第21話 襲撃

「とにかく全ては君の話を聞いてからだ。掛けなさい」


 クライアインは最前列に腰掛けると、神父もまたその隣に座る。


「なに難しい話じゃない。俺はあんたらも世話になってるスタウター家のボンボンの使いさ」


 その名前が出た途端、それまで柔和な表情であった神父の顔が固くなる。


「......それで?」


「あれが殺っちまった女に娘が居ただろ。それが復讐のために狩人を一人雇ったんだがそいつがまた厄介な相手で少々手を焼いてんだ。で、俺はこれからそいつの首に懸賞金をかける」


「それはまた、天の声を届ける者としては聞き捨てならない話だ」


「そりゃそうだろうな。だがあの話は娘に金を渡してそれで終わってるんだ。それを今更蒸し返されたって筋が通らないと思わないか?」


「だが、少女の怒りは当然であろう」


「そうだろうな。まあ何とは言わないがスタウターは恵まれない子供達を思ってあんたら教会に支援を行ってる。そんな心神深いスタウター家のためを思うなら少しの間だけで良いから俺のやりやすいようにして欲しい。分かるだろ」


 俗物的な笑みを浮かべながら神父に手を差し出す。


「あと、この件とは関係ないがスタウター家は追加支援の用意があるそうだ」


 差し出された手を神父はじっと見つめる。だが、それに応えることはせず席を立ち上がると壁に掛けられた使の絵に向き合う。


「残念だが、教会としてはこれから行われる惨事を見過ごすことは出来ん」


 彼の答えにクライアインはため息をつき椅子から立ち上がろうとするも、続く彼の言葉に思い留まる。


「だが、何人たりとも身に降りかかる火の粉は振り払わねば火にのまれてしまう。それは仕方のないことであり、いくら教会と言えど自然の摂理とも言えるその行動に口を挟むほど愚かではない」


 ただ一言「分かった」と言えばいいところを、偉そうに回りくどい言葉で飾り立てられクライアインの口が歪む。


「そうだなその通りだな。方法はなんであれ火の粉は振り払わないといけない。とにかく、俺は青い髪のメイドと言う火の粉を振り払うからそこんとこ頼むよ」


「私は今日も明日もそれ以降も教会で祈りを捧げ、迷える者の声を聞くだけだ。外で何があろうと私の預かるところではない」


「そいつはよかった」


 彼はこの手のまどろっこしい相手と話が得意ではないため、早々に席を立ち出口へと向かっていく。


「折角教会に足を運ばれたんだ。祈りの一つでも捧げたらどうだね」


「あいにく信じられるのは自分だけなんでね。遠慮しとくよ」


「なら、もし己が身を信ずることが出来なくなったその時は、また足を運ぶが良い」


 彼は一瞬立ち止まるも、すぐに足を進め後ろ手に手を振って教会から出ていった。


「これだから坊さんは嫌いなんだ。はぁ、こうなったら親父さんに報告しないわけにいかないよなぁ」


 苛立ちに任せ道端の小石を蹴飛ばす。


 彼はスタウター家を目指し馬を走らせた。


 木漏れ日に照らされる林道を一両の馬車が息を切らしながら出鱈目な速さで走っていく。


「マレイさん! ちょっ、マレイさん! もっとゆっくり!」


 激しい揺れの中必死になってルピが荷台にしがみついている。


「うるせぇ! 黙ってねぇと舌噛むぞ! それにこんな状況で」


 声を荒らげるマレイの横を矢が掠める。


 真後ろに二頭の馬が迫り、馬上の狩人がボウガンに次の矢を装填している。


 人を乗せているだけの馬と、幌車を引いている馬とでは速度の差は歴然でありどんどん追手との距離が縮まっていく。


「このままじゃ追い付かれちゃいますよぉ! もっと早く早く!」


「速度落とせったり早めろったりいいから黙ってろ!」


 そのまま怒りに任せて後ろを振り返ると、馬上に二人の狩人を乗せた一頭が幌車のすぐ後ろに迫っていた。


「うわ、わ!わ!」


「くそ! おいルピ! 手綱握れ!」


「私やったことないですよ! ぎゃあ!」


 縮こまるルピのすぐ足元に矢が突き刺さる。


「はやくしろ!」


「もー!」


 ルピは泣きながら這ってマレイの元まで行くと、彼女に引き上げられるようにして座席につく。


「しっかり握ってろ」


「わぁムリムリムリムリ!」


 叫ぶ彼女を尻目に、ナイフを手にして荷台の後ろまで足を進める。


 と、真後ろについていた馬から男が一人身をのりだして荷台に足を掛け乗り込んでくる。


「大人しく死んでくれねえか」


「あいにく大人しくするのは苦手でね」


「だったら、今すぐその命ごと止めてやるよ!」


 狩人は斧を両手で握り大きく振り上げると、幌車の天布が破れるのもお構いなしに彼女に向かって振り下ろす。


 それを間一髪のところで後ろに下がり避けると、荷台に突き刺さった斧の柄を踏みつけ男の顔面に膝をめり込ませる。


 苦痛に悶えよろめくと揺れる馬車に足を取られその場に倒れ込み、マレイはすかさず顔面にナイフを突き立てる。


 一息つく間も無く顔を上げると自分に向けられているボウガンと目が合い、飛んできた矢を寸でのところで体を捻って避ける。


「ああくそ! 舐めんじゃねぇ!」


 突き刺さったままの斧を引き抜き、その勢いのままに男に向かって投げつける。


 斧は回転を伴って飛んでいくと、見事刃が額をかち割り男は力なく馬に覆い被さり体勢を崩して地面に転げ落ちた。


「あと一人、あと一人はどこだ!」


 荷台から顔を出して後ろを見渡すも、先程までそこにいた狩人の姿が見当たらない。


「うわあぁぁ!」


 ルピの悲鳴が聞こえ、荷台から身をのりだし前方を確認するとルピの真横に最後の一頭が貼り付いていた。


 だが、相手もマレイの姿に気がつくと外の二人が倒されたことを察したのか、馬の速度を緩めて徐々に後ろに下がっていった。


「どうしたんでしょうか」


「流石に諦めたんだろ。どちらにしろ今のうちに林道を抜けるぞ。もうすぐ平原に出られるはずだ」


 ルピから手綱を引き受けると、急かすように鞭を打ち付け林道の終わりを目指す。


 それからすぐに開けた土地を視界が捉え二人は安堵したのも束の間、林道に笛の音が響き渡り緊張が走る。


「何ですか今の音?!」


「知るかよ! とにかく気を引き締めろ!」


 馬車はそのままの速度で林道を飛び出し続く平原の道を走っていく。


 その姿を見下ろす者達が居た。


 マレイも視界の隅に何かを捉え向かって右にある小高い丘に目を向ける。


「ああ、くそ、やりやがったなやりやがったな!」


 そこには並び立つ騎乗する五人の狩人達の姿があった。


 一人の男が甲高い音で笛を吹き、それを合図に馬車に向かって一斉に馬を走らせる。


 だが、それで終わりではなかった。


 身構える彼女の左頬を何かが掠め、視線を移すと左後方から迫る五人の狩人が居た。


 彼らは二人を射掛けんとボウガンを構え、右の五人は突き殺さんと剣を構え突撃してくる。


「マレイさん......! 敵があんなに」


 ルピは恐怖に震えマレイの体にしがみつく。


「下がってろ! 良いと言うまでじっとしてろ」


 転がるようにしてルピは荷台に隠れると、マレイは十人を相手にするには心許ない短いナイフを手に取る。


 狩人の一人が馬車の右側に取り付つくとマレイに向けて剣を振り下ろした。それを短い刃と柄で挟むように受け止めると、馬をぶつけて相手の体勢を崩す。


「まず一人!」


 言葉と共に放たれたナイフが男の体に突き刺さり、仰け反るようにして落ちていく。


「ルピ! ボウガンだ! ボウガンを寄越せ!」


「ボ、ボウガンて、そんなのどこにも」


「そこで転がってる奴が持ってるだろ!」


「転がってるって、ええ?!」


 荷台で死んでいる男の背からボウガンがはみ出ているのが見える。


「あーうー......もう!」


 男の下敷きになっているボウガンを恐る恐る引っ張るが、大の男の死体は想像以上に重くのし掛かっており少女の腕の力だけでは取れそうにはない。


 ルピは泣き言を漏らしながら荷台に背を付け足を使って男の体をひっくり返す。


「うげぇ。マレイさん取れました~......」


 ルピにボウガンと矢を手渡され、マレイは手綱を口で咥え矢を装填する。


 と、左から狙う矢を避けるために馬車を蛇行させ、ルピはその衝撃で転がってきた死体の下敷きになってしまう。


「嫌ーーー! マレイさぁん!」


「黙ってろ!」


 マレイはわざと馬車の速度を落とすと、手綱を握る左腕にボウガンを乗せて真横に構え、狩人が横に並んだ瞬間に矢を放った。


「来いよ! 全員ぶっ殺してやる!」

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