<計画> 5

十二月十八日。月曜日。

昨夜なかなか寝付けなかったせいで、

今朝は寝坊をしてしまった。

おまけに朝の寒さが俺をベッドに縛り付けていた。


トーストと目玉焼きそれに味噌汁という

和洋折衷の朝食を食べながらテレビを見ていると、

丁度、天気予報のコーナーが始まった。

ネットがないので

天気予報も定時のニュース番組か、

朝の新聞で確認するしかない時代だ。

若く容姿の整った女性の気象予報士が、

今週は天気も良く、

この時期にしては比較的暖かい日が

続くでしょうと言っていた。


その時、

俺は二学期の終業式の出来事を思い出した。

終業式の三日前から突然降り始めた雪は

終業式の朝になってようやく止んだ。

そしてそれは町全体を銀世界へと変えた。

この地域では珍しい積雪に皆が興奮していた。

終業式の後、

クラス全員で校庭で雪合戦をしたのだ。

あの時は、

ナカマイ先生が温かいコーヒーを

皆にご馳走してくれた。

誰かが投げた雪玉が大吾に当たり、

あの大吾が大声で泣いていた。

雪玉の中に石が入っていたのだ。

頭に大きなこぶを作り、

大吾はナカマイ先生に連れられて病院に行った。

そこで雪合戦はお開きになった。


「今世」では

そんな光景を見ることはできないだろう。

大吾はいないし、

ナカマイ先生も

皆と一緒にはしゃぐ気分になれるかどうか。

終業式でナカマイ先生は

自身の進退について子供達に何と話すのだろうか。

そしてそれを聞かされた

子供達の反応を想像すると俺は胸が苦しくなった。


俺は鬱々とした気分で家を出た。


通学路に子供達の姿はなかった。

俺は足早に学校へ向かった。


遠くに校門が見えた時、

チャイムの音が聞こえた。

俺は一度立ち止まり、

大きく背伸びをしてから走り出した。

校門をくぐったところで息が上がり、

俺は校庭をゆっくり歩いて校舎へ向かった。

その時、

職員室の窓からこちらを見ている人物に気付いた。

校長の勅使河原だった。

校長は俺と目が合うと、

腕時計を指すジェスチャーをした。

俺は頭を掻いてふたたび走り出した。



教室に入ると、

室内は僅かに騒がしかった。

ナカマイ先生は

俺が席に着いたのを確認してから

日直に合図を送った。


高田文悟と九重麻紀の掛け声による朝の挨拶の後、

ナカマイ先生は

いつも以上に時間をかけて出席をとった。

今日は茜も登校していて、

久しぶりにクラス全員が揃っていた。


ナカマイ先生のことは残念だが、

今考えなければならないのは茜のことだった。

二十三日の土曜日は祝日、二十四日は日曜日。

そして二十五日の月曜日が終業式。

つまり今学期の登校日は今日を入れてあと六日。


もし男を見つけられぬまま

冬休みを迎えることになった場合、

夏休みの葉山実果のように茜も・・。

そこまで考えて俺は急いでその考えを払いのけた。



一時間目の授業の前に俺は茜を呼んで話を聞いた。

男の正体について。

俺は容疑者候補である三人の男の名前を出したが、

茜はそのすべてに首を横に振った。


二時間目と三時間目の間の二十分間の休み時間に

俺は翔太と洋を呼んで

三人の男の情報収集を頼んだ。

茜は三人の中に男はいないと言ったが、

俺はそうは思わなかった。


伊達孝允が口髭をつければ犯人の特徴と一致する。

織田隆盛が白髪のかつらをかぶれば

これもまた犯人の特徴と一致する。

前田利通にしても

サングラスをかけて白髪のかつらをかぶれば

犯人の特徴と一致する。

犯人は三人の中にいる。

それが俺の出した結論だった。


昼休み。

翔太と洋が情報収集に奔走している間、

俺は三人の顔を

自分の目でしっかりと確認することにした。

そして伊達と織田の二人は確認できたが、

前田の姿は見つけることができなかった。



放課後、

数人の少女と

仲良く教室を出ていく茜を見送ってから、

俺と翔太、そして洋はベランダに出た。


「茜ちゃんを家まで送り届けなくていいのか?」

と洋はやや不安そうだったが、

「足立さん達と帰ってるから大丈夫だよ」

と翔太が言うと安堵の表情を浮かべた。


それから俺は二人の集めてきた情報を聞いた。


意外なことにあの三人には共通点があった。

それは三人共、

以前は高校の教師をしていたということだった。


伊達が教師になって初めて赴任した高校は

校内暴力に悩まされていた。

そして問題が起きたのは

伊達が赴任して二年目のことである。

ナイフを振り回す生徒を宥めようとして

伊達は左目を刺されたのである。

その件があってから伊達はすぐに退職した。

それでも教師という職を諦めることはできず、

翌年から小学校の教師として再出発を図った。

そして伊達がこの学校へ赴任してきたのは、

今から五年前のことである。


織田は高校で野球部の顧問をしていた。

本人も甲子園を目指す高校球児だったようだ。

織田が野球部の顧問になったその年、

野球部は甲子園で優勝している。

織田がなぜ高校教師を辞めたのかは

わからなかった。

そして織田がこの学校へ赴任してきたのは、

今から四年前のことだった。


前田利通に関しては

本当か嘘かわからない怪しげな噂があった。

前田は高校の化学教師をしていたが、

その知識を活かして薬物を作っていたというのだ。

教え子と組んでその薬物を売り捌いていた

という噂もあったが、

さすがにそれは嘘だろう。

噂に尾ひれが付くのは珍しくない。

この男がいつからこの学校にいるのかは

わからなかった。


当然だが、

この学校に来てから

三人は何の問題も起こしてはいない。

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