第5話 少女

 前方には歩みの遅い旅人。

 体格から判断するに女性か、子どもだ。

 それに服はボロボロ。


 さて、どうしたものか?


 このまま前の旅人と一定の距離を保ったままついて行くというのも……不審過ぎるな。

 少し離れた場所から、後ろをずっとつけて来るフルプレートのデカいおっさん。


 ――うん。俺だったら、間違いなく逃げるな。


 それに旅人のペースに合わせてると、今日中にメルキの街にたどり着けなさそうだ。

 かと言って、この状況を無視して通り過ぎるのもなんだしなあ……。


 ぐるぐると考えが頭を巡るが、すぐに答えを思いついた。

 単純で、格好良く、正しい、答えだ。


 ――主人公だったら、困っている人は見逃せないっ!!


 よし、声をかけてみるか。

 俺は歩く速度を少し上げた。


 困った旅人との遭遇。

 物語の定番――いわゆる、テンプレってやつだ。


 さり気なく声をかけ、さらっと助ける。

 俺はいくつものシーンを思い出しながら、頭の中に主人公のセリフを思い浮かべる。


 ――大丈夫。脳内シミュレーションは完璧だ。セリフもばっちり思いついた。


 だが、声をかけようとは決めたものの、いざ実際に近づくと、急に緊張してきた。

 知らない人と会話するとか、いつぶりだ?

 ちゃんと喋れるのか?


 ドキドキと鼓動が早くなっていく。

 俺の覚悟が決まらないうちに、前方の旅人が振り向いた。


 若い女の子だ。

 俺より一回りも下の少女だ。

 しかも、薄汚れた姿なのに、それが気にならないくらいカワイイ。

 門番をやってて、数多くの人々を見てきたが、そんな俺が見たことがないレベルの美少女だ。


 動悸が激しく、口の中はカラカラに乾いていく。


「だっ、……だいじょ、ぶ?」


 少女と視線が合い、なにか言わないと口を動かした。

 脳内シミュレーションとか、まったく意味がなかった。

 頭が真っ白になる。


 俺が声をかけると、少女は警戒した素振りを見せる。

 テンパった俺は、必死で言葉を続ける。


「あっ、あや、怪し、い……もっ、者ではっ、けっ、怪我……心配……っ」


 うわー、全然口が回らないよっ。

 俺の中では「怪しい者ではない。怪我が心配で声をかけさせてもらった」って話しかけたつもりだったのに……。

 渋みの中にちょっぴりの優しさを含ませた、ナイスダンディを演出する予定だったのに……。


 ――どうやら、俺が主人公になるのは、だいぶ先の話のようだ。


 バッチリと格好良くキメるはずだったんだが……。

 これじゃあ、完全に不審者だよっ……。

 15年間、誰とも口を利かずに突っ立っていた弊害だ。


 頭の中ではスラスラと考えられるのに、実際に口に出してしゃべろうとするとこんなにボロボロになるのか……。

 相手が美少女ってので余計に緊張してしまったのも原因だ。


 それにしても我ながら酷すぎる。

 少女は余計に怯えてしまった。

 両腕を交差させて身体を抱きしめて、その目は警戒に揺れている。


 ただでさえ、俺の身体はバカデカい。

 他の騎士たちからは「ジャマだから、どけっ」、「目障りだから隅っこで丸まってろ」と散々な扱いを受けてきた。


 そして、一般人にはこの体格は威圧感を与えるらしい。

 旅人から怯えた視線を向けられたことも数えきれない。

 きっと、少女が怯えている理由のひとつは、俺のガタイのせいだろう。


 ――やっ、やばい、なんとかしないと……。


 俺は槍を地面に置き、両手を挙げて害意がないことをアピール。

 ゆっくりと歩いて女の子に近づいていく。


 10メートル。

 9メートル。

 8メートル。

 7メートル。

 6メートル。


 俺が近づくにつれ、少女の腕に力が入っていく。


 そして、少女まで後5メートルのところで――俺は盛大にコケた。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『少女の怪我』

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