<因果> 12

翌日も茜は学校を休んだ。

そしてこの日の放課後、俺はまた池田に絡まれた。


茜がいないせいか若干元気のない洋が

「今日はまた留守番だぜ」

と一足先に教室を出ていき、

それなら俺達も真っ直ぐに家に帰ろうかと

翔太と話していたときだった。


「ちょ、ちょっといいかな・・?」

俺が振り返ると、

池田が申し訳なさそうに立っていた。

「は、話があるんだけど・・」

翔太は俺と池田に交互に視線を送ってから、

「じゃあ、僕は先に帰るよ。

 あっくん、また明日」

と言ってそそくさと教室を出ていった。


俺が池田に向き直っても池田は口を開こうとせず、

周りをキョロキョロと窺っていた。

どうやら人に聞かれたくない話のようだ。

場所を移すかと提案しようとして、

俺は屋上が封鎖されていることを思い出した。


子供達が次々と教室から出ていく。

その中には当然、奥川の姿もあった。

奥川は数人の女子生徒と一緒だった。

チラリと見えた奥川の笑顔に、

俺はほんの少しだけ気持ちが軽くなった。


相馬は相変わらず一人だった。

相馬は教室から出る際にこちらを振り返った。

彼女は俺と池田を交互に見てから

「サヨナラ」と呟いた。

そして俺達の返事を待たずにドアを閉めた。

教室には俺と池田だけが残された。


「話ってなんだ?」

俺は気を取り直して池田に向き合った。

「う、うん。

 そ、その・・

 さ、猿田先生の遺書のことなんだけど・・」

池田はそこで俯いた。

「お前も案外しつこいな。

 ボス猿の遺書がどうしたんだよ?」

「あ、あの遺書って、

 ほ、本当に猿田先生が書いたのかなって・・」

池田がどうしてボス猿の死にこだわっているのか

俺には不思議だった。

「ま、前に話した時、

 じ、事故の可能性がないことは

 き、君も納得したよね・・?」

俺は池田の言葉に頷いた。

「あ、あの時、

 き、君は噂と同じ自殺説を支持して、

 ぼ、僕は他殺の可能性を模索した・・」

「そして噂を裏付ける遺書が見つかり、

 お前の他殺説は否定された」

俺は小学生が模索なんていう言葉を使うだろうか

と疑問を抱きつつ、

池田の言葉の後を継いだ。

「だ、だけど。

 い、遺書が出てこなければ

 じ、自殺とは断定できなかったはずだよね・・」

「お前はあの遺書が偽物だと言いたいのか?」

俺は池田が考えそうなことを代弁した。

池田は力強く頷いた。

常におどおどしている池田にしては珍しく

自信に満ちた表情だった。

「は、葉山さんを殺した動機にしても

 し、信じられないっていうか・・。

 か、彼女が妊娠していたのかは、

 い、今となってはわからないわけだし・・」

たしかに。

事情を知らない人間ならば

そう考えてもおかしくはない。

だが、妊娠は事実で

それを知りえるのは葉山を殺した犯人だけなのだ。

つまり、ボス猿の遺書は本物だ。


「そ、それに。

 も、もし本当に

 じ、自殺するのなら

 こ、校舎の屋上から飛び降りるよりも、

 も、もっと確実な方法や場所を

 え、選ぶんじゃないかな?」

「それを言い出したら

 他殺だって否定されるだろ?

 人を殺すなら

 もっと確実な方法や場所を選ぶだろ?」

俺の指摘にも池田は怯まなかった。

「だ、だから。

 は、犯人はそんなことまで

 か、考えてなかったんじゃないかって思うんだ」

「人を殺そうとする奴がそんなミスをするか?」

「は、犯人は

 こ、この学校の生徒なんじゃないかな・・」


それが池田の出した答えだった。

たしかに池田は子供にしては鋭い。

しかしその推理は間違っていた。

ボス猿が死んだあの時間、

学校に残っている生徒はいなかった。

それはつまり

生徒全員にアリバイがあるということだ。

だが、俺はそれを池田に言うつもりはなかった。

「なぜ生徒がボス猿を殺すんだ?

 たしかにボス猿は嫌われていた。

 でも嫌いという感情だけで人を殺したら

 この世は人殺しばかりになるぞ」

「こ、これは僕の推測だけど、

 そ、それは噂のせいじゃないかな?

 い、以前学校に流れた噂で子供達の多くが、

 は、葉山さんを殺したのは、

 さ、猿田先生だと考えたと思うんだ」

たしかに俺は誰もがそう考えるだろうと思い

あの噂を流した。

それによりボス猿がボロを出すと考えたからだ。

「それで?」

仕方なく

俺はもう少し池田の話に付き合うことにした。

「は、犯人は葉山さんの敵討ちのつもりで、

 さ、猿田先生を殺したんじゃないかな?」

もし池田の言うように俺の流した噂が

一人の子供を殺人という行為に走らせたとしたら、

俺はきっと後悔してもしきれないだろう。


「前にも聞いたと思うが、

 その犯人の見当はついてるのか?」

「そ、それは・・。

 い、今はまだわからないけど・・」

そう言って池田は口籠った。

「お前、小説家になれよ」

「・・ぼ、僕には無理だよ」

池田は悲しげに呟いた。

「は、話を聞いてくれてありがとう・・」


池田が教室を出ていってから、

一人残った俺はベランダに出た。

校庭で数人の子供達が遊んでいた。


しばらくすると

池田が校舎から出てくるのが見えた。

池田はゆっくりと校庭を歩いていた。

池田は一度もこちらを振り返ることはなかった。

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