第22話 お尋ね者
その後、七人目を倒したところでようやく敵の一団は諦め撤退していき、町に着く頃には飛んできた矢や剣に切り付けられ荷台は半壊していた。
荷台を引く馬も無茶な走りをさせられ口から泡を吹き出しており、途中で力尽きなかったのが不思議なくらいな有り様である。
「あーーー!! ようやく着いたぁ!」
「マレイさん私水、水がほしいです」
追手を振り切り緊張の糸が切れた二人は人の目も憚らずに疲労に声を上げる。全身は汗で濡れマレイに至ってはどこで傷つけたのか、手の甲から血を垂らしている始末である。
だが、等の本人はまだ興奮さめやら無いと言った様子で、手の傷に先に気がついたのはルピであった。
「あ、血が」
もう驚く気力も無いと言った具合にぐったりとした視線をマレイに向ける。
「あ、ああホントだ。悪い鞄から包帯だしてくれ」
マレイは包帯を受け取ると手綱を口で挟み慣れた手つきで巻き付け始める。
「ほいあえふあっふぉいふぁいるふぁ」
「縄咥えたまましゃべらないでくださいよ」
萎びた二人と一頭は酒場の前に停まると、柵に縄をくくりつる。
「今お水貰ってきてあげるからね」
ルピは馬の顔を優しく撫でて話しかけ、それに呼応するように短い嘶きが漏れでる。
酒場に入るといつも通りの喧騒が広がっており、マレイはどこか懐かしさを感じていた。
カウンターに立つ店主の男は萎れたような二人を見るなりコップに水を注ぎ始めた。
二人は有無を言わさずカウンターに付くと、勢い良く喉に水を流し込んでいく。
その飲みっぷりに店主もカウンターにいる客も
「ぐぁぁ! 生き返るぅ!」
「お水がこんなに美味しいと感じたの初めてですよ」
束の間の休息に笑みがこぼれる。
「おじさん、馬にもお水を飲ませたいんですけど」
「あ、ああ、それなら表のバケツに水を汲んでやるといい。すぐ近くに井戸があるから」
店主は時折マレイに視線を移しながら、落ち着かない様子で答える。
「よくまあ馬を気にかけるだけの気力があるもんだ」
「あはは、私は別に戦って無いですし。馬のことは私に任せてマレイさんはここで休んでて下さい」
「そうさせて貰うよ」
ルピは一人酒場を後にして、軒先で木組みのバケツを拾うと井戸を探し始めた。
相変わらず店主はマレイを気にかける素振りを見せるが、疲れからか本人はその事に気がつかないまま、カウンターに体重を預けぼうっとたまたま視界に入った酒瓶を見つめている。
すると、一人になったのを見計らったように隣の男が話し掛けてきた。
「ようメイドさん。随分お疲れの様子じゃないか」
「ああ? あー、まあな」
普段なら見ず知らずの輩の話など無視している彼女であったが、疲れのあまりに口が軽くなっていた。
「ま、色々あんのよ。色々。誰だってあんな人数相手にすればこうもなるさ」
「そうかい。理由は知らないが同情するぜ」
「そりゃどうも」
「心の底からな」
何かを察知したのか、それまで所在無さげな様子であった店主がいきなり二人の間を割るようにカウンターに身を乗り出してきた。
「なぁメイドさん。そろそろ連れのところに行ってやった方がいいんじゃないか」
「あ? なんだよ急に。別にあんたには関係ないだろ」
「そりゃまあそんなんだが。とにかく店から出た方が」
マレイと話していた男が急にジョッキをカウンターに叩きつける。
「おっさんよぉあんまり下手なことは言わない方がいいぜ」
店主は怯えた表情でそのまま店の奥へと姿を隠してしまった。
「なんだったんだあいつ。ん?」
掲示板に貼られている一枚の依頼がマレイの目に止まり、おもむろに席を立つ。
そのまま掲示板前まで行くと、その依頼書を乱暴に引き剥がした。
「青い髪のメイド......仕止めた者に五千......て、これって」
と、座っていた狩人達がぞろぞろと立ち上がり武器を手に取り、何人かはその異常な雰囲気を前に急いで店を出ていく。
マレイも背中越しに殺気を感じとり、うんざりした様子で鼻から長く息を吹き出す。
「たく、そう言うことかよ」
袖からナイフを一本手に取り狩人達に向き直ると、カウンターの男が席を飛び降り狩人達を掻き分けマレイの前に立った。
「そう言うことだ。悪く思うなよメイド」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
「野郎共やっちまえ!!」
男の合図を皮切りに狩人達が一斉に彼女に襲いかかった。
「ほーらたくさん飲んでいいからね」
馬は目の前に置かれたバケツに入った水を一心不乱に飲み込んでいく。
それを嬉しそうに眺めながら、ルピは馬の体に触れた。
「すごい、まだ心臓がバクバク動いてる。ごめんね私達のせいで」
ルピは溜まっている疲労を空へ吐き出すようにため息をつく。
「私達このままでいいのかな。何て言うかどんどん悪い方向に行ってるような。復讐なんてやっぱりするべきじゃないのかな」
バケツに顔を突っ込んだままの馬の前にしゃがみこむ。
「お前はどう思う?」
当然馬が人の言葉を話すわけもなく、ただひたすらに水を飲むばかりである。
「はぁ、分かるわけ無いか。いいねお前は悩みなんか無さそうで。ただひたすら荷車を引いてればいいもんね」
すると、馬は顔を持ち上げ意味ありげに短く鳴いた。
「あ、え、ごめんごめん。馬って人の言葉分からないよね......」
だが、その視線が自分に向けられたものではなくその背後の酒場に向けられていることに気がつき、ルピも一緒になってその方向に目を向ける。
「何かあるの?」
少しの間見続けるも、特に代わり映えの無い光景にまた視線を馬に戻す。
「はぁ、私何してんだろ」
突然酒場で大きな音が聞こえ、それに驚いた馬が嘶き前足を上げルピは尻餅をつき身を強ばらせる。
「え、え、なになになに」
驚く馬と自分の背後に視線を交互させ、その間に酒場から一人の男が文字通り飛び出し背中から地面に叩きつけられる。
「ええ?!」
驚嘆の声を上げたのも束の間、続けざまに酒場からマレイが飛び出してくるとルピの元に走ってくる。
「マレイさん一体なにご、うわ!」
と、すれ違いざまにマレイに持ち上げられるといつの間にかおんぶの姿勢を取っていた。
「なんなんですか一体!」
「賞金首だ!」
「誰が?」
「私達だよ!」
「ええ?!」
ルピが後ろに目を向けると、酒場から次々に武器を手にした狩人が飛び出しマレイ達の姿を見つけると、怒号を口にしながら走って向かって来ているのが見えた。
「落ちるなよ!」
ルピが返事をする間もなくマレイは彼女をおぶって走り出す。
「もーなんでこうなるのー!」
「嘆いたって仕方ないだろ!」
逃げる二人を追いかけるように無数の矢が回りを掠め地面やら民家の壁やらに突き刺さる。
「やばいですよ! 当たっちゃいますって!」
「うるせい! なんとかする!」
「なんとかって」
町民達は異変に気がつく間もなく、目の前をマレイ達が走り去っていき後から飛んでくる矢やら血相を変えた狩人達に気がつきようやく物陰に身を隠す。
そんな調子なので、昼間の町は人でごった返しておりマレイは思うように道を進めないでいる。
「どけどけどけ! 死にたくなきゃ道開けろ!」
マレイの声にどよめく町民達であるがわざわざ口汚い彼女のために隅による人はそう多くはない。
無理矢理に人の間を縫うように走っていくのご功を奏して、ボウガンを構えた狩人達は巻き添えを恐れて矢を放てないでいる。
「なにやってる! 逃げられるぞ!」
攻め手を失くした狩人達に先導役の男が業を煮やす。
「しかし、こうも人が多くっちゃ」
「なに心配するな。あの男の言う通りなら神のお目こぼしがある筈だ。いいからやれ!」
狩人達は横並び一線にボウガンを構え直すと一斉に矢を放ち、何も知らない町民達が次々に苦痛に倒れていく。
そうなってからは早かった。マレイの声よりも速く恐怖は伝播していき人々が狂ったように逃げ出し始めた。
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