<火種> 5

それから一週間が過ぎた。

今や子供達の話題の中心は

葉山を殺した教師が誰なのかということだった。

そして多くの者が

その教師はボス猿だと考えていた。

時折見かけるボス猿はどこか様子がおかしかった。

相変わらず威張り散らしてはいたが、

その実、焦っているようでもあり

何かに怯えているようにも見えた。


俺は次の作戦として追加で新たな噂を流した。

その内容は、


『葉山が死ぬ前に残した手紙がある』


というものだった。

勿論、俺に葉山の手紙を公表するつもりはない。

これは存在しない架空の手紙だ。

それでも犯人はこの噂を無視できない。

存在しない架空の手紙に

何が書かれているのかと不安を募らせるだろう。

自分との関係や妊娠の事実が

書かれているのではないかと怯えるに違いない。


この新たな噂は火に油を注ぐ結果となった。

子供達の間では宝の地図を探すがごとく、

架空の手紙探しが始まった。

それに関しては予想外だったが、

学校中の子供達の興味が

葉山を殺した犯人へと向けられていることは

狙い通りだった。

そしてその疑惑の中心にいるボス猿は

きっと今、針の筵に座らされている気分だろう。

ボス猿がボロを出すのも時間の問題と思われた。


しかしここで問題が起きた。


子供達の話は当然その保護者の耳にも入る。

この騒動にPTAが黙っていなかったのだ。

すぐに洋の母親を先頭に

大人達が学校に乗り込んできた。



そしてその翌朝、緊急の全校集会が開かれた。


校長の勅使河原がゴホンと芝居じみた咳払いの後、

大袈裟に長髪をかき上げた。

俺はその様子を見て、

この時代の技術も大したものだと思った。

「近頃ぉ、

 学校で変な噂がぁ広まっているようでぇす。

 君達はぁ

 それに惑わされないようにして下さぁい。

 噂というものはその大部分は

 嘘で出来ているのでぇす。

 この学校にぃ

 生徒を傷付けるような先生はいましぇ~ん。

 『口は災いの元』と言いまぁす。

 根も葉もない噂話を広めることは、

 いずれ自分の身を滅ぼすことに

 なるかもしれましぇ~ん」

校長がこれほど直接的に注意をするとは、

PTAからよほどプレッシャーを

かけられたのだろう。

学校側も対応に必死のようだ。 

そして学校側が必死になればなるほど

犯人にとっては都合が良かった。

犯人が学校という大きな組織に

守られていることに俺は改めて気付かされた。


この日、全校集会が終わった後も

各クラスで担任から噂話に対する注意がなされた。

特に六年生のクラスではそれが顕著だったようだ。

大人から噂は根も葉もないことだ

と説明された子供達は素直にそれを信じた。


この出来事から一つの教訓を得ることができる。


大人の言葉を素直に信じてはいけない。

大人は子供に対して都合の悪いことは

隠そうとする。

大人の世界は嘘に塗れている。

子供に嘘をつくなと

教育している大人こそが大嘘つきなのだ。

それに資本主義の世界において

商売の基本は人を騙すこと。

自分の商品の価値を錯覚させて、

他人に高値で売りつけるのが成功の秘訣である。

だからこそ企業は商品そのものよりも

CMに金をかける。

「永遠の輝き」

というキャッチコピーでダイヤモンドを売り出し、

世の女性達を騙した男は巨万の富を築いた。

名ばかりのブランド商品に飛びつく人間は

売り手からすれば良い鴨である。


学校側の迅速な火消し作業によって、

俺が流した噂は瞬く間に鎮火された。



しかしこの流れはある程度予想していた。

だからこそ俺は追加で噂を流したのだ。


たとえ噂の炎が鎮火されても、

犯人の中では手紙の存在が燻り続ける。

たとえその手紙が

虚像で存在しないモノであっても

犯人の中にだけは存在し続ける。

俺は時機を見て

その小さな火種に吐息を吹きかける。

その時、炎はふたたび大きく燃え上がるだろう。

犯人の体を焼き尽くしてしまうほどに。


『それまでせいぜい怯えて暮らせ』

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