第17話 狩人

「おーおー見てみろ、来やがったぜ」


 二階の窓から半身だけ覗かせマレイは外を見張っていると、家から真っ直ぐ延びている道をタバコの火がユラユラと揺らめきながら近づいてくるのが見えた。


「マ、マ、マレイさんどどどどうしましょう」


 マレイの後ろではルピがベッドの前を行ったり来たりを繰り返し落ち着かない様子である。


「ちょっとは落ち着けよ。殺んのは私なんだからお前が緊張したってしょうがないだろ」


「だってでも~」


 真っ暗な部屋で、ルピの泣きそうな顔がうっすら照らし出される。


「なんならベッドで寝てりゃ朝になったら全部終わってるさ。それともなにか、私が信用できないか」


「そうは言ってないですけど、あーどうしよやっ、やっぱり私も武器を持ってた方が」


「それこそよしとけ。丸腰の方が狙われずに済む。お、奴ら家の前まで来たぞ」


「え、えっえ!」


 ルピの呼吸が次第に早くなり、荒くなったと思うと苦しそうに呻き始め上手く呼吸が出来なくなっていた。


 マレイはそれに気がつくと苦しむ彼女を正面から抱擁して優しく頭をなで始める。


「ばっか、こんなんで死んだら洒落にならないぜ。全部私に任せとけば大丈夫だから、な? ほら私が呼吸するのに合わせて」


 彼女のゆっくりと繰り返される深呼吸に合わせるようにルピも息をする。


 少しして呼吸が落ち着いてくるとマレイは彼女から離れようとするが、彼女が力強くマレイの服を掴んで離そうとしない。


「マレイさん本当に大丈夫なんですよね」


「大丈夫だって」


「でも、万が一マレイさんが倒されちゃったら、そんなの私」


 次の言葉は彼女の泣き声にかき消された。


「親の仇を取るまで泣かないんじゃなかったのかよ。ほら、涙ふいて」


「うぅ......」


 が、二人を引き離すように玄関の扉が強く打ち付けられる音が響き、マレイの目の色が変わる。


 マレイは屈んで彼女の涙を拭うと、口の前に人差し指を立てて静かにするように促す。


 ルピは体の震えるのを必死に抑えながらマレイに言われるがまま身を隠した。


 家の前では男の一人が木槌を手に扉へ力任せに打ち付けていた。


「あーあ、この時間まで待った意味がねぇじゃねえか。あれじゃこれから襲いますよって宣言してる様なもんだぜ。これだから素人は......」


 その様子を双眼鏡越しに見ていたクライアインがぼやく。


「おいまだ開かねえか」


「待ってろもうちょいだ!っと!」


 木槌がぶつかる度に木製の扉が強く震え、徐々に歪み始める。


「こいつで、最後ぉ!」


 男の掛け声と共に扉が家の中へ飛び込む。


 玄関前で息を切らす男を尻目に残りの三人が今更ながらに足を忍ばせ、扉を踏みつけながら中へ入っていく。


「さて、ここからが本番だ。頼むぜ狩人さん達よ」


 屋根の上でクライアインが息をのむ。


 室内で振り回すには少々大きすぎる剣を手に、先頭の男がリビングスから台所へ進んでいく。


 その後ろを二人が続き、一人はゆっくりと階段を上っていく。


 徐々に大きくなる足音に、ルピは震え声が出そうなのを必死に手で口を塞ぎ堪える。


 男は階段を上りきると、ベッドに目を向けゆっくりと足を延ばす。


「さて、悪いメイドはどこに隠れたかな」


 男がボソリと呟くと、ルピの心臓が跳ね上がる。


 不自然に盛り上がったベッド、その横に男は立ち腰の得物を引き抜くと両手で掴み大きく振り上げた。


 その時、頭上で音が聞こえ男が顔を上げると、天井から覗く二つの瞳と目があった。


「うおぁぁぁぁぁ!」


 男の叫びが家中に響き渡り、それは外まで漏れ出てクライアインの耳にも届いた。


 叫び声に一瞬他の三人の体が固まるが、すぐに一人が階段へと向かう。


 上を見ると人のシルエットが浮かび上がり、そのまま勢いよく男に向かって飛んできた。


 不意を突かれ、階段下で男はそれに覆われるように潰されると、それが見慣れた狩人の事切れた体であることに気がついた。


 首からは止めどなく血が溢れ、男の体に降り注ぐ。


「くっそ! 一人殺られた! 上だ上!」


 男はそう叫びながら重くのし掛かる死体を引き剥がそうとする。


 と、階段の上に誰かが立っているのが死体の肩越しに見えたかと思うと、次の瞬間には脳天に刃が突き刺さっていた。


「へ」


 間抜けな声を上げその場に倒れ、積み重なった死体が出来上がる。


 瞬きする間に二人の仲間を失い、一階を見て回っていた男が狂ったように声を上げる。


「くそ! 舐めた真似しやがってどこだ出てこい!! ぶち殺してやる!」


「何てこったこいつぁ」


 遅れて家に入ろうとした男がすでに亡き者となった二人を前に狼狽えると、中の男が家に入るなと声をかける。


「無闇にそれに近づくな! 奴がどこかでねらってやがる」


 男は剣を構え、ゆっくりとリビングに戻ると部屋の真ん中で剣を構え陣取る。


「おらぁ! どうした出てこい! それともなにか? 正面からは戦えない臆病者か?!」


 男の叫びに答える者は居ない。


 男にとっては永遠に感じるほどの短い静寂が訪れ、目だけを動かし辺りを見渡す。


 もう一人は中で何が起きているのか分からずただ呆然と立ち尽くすばかりである。


 悲痛な叫び声と家の前で狼狽える男の姿がその異様な状況を遠くで見ているクライアインに伝える。


「あいつら何にそんなに手こずってやがんだ。やっぱ頭数だけ揃えた飲んだくれになんか頼るもんじゃねえな」


 彼は苛立っていた。


 ほんの少しの静寂の後、階段が軋む音が聞こえ始め、男は息をのんでその先を凝視する。


 ギシギシとまるで獲物を追い詰めるように近づく音がある瞬間にピタッと止まり、男の目に階段で揺れるスカートが映る。


 それから男の叫ぶ声と一つ二つ大きな音が立ち後は延々と静かなままであった。


 叫び声に戦意も無くしてしまった最後の一人がどうしようも無くなってただただ家の前に立っていると、玄関先で何かが動いたような気がして頼りなく木槌を構える。


「だ、だ、誰だ! そこにいるんだろ!」


 返答は無く、風の流れる音と共に運ばれくる血の臭いが男の恐怖を駆り立て、僅かな光を雲が隠し辺りはより一層暗くなる。


「誰かいるんだろ?」


 覇気の無い声が漏れ出る。


 と、雲が流れ僅かな光が家の入り口に差し込む。


「お、う、おわぁぁぁぁ!」


 まるで怪物でも目にしたかのように、男は手にした武器を落とすと一心不乱にその場から逃げ出す。


 しかし、一筋の光が玄関から飛び出しそれが男の足を捉えるとその場に顔面から倒れてしまった。


「あぁ足が足が!」


 泣き叫ぶ無様な男の姿がクライアインの目に飛び込んでくる。


「何が起こってやがる」


 クライアインが呟くと、メイド姿の一人の少女が夜空に照らされ淡い影を地面に落としながら、家からゆっくりと姿を現し最後の一人へと向かっていく。


「嫌だ! 来るな! 助けてくれ!」


 叫び許しを乞い、それが無駄だと悟ると男は腕を使って必死に地を這う。


「誰か......、見てるんだろ?! 助けてくれ!」


 どこにいるかも分からないクライアインに対して助けを求める。


 マレイは男の後ろに立つと、左足に刺さったナイフを踏みつける。


「あがぁぉぉあ!」


 情けない悲鳴がこだまする。


 マレイは一つナイフを手に取ると、背に馬乗りになって男の髪を掴み引っ張り上げ喉元に刃を突き付ける。


「ひゃ、やだ! 頼むよ!」


「誰に雇われた」


「言う! 言うから! 離してくれ!」


「だめだ。今言えすぐ言え。さもなきゃこのまま首を落とす」


「分かった分かったから! 俺達はただクライアインとか言う男に雇われただけだ!」


「どこで」


「ロ、ログレンの町だ! そこの酒場で声を掛けられたんだ! これ以上は何も知らないんだ助けてくれ!」


「ログレンねぇ。ありがとよ」


 彼女は男に馬乗りになると喉に刃を突き立てゆっくりと滑らせるようにめり込ませ、ブツと音を立て肉が切り開かれていく。


「ごっ、な、なんでぅ」


 男は最後の力を振り絞り、まるで溺れて助けを求めるように手を彼女の体に打ち付けるが、グッグッグと男の口から声と血が漏れ出て次第にその動きも弱まっていったかと思うと、ハタと力を失い最後はただ血が溢れるだけになり終わりを迎えた。


 血に染まったナイフをマレイは男の服に押し付けると丁寧に拭き取り、スッと顔を上げ見えるはずもないクライアインのいる方向に目を向けた。


 双眼鏡越しにマレイと目が合い、彼は咄嗟にその場に伏せる。


「あいつ見えて、いやまさか」


 彼がもう一度双眼鏡を構えたときには、すでに彼女の姿は無くなっていた。

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