<果報> 4

足が小さく震えていた。

俺は口の中がカラカラに乾いているのを感じた。

それでも。

俺は辛うじて言葉を絞りだした。

「せ、先生、そ、それってどういう意味?」

ナカマイ先生は少し困ったような顔になった。

話過ぎたことを後悔しているように見えた。

俺はナカマイ先生の口元に集中した。


やがて、

ナカマイ先生は俺の質問に答えることに

決めたようだった。

一言一言ゆっくりと話し始めた。

「私と彼は将来結婚するつもりだったの。

 でも彼の両親がそれに反対しててね。

 原因は私の実家にあるんだけど・・」

ナカマイ先生はそこで言葉を濁した。


考えた結果、二人は既成事実を作ることにした。

つまり子供である。

しかしその過程で、

ボス猿には子供が作れないことが判明した。


「彼には葉山さんを妊娠させることなんて

 できなかったの。

 あの遺書に書かれていたことは全部嘘」


「それなら葉山を殺したのは別人・・」

自然と声が漏れた。

ナカマイ先生の話が本当であれば

ボス猿の遺書は偽物である。

しかし遺書には葉山の妊娠という

葉山を殺した犯人しか知りえない情報が

書かれていた。

つまり。

葉山を殺した犯人がボス猿の遺書を書いた。


一体何のために?

そもそもなぜあの時、ボス猿は死んでいたのか?

まさかボス猿は葉山を殺した犯人に殺されたのか?

そしてその死は自殺に偽装された。

すーっと血の気が引いていくのがわかった。


「私はそのことを警察に話したの」

思考の海で溺れそうになる寸前に

俺はナカマイ先生の声で現実に引き戻された。

俺は大きく息を吸い込んだ。


「でも、妊娠する可能性はゼロではないし、

 遺書で本人が認めてるから

 と相手にされなかった。

 私はその遺書が偽物だって言ってるのに・・」

前提が間違っているから

当然結論も間違っているという主張に対して、

結論が正しいゆえに前提も正しいという主張。

話が噛み合うはずがない。


真っ赤に染まった空に

薄っすらと暗い影が差し始めていた。

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