第15話 私を知ってあなたを教えて

 使いが村に戻ってから三日目の夜、村長の家を訪ねる者が居た。


「よう爺さんこんばんわ」


「......中へ」


 陽気な態度のクライアインとは対照的に、村長の顔は暗かった。これから人を襲わせようとしているのだから当然と言えば当然である。


 クライアインに引き連れられ、他の酒場で雇われた四人の男達が続けて中へ入っていく。


 老人一人に男が五人、消して明るくは無い客間でわずかな蝋燭の火が彼らの行いを写すように不気味に照らし出す。


「その四人、腕は確かだろうな」


「なに、金さえ払えばなんでもやってくれる頼もしい奴らさ」


「心配すんなよ爺さん。たかが小娘一人にビビりすぎなんだよ。なんだったら俺一人でも充分すぎるくらいだ」


 村長が椅子に腰掛けクライアインと話をする中、壁にもたれ掛かっていた狩人の一人が口を挟む。


「少し口を閉じてろ。大事な話の最中だ」


 クライアインに釘を刺され、男は視線を逸らす。


「で、決行は今夜か?」


「いいや、相手は曲がりなりにも狩人三人相手に一人生き残った可能性のある奴だ。慎重過ぎるくらいが丁度良い。まず半日かけてこの村とそれから例の家の辺りを確認する。その間こいつらの存在を知られたくないから、爺さんとこに置いといてくれ」


「それはいいが、お前さんも見られたらまずいのでは?」


「なぁに、そこんとこは上手くやるさ。それに相手もわざわざ敵が身を晒すとは考えないだろ。なに食わぬ顔で歩いてりゃ不審がられやしないさ」


「分かった。とりあえずそいつらのことは任せておけ。ただ、出来ればあの娘は傷つけんでやってほしい」


「悪いがそいつは約束できないな。爺さんも分かるだろ」


「しかし......」


 この期に及んで己の罪悪感のために、生易しいことを言う村長が彼には情けなく映るも、言葉では同情をするようなふりをする。


「ま、善処はするさ」


「頼む」


「て、ことであんたら四人は明日の夜まで待機だ。いいか、俺が良しと言うまでここで大人しくしてろよ」


「ガキの使いじゃねぇんだ。言われなくたって分かってる」


 狩人の一人が俯いたまま答える。


「なら宜しい。それじゃ皆さんまた明日」


 客間の蝋燭が吹き消され、家は外から流れ込む僅かな明かりを残して静かに闇へと沈んでいく。


 男達が居なくなった部屋で、村長は一人この決断が本当に正しかったのか、椅子に揺れながら考えていた。


 マーサの言う通りあのメイドが四人を殺った証拠はどこにもないし、第一あの金はルピに残された唯一の遺産でもある。


 それを、仕方がないと言い訳を揃えて村のために使用することはあまりにも勝手が過ぎるし、それは彼が一番理解していた。


 そして、彼女はきっと明日彼らの手によって殺されることも分かっていた。


 クライアインが口で何と言おうと、この期に乗じて彼の雇い主が目の上のたんこぶを始末してしまうのは明らかである。


「ルピよ、すまぬ」


 誰にも届かない無意味な懺悔が、部屋に消え入り彼の罪の意識だけを悪戯に刺激した。


 翌日の早朝、クライアインは一人起き上がると帽子を被ってまだ朝靄に包まれる村へと出掛けていった。


 村人の姿はなく、まだ寝静まっている村を歩いていると遠くで水の流れる音が聞こえ、誘われるように彼は川へと向かった。


 朝日に照らされうねる水面が光を乱反射させ、無数の輝きを放っている。


 彼は川縁に立つと、川に冷やされた風を身体中で浴びながら一つ背伸びをすると、その場に寝転がった。


「ほんと、なーんもなけりゃ良い村なのに」


 水の流れる音に耳を傾け、次第に眠気が彼を包んでいく。


 好きでガキのお守りをやってるわけでもないし、あの男に忠誠心の欠片も持ち合わせてはいない。もう仕事なんて投げ出してしまおうか、そんな考えが彼の頭をよぎる。


「でも飯は食ってかなきゃならんしなぁ」


「何が?」


 と、急に頭上から声が聞こえ、咄嗟に体を起こして後ろを振り向く。


 そこに居たのはルピであった。


 だが、当の彼はルピの顔を見たことがなく、彼女がそうであるとは気がついていない。


「お、おじさんこの村の人じゃない、でしょ」


 ルピは緊張で顔を強ばらせ、舌を噛み切りそうになりながら何とか言いきる。


「だったらどうした。いちゃ悪いか?」


「う、ううん別に」


 ルピは首を横に振ると、黙って彼の横に立った。


「悪いがおじさんは一人が良いんだ。どっか行ってくれないか」


「わた、私の村で私がどこに居ようと勝手でしょ」


「それは、まぁ、そうだが」


 彼は子供が得意では無かったが、こう言う手合いは放っておけばそのうち居なくなるだろうと考え、敢えて追い払うことはしなかった。


「おじさんはどうしてこの村に?」


 まさか会話が続くとは思いもよらず彼は一瞬言葉を返してやるか迷ったものの、緊張からだろうか挙動不審になりながらも自分に興味を持って話しかけてくる少女を邪険出来るほど冷たくはなれなかった。


「なに、村に知り合いが居るもんでね、ちょっとした野暮用さ。嬢ちゃんこそこんな朝っぱらから一人で何してんだ? 親が心配してるだろ」


「親は、この前の魔物のせいでもう居ないから」


「そいつは、そのなんだ残念だったな」


 本の少しの間会話が途切れ彼は居心地の悪さに帽子で軽く顔を隠す。


 すると彼女は緊張の糸が切れたようにクスクスと笑い始めた。


「な、何だよ親が死んで悲しくないのか」


「違うそうじゃない。別にあなたのせいじゃないのにそんな顔するものだから、少しおかしかったの。それに、周りの大人はそんな顔してくれる人は少なかったから」


「そりゃまた随分と薄情な話だな」


「ううん、魔物のせいで悲しい思いをしたのは皆一緒だから、人のために悲しんでいる暇なんて無いんだとおもう。だから仕方ないんだ」


「そうかい。随分大人なことで」


「ねぇおじさん。良いところに連れていってあげようか」


 唐突な提案に彼は目を丸くするも、また眠たげに目を淀ませる。


「いやいいよ俺はここで充分だ。それにそろそろやることやらないとな」


「良いじゃない少しだけ」


 どこか達観した笑みを浮かべる彼女に、彼はどこか惹かれる思いがして頭を掻いてゆっくり立ち上がる。


「少しだけだぞ」


「うん分かってる」


 彼女はスッと自然に手を伸ばして彼の手を掴んだ。予想外のことに一瞬彼女の手を払いのけてしまうが、じっと自分の手のひらを見つめそれから彼女の手を握った。


「ふふ、おじさん緊張してるの?」


「馬鹿言えちょっと、驚いただけだ」


 端から見ればまるで親子のように連なって川縁を歩く二人。


 それがまさか殺害対象と殺人者であろうとは誰も夢にも思わないだろう。


「見て、あれね、昔はよくお母さんとここで仕事をしたの」


 彼女の指差す先には一軒の水車小屋であった物が見えた。


 魔物に荒らされたであろうそれは、無惨にも潰され水車の部品だけがその名残を物語っている。


「あそこで粉にした麦で、パンなんかも作ったのよ。焼きたては美味しいんだから」


「そうかい」


 さらに川を上っていくと、麦畑に通じる石の橋が姿を現す。


 あそこで父に連れられ良く釣りをしたのだと、手振りを交えて彼女はまた楽しそうに語る。


 彼女が何故見ず知らずの自分にこんなことを話すのか少しだけ不思議に思いつつ、隣で楽しそうに振る舞う少女と同じような子供をこれから手にかけなければならないことが本の少しだけ彼の心に影を作った。


「ここだけじゃないよ。この村のどこにでも思い出が詰まってるから、それでいつでも会いに行けるから寂しくはないよ」


 そう言いながら彼女は麦畑で一緒に仕事をする両親の姿を思い出していた。


「おじさん。そう言えばおじさんにも家族がいるの?」


「あぁそりゃ......」


 と、そこで彼は急に立ち止まって遠くの空を見上げた。


「俺のことは、別にいいだろ」


「......それもそうだね」


 彼の物憂げな表情にルピもそれ以上足を踏み入れることは出来なかった。


「もうそろそろいいだろ。俺だって忙しいんだ」


「うん、でもちょっと待ってね、たぶんすぐに......ほら」


 彼女は手を離し道を駆けていく。


 その先にはメイド姿のもう一人の少女が待っていて、彼女は少女の手を掴み二人は彼を見た。


「メイド......あぁくそ、そう言うことかよ」


 彼はその時初めて彼女がターゲットであることを知り、自らの間抜け加減に笑ってしまった。


「おじさんまたね」


「おうよ。またな」


 二人は笑顔でその場を去り、その背中が見えなくなるまで彼は見続けた。


「あーーー! スッゴい緊張した!」


 彼が見えなくなったのを確認してから、ルピは張り詰めたものを吐き出すように大声を出した。


「緊張したって、元はと言えばお前がアイツに会いたいって言うからこんなことになったんじゃねえか」


「だってだって、敵のことは何かと知っておいた方がいいじゃないですか。それに、もし殺されるなら私を知ってる人の方が良いですし」


「なんだよそれ」


「だってずるいじゃないですか? 私を殺すときに何も知らない顔をして平気でいられるのなんて。それに私もあの人がどんな人か知りたかったし」


 真面目な顔でそんなことを言う彼女の気持ちがマレイには分からなかったが、たとえ相手が敵であったとしてもただ冷徹に殺されることに彼女がある種の不公平さを感じているように思えた。


「それで、どうだった?」


「さあ? でも、たぶんひどい人じゃないと思います」


「どうして」


「だって、そうじゃなきゃ見知ったばかりの子供になんか同情しませんから」


 そう言ってルピは自分の手を見つめるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る