第4話 出会い

 目指すは冒険者の街メルキだ。

 メルキの街周辺にはダンジョンやモンスターのたまり場がいくつもあり、それを目当てに冒険者たちが集まっている。

 冒険者生活を始めるなら、メルキの街しかない。


 そう思い、街道を西に歩いて行く。

 メルキの街まで徒歩で一週間。


 馬で行くという選択肢はない。

 俺は馬に乗れない。

 騎士なのに馬に乗れないのだ。

 武器同様、乗馬に関しても何度か挑戦したが、てんでダメだった。

 150キロの俺が重すぎるというのもあるが、どんな馬で試しても上手くいかなかった。


 他にも、馬車で行くという選択肢もあるが、俺は徒歩で行くことを選んだ。

 急ぐ旅ではないし、ゆっくりと外の景色を自分の目で楽しみたかったからだ。

 それに馬車にはあまり良い印象がないのだ。


 馬車に乗って門をくぐる旅人たちを見てきた。

 みな疲れきって、痛そうに尻を撫でている。

 なかには揺れに耐え切れず、嘔吐してしまう者も。


 そんな惨状を見続けてきた俺としては、馬車旅をする気は少しも起こらなかった。


 歩き続けて一週間、特に問題は起こらなかった。

 モンスターも現れなかったし、盗賊に襲われることもなかった。


 俺の好きな冒険譚では必ずと言っていいほど、初めて旅に出た主人公はなんらかのトラブルに巻き込まれる。

 それを颯爽と解決し、可愛いヒロインと仲良くなるのだが――現実はそんなに甘くはなかった。


 唯一のイベントといえば、大荷物を抱えて腰を痛めていたおばあちゃんに手を差し伸べたくらいだ。

 女性の年齢にこだわりはないが、さすがに自分の母親よりも年上ではヒロインになりようがなかった。


 街道沿いには宿場町が点々とあり、野宿する必要もなかったので、思っていた以上に快適だった。

 あまりにも快適すぎて、「なにか起こらないかな」と不謹慎な考えが浮かんだくらいだ。


 そんなわけで、期待していたようなイベントは起こらなかったが、それでも俺は十分に満足していた。


 ――とにかく、自由に歩けるというのが素晴らしい。


 15年間同じ場所に立ちっぱなしだった俺にとって、流れ行く風景というのはなによりも新鮮で、目に映る全てが心を震わせた。


 自由だ。

 自由を感じた。


 声を出しても怒られない。

 横を向いても怒られない。

 足を動かしても怒られない。


 ――こんな素敵なことがあるだろうか!


 俺は全身で自由を感じ、言葉にできない幸せを噛みしめる。

 思わず「俺は自由だああああ」と叫びたくなった。


 叫んでみた。

 喉が痛くなった。


 なにせ、この15年間ほとんどしゃべる事がなかった。

 ましてや、大声を張り上げたことなど一度もない。

 俺の声帯はここまで衰えたのかと、ショックを受けた。


 15年間ずっと自分と対話し続けてきたので、頭の中で語るのは得意だ。

 いくらでも、すらすらと言葉が浮かんでくる。

 妄想させたら止まらない。


 だけど、人と話すのは全然ダメだ。

 口と喉がまともに動かない。

 道中、宿を借りるのにも一苦労だった。


 人とちゃんと会話できない。

 この大きすぎるハンディキャップを抱えて、これから大丈夫だろうかと一抹の不安を感じる……。


 ともあれ、一週間の旅路も今日で終わりだ。

 長かったような、短かったような。


 宿屋のオヤジが言うには、昼過ぎには目的地であるメルキの街に到着するとのこと。

 まだ見ぬ新しい街への期待を胸に、俺は街道を進んで行く――。


 歩いているうちに、前方に人影を見つけた。

 俺が歩くに連れて、徐々に距離が縮まっていく。


 俺の歩みが速いわけではない。

 向こうの歩みが遅いのだ。

 不自然なほど、ゆっくりとした歩みだった。


 やがて距離も近づき、その姿が明らかになる。

 杖を片手に、足を引きずるようにして歩いている。

 小柄な体格だ。女性か子どもだろう。

 服はボロボロで二の腕も太ももも剥き出しだ。

 モンスターか盗賊にでも襲われたのだろうか?


 ――イベントの予感に、いやが上にも胸が高鳴る。


 さて、どうしたものか?






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『少女』

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