第23話 群がるは死

 町の一画にある食事処で齢二十歳ほどの男が一人食事を楽しんでいる。


 傍らには剣先が半円形をした幅広の剣がテーブルに寄り掛かっており、剥き身の刃が回りの目を引いている。


 そこへ慌てた様子で一人の男が駆け込んで来たかと思うと、次々に町民が店へと逃げ込んでくる。


「なんだあんたら」


 店主が怪訝な顔で最初に入ってきた男に問いかける。


「か、狩人が、狩人急に暴れだして、誰彼構わず矢を撃ち込んでるんだよ!」


 その言葉に一人を除いて店に居た全員がどよめく。


 男は食べかけのパンを口に押し込むと、剣を手に取り背中のベルトに固定させテーブルに金を置く。


 その間にも店の外から悲鳴が聞こえ、町民達は恐怖に震え上がる。


 男は一人、怯える客を掻き分けて店の出口へと向かうも一人の女に呼び止められる。


「あ、あんた話聞いてなかったのかい? 今外に出たらダメだって」


 男はチラリと女の顔を見た。


「ひんはいふるな。おへはひょうはいほひんへんは」


 口に放り込んだパンが男の言葉を理解不能なモノに変え、回りにいる者達はみな一様に困惑した表情を浮かべる。


 男は臆する様子もなく扉に手を掛けるとそのまま止めるのも聞かずに外へ出てしまった。


 彼はパンを無理矢理噛み砕き喉の奥へ流し込む。


「たく、いつからこの町はこんなに物騒になったんだ」


 彼は目の前を走り逃げていく人達とは逆方向に進み始めた。


「マレイさん! このままじゃ追い付かれちゃいますよ!」


「だーもううるせえなそんなん分かってるよ!」


 人を背負っている分マレイの足は普段より遅く、狩人達との差が徐々に縮まっていく。


「さっきみたいにナイフ投げて倒せないんですか?!」


「無理! 予備のナイフは全部馬車に置いてきちまって、今あるのが最後の一本!」


「そんなぁ!」


 と、マレイが後ろを気にした瞬間に目の前に立つ男の存在に気がつけずぶつかった拍子に三人とも地面に転んでしまった。


「いってぇ......ルピ! 大丈夫か?!」


「いったいけど......平気です」


 すぐさまマレイはルピに駆け寄ると、ぶつかった相手が頭を押さえながら起き上がった。


「ちょっ、あんたらどこみて歩いてんだ!」


 だが、男はマレイを見た瞬間にその顔に釘付けになってしまい、怒りはまるで霧のように散ってしまった。


 マレイは急に動かなくなってしまった男を不思議そうに見つめていると、後ろで狩人達の足音が迫っているの気がつき我に返った。


「あそこだぁ! ぶっ殺せ!」


「たつしつこい奴らだなぁ! あんたも速く逃げろ!」


「あんた、奴らに追われてるのか」


「あぁ?! 見りゃ分かるだろ!」


 ルピを背負って走り出そうとするマレイを男は呼び止める。


「なら運が良かったな。俺の後ろに下がりな」


 男はそう言って迫る狩人達とマレイの間に立ちふさがった。


「なんなんですかあの人」


「知るかよ」


 狩人達も彼の存在に気がつき距離を置いて足を止めた。


「おい兄ちゃん、なんのつもりだ?」


「それはこっちの台詞だ。白昼堂々人殺しとはいい度胸じゃないか」


「だったらどうした? お前には関係ないだろ、そこをどけ!」


「いいや、あるね」


 彼は背中の剣に手を掛けいつでも抜ける体勢を取る。


 その姿を見て狩人達は一斉に笑い始めた。


「嘘だろお前! この人数を相手にやろうってのか?」


「信じられねぇ! こいつはとんだ大馬鹿者だぜ!」


 道の真ん中に男達の下品な笑い声が響き渡る。


「楽しいか、そうか良かったな。最後だ、気の済むまで笑うといい」


 彼の言葉に辺りは静まり返り狩人達の目付きが鋭くなる。


 矢の一つ一つが彼に向けられまさに放たれかけたその時、彼は抜いた剣をそのまま勢い良く地面に突き刺し片手で軽々と剣を持ち上げながら宙を舞った。


「と、飛んだ?!」


 狼狽える狩人達に影がかかり、目の前に『着弾』した男によってに吹き飛ばされた。


 被害を免れた者達の前に舞い上がる粉塵。ただ立ち尽くすしかない彼らの前に男がゆっくりと姿を現す。


「どうした。もう諦めたか?」


 もう狩人達に戦意はなく、それでもここで引けば待つのは死のみと恐怖に支配された本能のみが剣を取らせた。


 悲鳴にも似た叫び声で自らを鼓舞し立ち向かう狩人達は、彼の刃に次々と倒れていく。


 重く、鋭く、のし掛かるように狩人達の体が切り捨てられる。


 ゆうに二十人は超す狩人達にもはや為す術はなく、響き渡る断末魔はやがて消え去り赤く染まる地面の真ん中に男が一人残された。


 男は地面に剣を突き立て剣先の『反し』に片足を乗せ、額に流れる汗を拭った。


「あの世で罪を悔いるんだな」


 積み上がったしたいに吐き捨てるように呟くと、大きな一息を吐いた。


「さて、お嬢さん方これで一安心ですよ。て、あれ?」


 彼はマレイ達が居た筈の方向に顔を向けるも、すでに二人は影も形も消えていた。


「それは、あんまりじゃないかぁ?!」


 先程まで鬼神の如く人を切り捨てていたとは思えないほどの悲痛な叫びが木霊した。


「ほんとに置いてきちゃって良かったんですか?! あの人一人だけなんて殺されちゃいますよ!」


 ルピは揺れる背中の上でマレイに呼び掛ける。


「知るかよ! 頼んでもないのに勝手に飛び出したあいつが悪いんだ。甘ったれたこと言ってないで今のうちに馬まで戻るぞ!」


「そんなぁ」


 マレイは大きく迂回するように酒場の近くまで戻ってくると、自分の馬と戯れる男の姿に気がつき足を止め、男もまた二人に気がつき笑顔で手を振った。


「ようお二人さん!」


「冗談だろ」


「あれって、さっきのあの人ですよね」


 マレイはルピを背から下ろすと、いつでもナイフを取り出せるように袖に手を添えながら一人近づいていく。


「なんだよ折角助けてやったってのにそう警戒することもないだろ」


「じゃあ、やっぱりお前あの人数の狩人を」


「ああ殺ったよ」


 男は当然といった態度で軽く言ってのける。


「お前一体」


「なに、今はしがない旅の男さ。それよりメイドさんよ、女二人があれだけの人数に追いかけまわされるなんてただ事じゃないよな」


「お前には関係ないだろ」


「そりゃそう。だが職業柄迷える者達に手を差しのべたくなるんだからしょうがない。もし困ってることがあるなら遠慮なく頼るといい。しばらくはログレンの教会にいるからさ」


「教会?!」


 思いがけない言葉にマレイは目を見開く。


「お前じゃあ、教会の人間てこと」


「まあね」


 この瞬間あれだけの人数を相手にしてなぜ彼が生き残れたのかマレイは全てを察した。


「ああ、そういやまだ名乗ってなかったな。俺はバーン、あんたは?」


 にこやかに差し出された手を、マレイは恐る恐る握り返す。


「あ、え~と、ユ、ユーインと言いましてよ。オホホ」


「ユーインさんか。宜しく」


「折角助けていただいて申し訳ないのですけど、わたくし達先を急ぎますので、いずれまたお礼をさせてくださいな」


 しどろもどろになりながら、マレイは少しはなれた場所にいるルピを手まねく。


「いやお礼なんて、教会の人間として当然のことをしたまでだから。しかしあんた急に口調が」


「き、気のせいですわ。ほら、早く行きましてよ」


 ルピが下手なことを口走らないうちに、無理矢理手を引いて荷台に押し込む。


「ちょ、マレイさん痛いですよどうしたんですか急に」


「あらお嬢様、わたくしの名前をお忘れで? いいから早く乗れって」


 と、小声でルピに迫り荷台に押し上げると、自らも足早に手綱を手にする。


「それではごきげんよう」


「ああ。何かあったら遠慮なく来てくれていいからなぁ!」


 マレイは彼の姿が見えなくなるまで貼り付いた笑顔で馬車を走らせた。

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