第16話 粛々と確実に
昼間でも日の差さない深い森の中、少女が力無く地に伏し魔物に貪られている。
つい先程まで自分の手を握ってついて歩いていた妹が、少しずつ魔物の腹に収まっていく。
その光景を彼は必死に木の影に隠れ震えながら見ている他無かった。
「どうしたクライアイン」
客間に佇みぼうっと天井を見上げる彼の横に村長が立っていた。
「......あぁじいさん、いやなんでも」
そう話す彼のどこか影を落としたような雰囲気に村長は言葉にはならない苦い感情を覚えた。
「何かあったなら正直に話せ。計画に支障が出ては困る」
「いやなに、別に問題はないさ。そう、問題は」
「......なら良いが、隠し事はやめとくれよ」
「ああ」
彼はまたじっと自分の右手を見つめると、ぐっと拳を握りしめた。
マレイもルピも、狩人達が村に入ってきた夜にその存在に気がついていた。
正確に言えばマレイが気がついたのだが、村に入ってきた五人の内、四人を引き連れるようにして前を歩く男に彼女は妙な感覚を抱いていた。
あれは他の四人とは何かが違う。そう直感した彼女はすぐさま素性を探ろうとしたが、それに待ったをかけたのは他でもないルピであった。
「マレイさんはその格好を見られたらすぐにバレちゃうでしょ」
そう言って、早朝に彼が一人になったところを見計らって彼女は声をかけたのだった。
だが、彼女の目的は素性を探ると言うより、自らの存在を知らしめることにあった。
「で、どんな男だったよ」
家に戻った二人は部屋を回りながらクライアインについて話を始めた。
「別に、だから普通の人でしたよ」
「それじゃあ困るんだが......。しっかしよくあんな危ない橋を渡る気になったなぁ」
「なんか、あの人は他の狩人さん達と比べてそんなに怖そうに見えなかったですし」
「これから殺しに来る相手だってのに?」
「それはそうですけど、て、さっきから何してるんですか」
話ながら天井をホウキでつつく彼女にルピは疑問を呈する。
「いやー、もしかしたら出掛けてる間に誰か潜んでたりと思って」
「いるんですか?!」
ルピが驚き天井に目を向けると何かが走り回る音が聞こえた。
「マ、マレイさんいます! 誰かいますよ!」
「落ち着けって」
マレイは天板をホウキでずらして椅子を使って中を覗き込もうとすると、一匹のネズミが顔面に向かって跳んできた。
「うわ!」
驚いた拍子に椅子から転げ落ちると、盛大に頭をぶつける。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、とりあえず誰も居なかったみたいだな」
マレイは頭を押さえながら立ち上がると、顔を洗いに一階へと降りていった。
「ま、奴らが仕掛けてくるとしたら今夜だろうからそれまではのんびり過ごしてなよ」
「今夜って、分かってるならさっさと逃げましょうよ!」
「逃げてどうすんだよ」
ルピから手渡されたタオルで顔を拭きながら答える。
「でも、敵が来るって分かってるなら何かしないと」
「まあ心配すんなよ。それに、敵が来るって分かってるならここで待ち構えてた方が何かと都合が良いしな」
「そうなんですか?」
「そりゃそう。良く考えてみろ、外に逃げ森かなんかで囲われるより、玄関かもしくはそこの窓から敵が侵入してくるのが分かってる方が対策しやすいだろ」
「そう言うものなんですか? なんか、広い方が戦い易いような」
「なに、戦い難いのはお互い様さ。制限された空間の方が私にとっては都合がいい」
「まあマレイさんの方がそう言うのは得意ですし任せますけど、もし何かあれば私も戦いますから!」
ルピはホウキを手に取るとそれを思いっきり振り回して、敵を切るような格好を見せる。
が、調子にのって振り回しすぎたのかテーブルに置いてあった花瓶に柄をぶつけてしまい、花瓶は音を立てて割れてしまった。
「......お前は何もしなくていいから、全部任せとけな?」
「あはは、分かりました......」
彼女は恥ずかしさを隠すようにそそくさと破片が散らばり水浸しになった床を片付け始めた。
夕暮れ時、男達が決行を前に客間で一堂に会していた。
「てなわけで、日が暮れて奴らが寝静まった頃を殺りに行く」
「そんなに慎重にならなくったって、今すぐ五人で袋にしちまえばいいじゃねえか」
よほど腕に自信があるのか、はたまた標的が女であると知っていてこの計画を軽く見ているのか、恐らくその両方であるが狩人達はクライアインの及び腰な作戦に不満を漏らす。
「いや、悪いが俺はお前らを信用してないし少しでも成功するように策は練っておくに越したことはないしな。お前らだって失敗して痛い目には会いたくないだろ」
クライアインの言葉に狩人達は気分を害したらしく、それぞれが彼を睨み付ける。
「はっ、俺たちゃ別に、あんたが間抜けを晒すのが怖くってそんな臆病を言ってるんだろ」
四人の狩人は示し合わせたように笑い出す。
「そうさ、俺は別に自分が強いだなんて自惚れたことを言うつもりはない。それに何か勘違いしてるらしいが、今回俺は一切手を出すつもりはない」
「はぁ? 何だそりゃ。なら殺るのは俺達四人だけか」
「そ、まぁ足がつくと色々迷惑する奴らが居るもんでね。まぁあんたらも金さえ貰えれば文句は無いだろ?」
「そうさ、だからお前さんはここで女の首が運ばれるのは待ってりゃいいさ」
「お前ら相手は間違えてくれるなよ。標的はメイド一人だ、その連れには用はない。違う首を持ってきても金は払わんからな」
「んなもん二つ持ってこれば問題ないだろ」
「ちげえねえや」
「待てお前ら! ルピにだけは、ルピには手を出すな! あの娘は関係ないだろ」
話を聞いていた村長が割って入る。
「爺さんよそんなあまっちょろいこと言ってられると思うか? 嫌なら自分で殺しに行きな。クライアインさんだってそう思うだろ、な?」
「......まあな、曲なりにも殺し合いになるんだ。そんなこと言ってられないのは分かる。ただな、一応今回の依頼主はこの爺さんなんだ。依頼主の意見くらい尊重してやれよ」
「クライアイン......」
「はっ、メイドと見分けがつかない程目は悪くねえしな。金さえ貰えるならなんでもいいさ」
「話が早くて助かるね。それじゃ一つ頼んますよ」
彼らはそのまま夜が来るのを待った。
ルピは辺りが暗くなってくると、心ここに在らずと言った様子で部屋の中を行ったり来たりしていた。
「落ち着かねぇな。そんなに怖いんなら寝てりゃいいじゃねえか」
「寝れるわけないですよこんな時に! と言うかマレイさんはマレイさんでもう少し緊張とか無いんですか? 落ち着きすぎて逆に心配なんですけど」
「緊張ったって、来るもんは来るんだからしょうがねえだろ。それに、私はきちんと準備してるからな」
そう言って彼女はナイフをちらつかせる。
「それにこんなところで死ぬ気はないんでね、私に任せときゃ無事に朝日を拝めるさ」
「だとしても、怖いものは怖いんですよ」
「そんなもんかね」
マレイは窓から落ち行く日を眺め、その時をじっと待った。
それから日が完全に落ち、しばらくは家々から光が漏れていたがそれも無くなると、いよいよ村全体が夜空の僅かな光を残して静寂に包まれた。
「それじゃ手はず通りに」
「任せときな。すぐに終わらせて戻ってくるぜ」
一人が胸元からタバコを取り出すと、それに火をつけた。
咥えタバコの火を夜道に揺らめかせながら各々が武器を手に彼女達の家へと向かっていく。
クライアインは民家の屋根に登ると、丁度家の真正面が見渡せる場所に陣取り双眼鏡を構えた。
「悪いな嬢ちゃん達、これも仕事なんだ」
家へ向かう背を見つめながら、彼は静かにほくそ笑んだ。
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