で。
ひと回りも年下なのに立派な人だ。
それに比べて、なんと俺の情けないことか。
地面に打ち付けてヒリヒリと傷む顔が恥ずかしさで赤くなった。
それと同時に、少女の怪我が気になる。
剥き出しの素足。くるぶしの辺りが腫れて痛々しい。
「診ても……いい、か?」
「……ええ」
許可を得た俺は少女の足元にかがみ込み、腫れたくるぶしに両手を近づける。
触れるか触れないかのギリギリのところで手を止め――。
『――【
俺の手から発せられた魔力が患部を包み込み、傷を癒していく。
離れてても治療できるのだが、患部に近い方が正確に治療できるし、消費魔力も少なくて済む。
あっという間に少女の傷が完治する。
「えっ、ウソッ!」
「もう……大丈夫っ……おっ、どろかせて……ご、めん」
「ううん。ありがとう。助かった。私はディズ。今は持ち合わせがないけど、この恩は絶対に返すよっ!」
「うっ……う、ん」
ディズの顔がぱあっと花咲いたようにほころぶ。
その屈託のない笑顔に、手のひらがしっとりと汗でにじむ。
こんな場面にもってこいな、気の利いたセリフはたくさんストックしているはずなのに、晴れ渡る青空のようになにも浮かばない。
「それよりっ、顔の怪我大丈夫?」
ディズに言われて思い出す。
俺もコケた際に顔を擦りむいていた。
「これっ……どっ……しんぱ……むよ……」
頭の中では「これくらい、どうってことない。心配は無用だ」と伝えたつもりだ。
だが、言葉になっていない。
最初よりも悪化している。
誤魔化すように【
「すごいっ!」
「これ…………」
主人公だったら、「これくらい普通だろ?」と余裕を見せつけるところだ。
もちろん、俺にそんな余裕はまったくない。
俺が夢見てきた出会いからはほど遠い出会いだったな……。
まあ、俺に対する印象がどうだかはわからないけど、ディズの怪我を治せたのは良かった。
暇つぶしに始めた魔力操作だったけど、「やっていてたよかった」と心からそう思った。
【
ちゃんと魔法学を勉強したことがないので、元からある魔法なのかもしれないが、少なくとも俺は誰からも書籍からも学ぶことなくこの魔法を独自に開発した。
だから、誰がなんと言おうと俺のオリジナル魔法だ。
カッコいいよね、オリジナル魔法。
魔法を使える主人公の場合、大抵は独自に魔法を作っちゃうもんね。
なので、このネーミングも俺によるもの。
タブレットの古代語辞書を片手に二晩唸り続けて思いついたものだ。
なんで、技や魔法の名前を考えているときって、時間がたつのが早いんだろうか。
当たり前のことだが、俺は古代語なんてさっぱりわからない。
辞書に載っているカッコよさそうで、音の響きがよく、魂を熱くする単語を並べただけだ。
発音が間違っているとか、文法的におかしいとか、意味不明とか、そういうツッコミはご勘弁。
フィーリングで、パッションで、パトスで受け止めてくれっ!
――カッコイイも正義なのだっ!
この魔法、本来ならば、96節もの長い詠唱が(格好つけるために)必要だ。
詠唱することによって(俺のテンションに)プラスの効果をもたらすのだ。
だけど、目の前で少女が痛みに顔をしかめている状況では、悠長に詠唱している時間はない。
それに可愛い女の子の前でやろうとしたら、噛みまくりで目もあてられない状況になるだろう。
なので、今回は詠唱は省略だ。
――無詠唱。
長い詠唱もカッコいいけど、無詠唱も同じくらいカッコいいよね。
物語では無詠唱で魔法を使えるだけで、規格外扱いだもんね。
詠唱しなくても、頭でイメージするだけで使えて、しかも、威力は桁違い(※ただし、主人公に限る)。
そりゃあ、可愛い女の子たちが惚れるのも当然だ。
「これくらい誰でもできるよね?」と言いたくなる気持ちはよくわかる。
この魔法を思いついたのは、扉をくぐろうとして、上の壁に頭を盛大に打ち付け、大きなたんこぶを作ったときだ。
俺はよく頭をぶつける。
無駄にデカいからだ。
俺はよく転ぶ。
デカすぎて、足元がよく見えないからだ。
街にある建物も、道路も、俺のようなデカいのを想定して造られていない。
どこに行っても窮屈だ。
その点、今歩いている街道は最高だ。
頭をぶつける可能性はゼロだからな。
まあ、それでも、たまに転んでしまうのは仕方がない。
まだ、上手に脚を動かせないんだから。
それはともかく、たんこぶを作ったある日のことだ。
その頃は魔力操作にだいぶ慣れてきた頃だった。
まだ、体内で魔力を動かすくらいで、体外に放出したり難しいことはできなかった。
そんな折に軽い気持ちで「患部に魔力を多めに送ったら治るんじゃね?」と思って、額をさすりながらアレコレ試してみたら、治ってしまったのだ。
それから練習を続けた結果、直接手を触れなくても、他人が対象であっても使えるまでになった。
【
俺は感動した。
今まで立っているだけしかできなかった俺が、人の役に立てるかもしれない。
騎士団はその職務上、怪我が多い。
俺なら彼らを治療できる。
だが、興奮して上官のゲララに報告したところ、「なに言ってるかわからん。ちゃんとしゃべれ」と一蹴された。
夫婦喧嘩で作られたと思われる頬の赤い手形を治してやっても、「はやく失せろ」とまったく相手にされなかった。
他の団員に言おうかと思った。
いっそ、騎士団を辞めようかとも思った。
だが、そうする勇気は俺にはなかった。
結局、変化を恐れ、門番を続けた。
リストラされなければ、一生門番だっただろう。
悔しい思いをしながらも、俺は【
善意というよりは、魔法を使えるのが嬉しかったからだ。
突然治った怪我にみんな驚くが、俺がやったことだとバレることはなかった。
道中出会ったおばあちゃんの腰を治したのも【
ただ、この魔法、結構調整が難しいのだ。
まだ使い慣れない頃、ヨボヨボの爺さんに使った際に、加減を間違えてしまった。
爺さんは元気になり過ぎて、その場で宙返りできるほどにまで回復し、周囲を驚かせてしまったことがある。
それ以来、加減には細心の注意を払うようにしているのだ。
その成果が実り、ディズの傷を丁度いい塩梅で治すことに成功した。
御礼の言葉まで言われた。
第一印象は最悪だった。
だけど、鍛えた魔法のおかげで、なんとかフラグは折らずに済んだようだ――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『ディズの過去(上)』
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