第3話 旅立ち
いきなり突き付けられたクビ宣告。
俺は絶望に囚われ、目の前が真っ暗に――なってなかった。
正直、この生活にうんざりしていたのだ。
門番を続けていたのは、はっきり言って惰性だ。
今日こそは、今月こそは、辞めてやる――そう思いながら、ここまでズルズルと続けているうちに、15年がたってしまった。
だが、俺には夢がある。
15年間思い描いていた夢が。
なにせ、立っているだけの仕事だ。
妄想する時間だけは、腐るほどあった。
その間、自分が主人公となって活躍する妄想をイヤというほどしてきた。
妄想するのは楽しかった。
妄想している間は、どんな望みも頭に描くことが出来た。
そして、妄想が終わると、どうしようもない虚しさに囚われた。
だけど、それも今日で終わりだ。
明日からは、夢に描いた生活が始まる。
そう、俺は――冒険者になるのだ!
物語の主人公たちと同じように、冒険者になるんだ。
夢が実現することに、心を弾ませながら下宿先に足を運んだ。
下町の一角にある二階建ての家。
その二階の一室が俺の下宿先だ。
大家は気のいい老夫婦。
二人に旅立つことと長年の感謝を噛み噛みになりながらもなんとか伝え、俺は自室に引き上げた。
なんてことない狭い部屋だが、さすがに15年も住んでいると愛着が湧くものだ。
感慨に浸りながら、俺は旅支度をしていく。
必要なものはバックパックに詰め、不要なものは部屋の片隅にまとめる。
ちなみに、鎧・兜・槍の装備三点セットは譲り受けることができた。
団長いわく「そのサイズはお前しか使えないからいらない」だそうだ。
そのときは太っ腹なことだと感謝した。
だけど、本部を出て歩いているうちに、装備の代金は給料から天引きされていたことを思い出して、「感謝した気持ちを返せ」と叫びたくなった。
黙々と準備をしていく。
持っていくものはそれほど多くない。
準備はあらかた終わり、最後に残った一番大切なもの。
――タブレット。
薄くて四角い魔道具。
数年前に開発されたばかり。
高性能なヤツは動画を見たり、色々できるのだが、俺のは本が読めるだけの一番安いヤツだ。
それでも門番の安月給からすると大金だ。
都合がいいことに俺は友達がいない。
飲みに誘う相手も、誘ってくれる相手もいない。
交際費はゼロだ。
紙の本は高すぎたので、読みたかった英雄物語には手が出せなかった。
他には、とくに趣味もない。
使い道がないので、給料は家賃以外、ほとんど貯金していた。
幸運にも、10年間貯めてきた貯金をはたいて、なんとか手が届く値段だった。
俺はすぐさま飛びついた。
子どもの頃から憧れていた英雄。
もちろん、自分が同じようになれるとは思わなかった。
小さな農村で、親父の後を継いで農民として一生を送る――そうなるものだとばかり思っていた。
英雄になれないなら、せめて、彼らの物語に触れたかった。
作り物の話でもいい。
平凡な日常に少しの間でも心が熱くなる瞬間が欲しかった。
本など買えない俺にとって、人づてで耳にする断片だけが、俺の知りうる英雄譚のすべてだった。
自分には縁がないと思っていた英雄物語。
それがタブレットの発明によって、安価に触れることが可能になった。
簡単な読み書きしか出来なかった俺が、物語を読むために言葉と文法を学び、気に入った物語を読み耽り、仕事中の妄想がより
それを可能にしてくれたのは、すべてタブレットだ。
魔道具の流行でクビになった手前、魔道具には思うところがあるが、タブレットには感謝の気持ちしかない。
こいつを忘れるわけにはいかない。
飼い猫を抱くように、優しくタブレットを持ち上げる。
タブレットに詰まった何百もの物語。
灰色の毎日に彩りを与えてくれた、大切な大切な存在だ。
壊れないようにタオルでくるみ、バックパックにしまい込む。
よしっ、準備は整った。
これで朝起きたらすぐに旅立てる。
最後に、机に向かって大家さんに言付けを書く。
部屋に残しているものは、好きに処分して欲しいと。
そのための処分費として、少し多めのお金も置いておく。
これでオーケーだ。
明日の朝は早く出発しよう。
毎晩の楽しみである読書はナシにして、早めに寝床についた。
――翌朝。
朝日が昇る前に起床した。
長年の習慣だ。
片付けと旅の用意は昨晩済ませた。
愛用のフルプレートアーマーを身につけ、バックパックを背負う。
兜はバックパックに仕舞ってある。
重いし、暑苦しいし、視界は狭い。
旅には不要な一品だ。
そして、最後に立てかけてある槍を掴む。
最初は持って行こうかどうか迷った。
なにせ、俺は槍の才能が皆無だ。
「ガキンチョに棒きれ持たせた方がマシ」と酷評された腕前だ。
騎士団採用品でそれなりに良い槍らしいが、俺にとっては長くて重くて持ち運びに面倒な棒に過ぎない。
要するにジャマなのだ。
だけど、ハッタリにはなるだろう。
それに15年間苦楽をともにした相棒だ。
コイツにも外の世界を見せてやりたい。
そう思って、槍を持っていくことにした。
「さて、行くか」
扉を開いて外に出る。
俺の
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『出会い』
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