十月
<火種> 1
ただ無為に時間だけが過ぎていった。
十月になり運動会の当日を迎えた。
俺は適度に手を抜きつつ
午前中のプログラムを卒なくこなした。
昼食の時間になり、
子供達はグランドの周りに設置された
保護者の待つテントへと散っていった。
その時、
人波から外れて一人、
校舎の方へと歩いていく少女の姿が目に入った。
俺は両親の待つテントへ戻ると、
シートの上に並べられた重箱から
適当におかずを見繕って空き容器に詰め込んだ。
「どうしたの?」と不思議そうに訊ねる母に、
俺は「教室で友達と食べるから」と説明した。
「それなら
そのお友達をここに呼べばいいじゃない」
「まあまあ。
このくらいの歳の子は親といるのを
煩わしく思うものさ」
父はそう言って母を宥めた。
六年三組の教室の前で
一度大きく深呼吸をしてから、
俺は思い切ってドアを開けた。
机に伏せていた相馬が顔を上げた。
「あれ?
相馬。お前もここにいたのか」
俺は驚いた演技をした。
「・・お前もって?」
「テントで親と飯食うのが嫌でさ。
ここの方が気楽だろ?」
相馬は答えなかった。
俺は一つ大袈裟に咳払いをした。
「・・ここで一緒に食おうぜ。
見飽きた校庭も今日に限っては華やかだろ」
俺は彼女の返事を待たず、
窓際の机を二つくっつけて
その上に持ってきた容器を並べた。
準備が整って相馬の方を見ると、
彼女の鋭い目が俺をじっと捉えていた。
その眼光に一瞬怯んだが、
俺は目をそらさずに彼女を見つめ返した。
相馬は椅子から立ち上がると
何も言わずこちらへ歩いてきた。
俺と相馬は向かい合って座った。
彼女はなかなか箸を付けようとせず
目の前に並べられた容器をじっと見ていた。
「どうした?好きなモノがないか?」
さすがに相馬の好物まではわからない。
「これ、一人分にしては多すぎない?」
その言葉に俺は危うく箸を落としそうになった。
「私がここにいることを知ってて持ってきたのね」
彼女の視線が鋭さを増した。
「そ、そんなわけないだろ」
俺は動揺を隠そうと卵焼きに箸を刺した。
「嘘が下手ね」
「嘘を吐く理由がないけどな」
俺は努めて冷静に否定した。
会話における駆け引きで
小学生の少女に引けを取るほど
やわな人生を歩んできたつもりはなかった。
「じゃあ、箸が二膳ある理由を説明できる?」
持ち上げた箸から卵焼きが落ちた。
「そ、それは・・」
「同情?」
「ち、違う!」
俺は慌てて否定した。
「じゃあ、何?」
相馬の鋭い視線に
俺の体は金縛りにあったように固まった。
「こ・・好意かな」
俺はやっとのことでその言葉を絞り出した。
「い、いや・・好奇心かな」
そして急いで訂正した。
「ふうん。調子がいいのね」
そう言って相馬は小さく笑った。
肩の力がすっと抜けて金縛りが解けた。
そして初めて目にする彼女の優しい表情に
俺は胸がキュンと締め付けられるような
感覚に陥った。
「でも私に優しくすると塚本さんが怒るわよ。
色男さん」
「えっ」
今度は実際に箸を落としてしまった。
「どうやらその反応は、
塚本さんの気持ちには一応気付いてるみたいね」
「参ったな。
相馬はすべてお見通しってわけか」
相馬の口元がふたたび緩んだ。
俺達は声を出して笑った。
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