第24話

「どうしたんですかマレイさん。さっきから変ですよ。口調も前みたいにおかしくなってますし」


「......もう彼の姿は見えなくて?」


 ルピは荷台から顔を出して後ろを確認する。


「もうとっくに見えなくなってますよ」


 その言葉にマレイは胸を撫で下ろし固まった笑顔がほぐれていく。


「あいつが自分のことを教会の人間だって言ってたんだよ。そりゃあの人数を相手に生き残れるわけだ」


「はぁ、そうなんですか」


 マレイの説明にルピは納得がいかず首を傾げる。


「で、なんで教会の人から逃げないといけないんですか?」


 マレイにとってその質問は自らを間抜けだと宣言しているようなものであり、がっくりと肩を落とす。


「あのなぁ、私達が今何をしてるんですか」


「それは、お母さんの敵討ちですけど」


「そう。だが、教会にとっちゃ理由はどうあれ人殺しは人殺しだ。そんな奴らに今回の件を知られてみろ、どうなるかは目に見えてるだろ」


「でも、教会の人一人に知られたところでマレイさんならどうにかなるんじゃないんですか。強いですし」


 マレイは大きく首を横に振る。


「それだけはごめんだね。まず勝ち目は無いし、知らないみたいだから教えてやるけど教会の連中には人間離れした強さの奴が何人もいるんだよ」


「マレイさんでも無理......なんですか?」


「今の状態ならまず無理だな。分かったら教会となんか関わるんじゃねえよ」


 しかし、ルピはいまだに釈然としない表情を浮かべている。


「まだ納得いかないか」


「や、だって、直接戦ってるところ見た訳じゃないですし、教会て神父さんの話を聞くところと言うか暴力と今一結び付かないと言うか」


「まあ無理に納得しなくてもこの事だけ覚えてりゃいいさ」


「マレイさんは見たことあるんですか、その、そう言った場面を」


 マレイは顔を上げて少し遠くを見る。


「あるさ。嫌と言うほどな」


 教会に対する嫌悪の中に昔を懐かしむような雰囲気を感じ、ルピはこの時初めてマレイの過去に興味が湧いた。


 しかし、孤児であった彼女の過去を興味本位で掘り下げるほどの勇気は無く、出た結論はとりとめのない返事であった。


「そうなんですか」


「お前もいずれ分かるさ。こっちの世界に踏み込み過ぎればだけどな」


「き、気を付けます」


 マレイの脅すように話し方にルピは少しだけ背筋に寒気を感じた。


「ああそうだ。言い忘れてたけど私達の手配書がばらまかれてるみたいだから、今後も追手の数は増えると思うぜ」


「え、ええ?! そんなの聞いてないですよ!」


「私だってさっき酒場で知ったんだ。それに遅かれ早かれこうなってたさ」


 慌てるルピとは対照的に教会の件とは打って変わってマレイは飄々としている。


「で、でもそんな手配書が教会の、あの人の目についたら依頼主だって危ないじゃないですか」


「そこなんだよなぁ。それにいくら学のない連中と言えどあの手の話に乗る狩人が居るとは思えないんだけどなぁ」


「やっぱり教会の件はマレイさんの思い過ごしとか」


「だったらどれだけ良いか。......そう言えばお前んとこの領主、教会にコネがあるとかって言ってたか?」


「そこまでは分からないですけど、村に魔物が出たときに領主に伝えてくれたのが神父さんだったって聞いてますけど」


「なるほどなぁ」


 確信めいた様子にルピは答えを求めて目を輝かせる。


「今のでなにか分かったんですか!?」


「全然。でも、それも全てログレンに着けば分かるさ」


 ルピの期待は空振りに終わり一瞬にして真顔に戻る。


 ※


『スタウター』この街に住む者であれば誰もが知っている名前である。


 ところ狭しと軒を連ねる街の外れに、富を象徴するように広大な土地に幾つもの屋敷を構え、街と屋敷の間には外界からの侵入を拒むように川が流れている。


「いつ来てもここの広さには慣れんなぁ」


 スタウター家と街を繋ぐ唯一の橋を渡り、屋敷へ伸びる道をぼやきながら一人歩いていた。


 遠くに馬の影が見え、それに一人のメイドが跨がっているのに気がつくとクライアインの顔が一気に渋くなる。


「おや、屋敷の前をうろつく不審者が見えたと思えばあなたでしたか。あまりに品の無い格好をしているものですから勘違いしてしまいました」


 メイドは彼の前に止まるなり冷たい表情で馬上から彼を見下す。


「品が無くて悪かったな。......この際お前でもいいや後ろに乗せてくれよ」


「嫌です。そんなことをしたらこの子が穢れてしまいますから」


 彼への非情な態度とは対照的に彼女は馬を優しく撫でる。


「分かった分かったよ歩いてきゃいいんだろ」


 不貞腐れながら彼女の横を過ぎると、庭と呼ぶには広すぎる土地で屋敷を目指して歩き始めた。


 それから少しの間彼は気に止めないようにしていたが、自分の後ろをついて回る蹄の音についに痺れを切らして大きくため息をついて振り向いた。


「なぁもう誤解は解けたはずだろ。そう威圧的につけ回すのは止めてくれないか」


「あら、一体、いつ、誤解が解けたと。そもそも初めから誤解など生じてはいないはず」


 メイドは煽るようにとぼけた顔を彼に向ける。


「だから、不審者は居なかったんだからお前はお前の仕事に戻れって言ってんだよ」


「ご冗談を。今私の目の前に居る人物を不審者と呼ばずして何と呼べば良いのやら。勘違いをしているようですけど、私が貴方のような野蛮で下劣な輩を野放しにするとでも? 旦那様から目を掛けられて少々図に乗っているようですけれども、本来ここは貴方のような人間が足を踏み入れていい場所では」


「分かった分かったもういいから好きにしろ」


 メイドの捲し立てる話し方に嫌気が頂点に達して彼は半ば投げやりになる。


「分かれば良いのです」


 メイドは満足したように鼻を鳴らすと、彼の足に合わせて馬を歩かせる。


 背中に刺さるような視線を感じながら、少しでも早くこの時間が終わるようにと彼は足早に道を歩いていく。


 だが、言葉を交わさずただ歩いていると苦痛に意識が集中してしまいつい言わなくても良いことが彼の口から漏れでた。


「なんだって俺は厄介なメイドにばかり会うかね......」


「それは一体誰のことを指しているのでしょうか」


 漏れでた言葉をメイドは表情には出さずとも嬉々として拾い上げ、彼が嫌がるように言葉を合わせる。


 彼は一瞬誤魔化せるか思考を巡らせるが、最早手遅れと諦めて開き直る。


「お前だよお前のことだよ」


「ほう、そのように私のことを見ていたのですかそうですか、しかし、元はと言えば貴方の身の振り方や性格に起因しているのでは? 私も何も好きでこのように貴方に接している訳では」


「ああそう俺が悪い悪い。なあ俺のことが気にくわないのは分かったから、そんな奴とわざわざ言葉を交わすこたないだろ」


「私がいつどこで誰と話そうとそれは貴方に関係の無いことです。で、先程の物言いからすると、どうも私以外に貴方の醜さに気がついている聡明な方が居るように思えるのですが」


「聡明って。息子の件についてはお前も聞いてるだろ」


「ええ、まぁ」


 息子の話題に切り替わった途端に、メイドの声が低くなり分かりやすく落ち込む。


「さしものお前も流石にあれについては理性が働くか」


「私はいつでも理性的ですが。で、わざわざ私の癇に障るような話を持ち出してそれだけってことはないのでしょう」


「あれの殺った母親の娘、いるだろ。それが雇ったメイドがまぁ強いのなんのって、そこらで拾ってきた狩人はみんな殺られちまってよ」


「だから、旦那様はあんな下賎輩を雇われて」


「ほお、随分素直に受け取るな。お前のことだからてっきり『そもそも貴方の尺度で測った強さなど当てになりません』とでも言うのかと」


 メイドから一枚取ってやったと彼はにやけ面を晒す。しかし、メイドは真面目な表情でそれを受け流す。


「何を言いますか。貴方から暴力を奪ったら何も残らないでしょうに。暴力だけでここまで生きてきた貴方が言うのですから、ある意味では最も信頼できる評価とも言えます。私、何か間違ったことを言っていますでしょうか」


「それは、その、何も間違いではないが。なんだその褒めてるのか貶してるのか分からない言い方は止めてくれ。反応に困る」


「そうですか。では、私は貴方の力を評価しています。これで満足ですか」


 彼女から想定外な言葉が飛び出し、彼は驚き目を丸くする。


「それはそれで反応に困るな」


 彼は少しむず痒い思いがして彼女から目を逸らす。


「貴方って人は、貶されるのがお好みでしたか。ならお望みの通りに」


「なんでそうなるんだよ」





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