第19話 激昂
グースでの失敗を報告するためにクライアインは領主の息子と対峙していた。
「おまっお前ぇ! ふざけるなよ!! こんなことがあってたまるか!!」
怒り狂った男の手によって机上の本やらペン立てやらが宙を舞い地面に散らばる。
「俺も申し訳ないと思ってますよほんと」
クライアインは精一杯の申し訳なさを演じるが、滲み出る開き直った態度が男を更に激怒させる。
「女一人殺れずにノコノコ帰ってきた癖になんだその態度は!」
「態度が気に入らないってンなら土下座でも何でもしますけど」
「馬鹿にするのもいい加減にしろよ......! お前に土下座されたところで俺のこの不安が解消されるか? ん? 違うだろうが!!」
浴びせられる怒号にクライアインは目を瞑って耐える。
「まあ幸い雇った男どもに金はまだ渡してなかったですし、これに追加の軍資金でなんおかしましょうよ。ね?」
「お前などもう信じられるか! 父が腕利きの男を一人付けると言っていたがそれがまさかお前みたいな奴だとは、俺にはもう父の考えていることが分からない......」
顔を真っ赤にしながら今にも泣き出しそうな情けない声をあげる男に、彼も少し気の毒になってくる。
「まあ、なんです。俺が言うのもアレですけどまだやりようはいくらでもありますから」
「いい、もう俺は一人なんだ......」
涙を隠すように机に伏せる男は、力無く声を出す。
「そんなこと言わないで、俺だって坊っちゃんに死なれたら困るんですから」
「それは親父が怖いからだろ!」
「坊っちゃんに情が移ったなんて下手な嘘は言いませんけど、俺だって女一人から主を守れなかったなんて評判がたてば仕事が取れなくなるんです。他に手を考える余裕も無いでしょうしここは俺に任せて貰えませんかね」
「俺だってお前に情を掛けられたって嬉しくはないからそれはいい。いいとして、本当に今度は大丈夫なんだろうな」
「ぶっちゃけると五分五分てとこですかね」
「それじゃ駄目じゃないか!」
「まぁ話だけでも聞いてくださいよ。別にまだ無駄とは決まったわけじゃないんですし」
男は右手で握り拳を作り机に打ち付けるか付けないかのところで拳を開放すると、一つ大きく息を吸った。
「分かった話せ」
「近隣の町や村に女の手配書を配ります。いつ襲われるか分からない状況であれば、いくら腕の立つ相手とは言え無事じゃすまんでしょう」
彼の提案に男は一瞬明るい表情を見せるがすぐにいつものしかめっ面に戻る。
「それだと殺しの依頼をしているのが大々的にバレるじゃないか。教会に目をつけられたら終わりなんだぞ!」
「あのですねぇ何のために親父さんが教会に多額の寄付をしてると思ってるんですか。親父さんの名前と幾らか神父に握らせればこの辺りでの出来事は目を瞑ってくれるでしょうよ。それに、馬鹿正直に殺しの理由を教えなくたって適当に此方に理があるように話をでっち上げりゃ教会だって下手なことは言ってこないはずです。どうです?」
それでも納得がいかないのか、男が指で机を叩く音だけが部屋に響く。
「......正直それが駄目だってんならどうしようも無いんですがね」
「なぜ、お前はそうまでして自分の手を汚すことを嫌がる」
思いもよらない質問に、彼は目をパチクリさせその場で固まる。
「なぜってそりゃ」
「お前さては自分の腕に自信が無いんだろ」
「いやそう言う訳じゃ。俺はただ」
「ならなんだ!」
クライアインは渋い顔で自分の顎髭を擦りながら上手い言い訳を考えるが、ついに意を決して男に向き合った。
「なら言いますけど、正直今回の件は気が進まないんですよ。原因を作ったのはアンタなのに娘までぶっ殺せってのはねぇ」
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
「承知の上ですよ。親父さんには良くしてもらったからアンタの世話だって見ますけどね、仕事だって割りきってますから」
「もういい分かった聞きたくない。今すぐお前は荷物をまとめて消えろ」
激昂を通り越して冷静になったのか男は妙に落ち着いて彼を突き放した。
だが、クライアインにはクライアインなりの意地とプライドがあり男の態度はそれを刺激してしまったようで、彼の目が鋭く光った。
「お前さんよなんか勘違いしてないか」
「話し終わったはずだが?」
「いいや終わっちゃいねぇ。いいか良く聞け。俺の雇い主はお前じゃない。お前は黙って俺に守られてりゃいいんだよ」
「な、何様のつもりだ! 今の言葉父にも伝え」
彼に指を向けて激怒する男を、クライアインは胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「お前は親の傘に守られてるただのガキだ。一端に人に指図出来た立場じゃねえんだよ」
彼は帽子の隙間から男を睨み付ける。
「だが、俺は領主の息子で」
「だからどうした。農婦殺して犯して親に泣きついた大馬鹿野郎は素直にそのまま親の言うこと聞いて守られてりゃいいんだよ! いいか二度と俺に指図するな。俺はお前を勝手に守るしお前はじっとこの部屋で縮こまってりゃいいんだよ。わかったな!」
怯えきった男が二度と頷いたのを確認すると、彼は男から手を離した。
「それじゃ予定通り俺は教会へ行って手配書回してきますから」
その場にヘタレ込む男を尻目に彼は部屋を出た。
「どうしてあの親父さんからあんな息子が出来上がるかね」
廊下で待っていた部下の一人にクライアインは口をこぼした。
「まぁ良き経営者であっても良き父親になれるとは限りませんから」
「そう言うもんかね」
「そう言うものです」
あまりにまじめな顔をして言うものだから、彼は妙に納得してしまい部下の肩を叩いた。
「それじゃ俺はこれからまた出るから、あの利かん坊のお守りは任せた」
「分かりました。しかし、あれも気の毒な男です」
「そうか? 俺には自業自得にしか思えないが」
「そっちじゃないですよ。幼少に母親を亡くしてそれからは多忙な経営者の父の手で育てられた訳ですから、色々と察しますよ」
「だからってなぁ人を殺しちゃ駄目でしょ」
「それを我々が言いますか」
「それもそうか」
彼は笑いながら後ろ手に手を振ってその場を後にした。
一方でマレイ達二人はようやく男四人を墓穴に納めたところで朝を向かえていた。
「たく弱いくせに図体ばっかりでかくて仕方ないな」
「こんな粗雑に埋めちゃって良いんでしょうか」
無造作に彼らの体に土が積まれていく様を見ながら、少し申し訳なさそうにルピは言った。
「埋めてもらえるだけましってもんだよ。狩人なんか魔物に食われて骨になるのが関の山なんだからな」
被せた土をシャベルの甲で固めると、彼女は額に流れる汗を腕で拭った。
戦闘でも汚れ一つ付かなかった白い前掛けは土にまみれて薄汚れていた。
「一休みしたら洗わなきゃなこれ」
「そうですね。私もなんかホッとしたら眠くなってきました」
そう言って大きく口を開けてあくびをする。
上った朝日が村に長い影を作りだす。
家に戻る道中、村人達の姿はあったが皆近づくと顔をそらしてその場から立ち去ってしまう。
「あいつら馬鹿に大声出してたからなぁ」
冷たい村人達の態度にルピは堪えてはいないかと、チラとマレイは横に目を向ける。
「まあこんなもんですよ。所詮その程度ですから」
「それもそうだな」
人の死ぬのを見すぎたのか、親の死の悲劇が彼女をある種強くしてしまったのかはマレイには分からなかったが、顔色一つ変えないルピをマレイは少しだけ気の毒に思ってしまった。
家の前まで来ると、玄関先に見知った人影が見え二人は身構えた。
「そう怖い顔をせんでくれ」
「こんな朝っぱらから何のようだよ村長さんよ」
マレイは二人の間に立ち村長を睨み付けた。
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