<卒業> 3

「・・お前は何者だ」

俺は池田が俺にしたのと同じ質問を返した。

「こ、この一年・・

 お、おかしなことばかり起こってた・・

 そ、そして君こそが・・

 そ、それらの共通項だと僕は思う・・」


「お前は何者だ!答えろ!」

俺は声を荒げた。

「ぼ、僕は・・

 だ、誰の記憶にも残らない

 ち、ちっぽけな存在だよ・・」

池田は寂しそうに呟いた。

「お前はなぜ、

 相馬がいなくなる歴史を知ってるんだ!」

俺は質問を変えた。

「や、やっぱり君も知ってたんだね・・」

池田は顔を上げて俺の方を真っ直ぐに見た。


「だ、だから・・

 き、君は・・

 そ、相馬さんが××××△△を・・

 こ、殺す前に・・

 こ、殺したんだね・・」

池田の言葉に俺の思考が止まった。

「・・相馬が××××を殺す・・だと?

 ど、どういうことだ?

 お前は一体、何を知っている!」

俺は答えを知りたがる子供のように

矢継ぎ早に問い質した。


「き、君は本当に知らないのかい・・?」

いつもならすぐに目をそらすはずの池田が

俺の目をじっと見つめていた。


「ほ、本来なら・・

 そ、卒業式の一週間前に・・

 そ、相馬さんは××××△△を・・

 こ、殺すはずだった・・

 そ、そしてその四日後・・

 か、彼女は・・

 み、自らの意思で失踪するはずだった・・」

「相馬が××××を殺す・・」

そこで俺は頭を振った。

池田の妄想は前にも経験済みだ。

それでも・・。


「そ、それなのに・・

 こ、こうして相馬さんは・・

 ぼ、僕達と一緒に卒業式を迎えてる・・」

この話は池田の妄想にすぎない。

わかってはいても・・。


どうして池田は

「前世」の出来事を知っているのか。

たまたまこの男の妄想が

「前世」の歴史と合致したのか。

そんなことはあり得ない。


この男は何者だ。


俺は記憶の糸を手繰った。

三十歳の時のあの同窓会を思い出す。

あの場所にこの男は・・。

いなかった。

そして誰も池田のことを話題に出さなかった。

いや、それよりも。

中学校に進学してから俺はこの男を見ていない。

空気のような男。


「・・悪いがお前の妄想に付き合ってる暇はない」

これ以上この男と話していると

俺の頭がおかしくなりそうだった。

俺は半ば強引に

話を切り上げて教室を出ようとドアに手をかけた。



「ぼ、僕はこの年だけに存在する人間なんだ・・」


ドアにかけた俺の手が止まった。

俺はゆっくりと振り返った。

「・・どういう意味だ」


「ぼ、僕は卒業式の翌朝になると・・。

 い、一年前にさかのぼって目を覚ますんだ・・」


池田の言葉に俺は言葉を失った。

俄かには信じ難い話だった。

しかし。

俺の身に起こっていることを考えたら。

池田の話を頭から否定することはできない。


「こ、この一年を何度も繰り返すうちに・・

 き、気になったのは・・

 そ、卒業式の前に突然姿を消す・・

 そ、相馬さんのことだった・・」

俺は小さく頷いた。

「ぼ、僕はその理由を調べることにした・・

 そ、それは僕にしかできないことだから・・」

そして池田は遠慮がちに俺の目を見た。

その瞬間、俺はあることに気付いた。


池田はいつも教室にいた。

そしてそこには必ず

机で本を読んでいる相馬の姿もあった。

池田はただ、相馬の近くにいたかった。

そして遠くから相馬を見ていた。


「・・もしかして。

 お前。

 相馬のことが好きだったのか?」

俺の言葉に池田は僅かに頬を紅くした。


「で、でも僕は傍観者じゃなければならない・・

 け、決して歴史に関わっちゃダメなんだ・・」

そう呟くと池田は悲しそうに俯いた。


「そ、相馬さんのことを調べ始めてすぐに・・

 か、彼女の家庭の問題に気付いた・・」

池田の言っているのは

父親代わりの男からの

性的虐待のことだとわかった。

池田は俺がその事実を知っていることを

確信したのだろう、

具体的な問題については触れなかった。

「そ、相馬さんの家庭の問題が・・

 か、彼女の失踪の理由だと考えた・・

 つ、次に僕は彼女の家を監視したんだ・・

 そ、そしてあの日・・

 つ、梅雨が始まる少し前の夜・・。

 そ、相馬さんは同居している男を殺した・・」

池田の話が突然、迷路に入った。


「待てよ。

 お前はさっき相馬が

 △△の××××を殺したと言った。

 なのに今は同居している男を殺した

 と言っている。

 どういうことだ?」

池田は俺の指摘にも動じなかった。

「あ、焦らないで・・

 じ、順を追って話すから・・」

俺は仕方なく口を噤んだ。


「む、連市で・・

 み、身元不明の焼死体が発見されたって・・

 い、一時期ニュースで・・

 ほ、報道されてたのを覚えてる・・?」

俺は頷いた。

「あ、あの死体が・・

 そ、相馬さんと同居してた男だよ・・」


池田の話は

前にどこかで聞いたことのある内容だった。

そしてその推理はすでに破綻している。

「焼死体が発見されたのは連市だ。

 小学生の相馬が

 一体どうやって連市の山奥まで死体を運んで

 火をつけることができたんだ?」

「そ、相馬さんには協力者がいた・・」

そこでようやく俺は池田の話が見えてきた。


「・・それが△△の××××なのか」

池田はゆっくりと頷いた。

「ふ、二人の間に・・

 ど、どういう『契約』があったのか・・

 ぼ、僕はわからない・・

 と、とにかく××××△△は・・

 お、男の死体を車で運んで火をつけた・・」

「お前はその現場を見たのか?」

言った後ですぐに俺はそれが愚問だと気付いた。

この男は何度もこの一年を経験しているのだ。

「ま、前に一度だけ・・

 し、死体発見現場に隠れて・・

 よ、様子を窺っていたことがあるんだ・・」

池田はそこで××××が

死体にガソリンをかけて火をつける場面を

目撃した。

「お、男の身内は相馬さんだけだったし・・

 お、男は仕事もしてなかった・・

 ま、毎月の生活費は家を出た母親が・・

 そ、相馬さんの口座に・・

 ふ、振り込んでいたようだけど・・

 と、とにかく男がいなくなったところで・・

 さ、探す人間は誰もいない・・

 そ、相馬さんの犯罪は・・

 ×、××××△△の手によって・・

 か、完全に葬られたんだ・・」

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