<火種> 2
「沙織ちゃん、ここにいたのね」
その時、教室のドアが開いて
ナカマイ先生が顔を出した。
「あら?二人でいたのね」
ナカマイ先生は俺がいることに
少し驚いた様子だった。
「一緒にお弁当を食べようと思ったんだけど」
そう言ってナカマイ先生は
手に持っていた風呂敷を持ち上げた。
「先生も一緒に食べていいかな?」
俺はもう一つ机を寄せて
ナカマイ先生の席を作った。
途中、相馬が手洗いに席を立ったとき、
俺はナカマイ先生に相馬のことを聞いてみた。
「先生は相馬の家庭の事情を知ってる?」
知っているからこそ、
こうして相馬を気遣い弁当を用意してきたのだ。
俺はナカマイ先生が
実際のところどこまで知っているのか
確認しようと思った。
「あら、君は沙織ちゃんのことが心配なのね」
俺はあの日見たことを
ナカマイ先生に話すか迷った。
「大丈夫。
沙織ちゃんのことは先生がちゃんと見てるから」
たしかにナカマイ先生は信頼できる。
しかし所詮は人生経験の浅い
二十歳そこそこの若者に過ぎない。
実際「前世」では
相馬は卒業の前に学校から突然その姿を消す。
それはナカマイ先生の力が及ばなかった
ということではないか。
過度な期待はできない。
それでもナカマイ先生が
相馬を気にかけていることは有難かった。
いずれナカマイ先生の力を借りる時が
くるかもしれない。
俺は相馬が戻ってくる前に
もう一つ気になっていたことを質問した。
「先生は猿田先生のどこが好きなの?」
「えっ!」
ナカマイ先生が驚いたことは
その大きく見開かれた目からも明らかだった。
彼女は紙コップに入ったお茶を
ゆっくりと一口だけ飲んだ。
「どうしてそんなことを聞くの?」
この場合、
質問に質問を返すのは最善手とは言えない。
これでは暗にボス猿のことを
好きだと認めているようなものだった。
案外、
小学生である相馬や奥川、それに茜のほうが
心の内を隠す術に長けているのではないか
と思った。
「俺にはわかるんだ。
でも安心して、他の子は誰も気付いてないから」
ナカマイ先生は本当に驚いた顔をした。
「へぇ、やっぱり君は不思議な子ね。
学校では猿田先生とは
距離を置いて接していたつもりなんだけどな」
そして顎に手を当てて
少し考えるような仕草を見せた。
「そうね。
真面目で誠実なとこかしら。
あとちょっと天然なとこかな」
そう言ってナカマイ先生は笑った。
真面目で誠実。そして天然。
とんでもない。
恋は盲目。
恋は人の目を曇らせる。
どんな優秀な人間も恋の病に罹れば
その思考力を失う。
ボス猿は不真面目で不誠実。
天然ではなく計算ずく。
教え子と関係を持ち妊娠させた挙句に
自殺に見せかけて殺した男。
その最も有力な容疑者なのだ。
「でもこのことはみんなには内緒よ」
そう言ってナカマイ先生は片目を瞑った。
丁度そこで、相馬が戻ってきてこの話は終わった。
午後からのプログラムが始まり、
子供達は午前以上に熱狂的にはしゃいでいた。
相馬も珍しく皆と一緒に盛り上がっていた。
そして俺は
そんな子供達を微笑ましく見守りながら
全てのプログラムを卒なくこなした。
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