第14話 クライアイン
長い廊下の突き当たり、男は一室の扉を叩くと中へ入る。
「クライアインさん客です」
「俺に? 一体誰が?」
ベッドの上に寝転がり暇そうに本を広げていた茶髪で髭面の男は、本を隅に置いて状態を起こした。
「例の村からです」
「......分かった通してくれ」
男に連れられ彼を訪ねてきたのは、グースの村長からの使いであった。
「それで、用件は?」
「ルピが村に妙な女を連れて戻ってきた」
「ほぉ、あの嬢ちゃん戻ってきたか。で、その女ってのは?」
「メイド姿で、年は二十もないくらいだと思う。だけどありゃメイドじゃない。近くの林道で四人殺されてるのが見つかって、多分そいつの仕業だって村長が」
「はーメイドねぇ。そんな女が四人も殺ったってのか? 相手は素人か」
「いや、一人は丸腰だったが残りは狩人だと思う」
「状況的に見てその女で間違いないんだな?」
「恐らく」
クライアインは顎の髭を撫でながら体を窓へ向けると、何かを考えるように空を見つめた。
「なぁクライアインさんよ多分あの女の目的は村の金なんだ。このままじゃ全部取られちまう」
「それが俺に何の関係があるってんだ?」
背を向けたままクライアインは問いかけ、使いは言葉を探すように視線を右に左に動かす。
「だ、だけどあの金がなけりゃ生活に支障が出るんだ。そうなりゃアンタんとこのボスに納めるモンだって納められなくなるんだぜ?」
「なるほどな」
クライアインはクルリと使いに向き直ると、威圧するように足音を立てて詰め寄る。
「たかが農民の分際で俺を脅そうってのか。あぁ?!」
顔に唾がかかる程の至近距離で大声を出されるが、村の存続を託された立場として使いは一歩も引く様子を見せない。
「だけど事実だ。ほっとけば小丸のはお互い様だろ。違うか?」
「......その通りだ。いいぜこっちで何とかしてやる。村長に伝えとけ三日後挨拶に行くってな。だからそれまで気取られるんじゃねえぞ」
「助かるよ」
「怒鳴って悪かったな。だが良いか? 一つ貸しだからな」
「恩にきる」
使いが部屋を出ていくと、一人残されたクライアインはまた窓の外をみて深くため息をついた。
「あーあ、たく。あのボウズ苦手なんだよなぁ」
クライアインは頬を掻くと、気だるげに部屋を出て行き屋敷の最上階へ向かった。
三階建てのその屋敷は、フロア毎に五つの部屋に分かれており、最上階の丁度真ん中の部屋の前で立ち止まると、襟を正して二三咳払いをしてから扉を叩いた。
「なんだ!」
扉の奥から機嫌がいいとは言えない怒号が響き、彼はその時点でもう引き返したくて仕方がなかった。
「坊っちゃん俺ですよ俺クライアインです。入りますよ」
彼は部屋に入るなり、真正面の横に長い机に向かって腰かけるこれまた腹の虫が治まらないと言った様子の若い男と目があう。
「入れと言った覚えはないが?」
「だって、こうでもしないと入れてくれないじゃないですか」
「黙れ! くそっなんだって俺がこんな......、で用件は? 下らない話なら父に言って首にしてもらうからな」
「馬鹿なこと言わないで下さいよ。そもそも親父さんに言われて坊っちゃんの警護をしてるんですから。や、そんなことよりですね、例の娘が戻って来たって村の連中が言ってるんですが」
「それは本当か?! 誰か連れてきていたか?」
クライアインが頷くと彼は顔を覗かせる真っ青にして頭を抱えた。
「くそっ! あんな大金を渡せば殺し屋を雇うのは目に見えていたはずなのに! 全部父のせいだ!」
「まあま、落ち着いて」
「これが落ち着いて居られるか! なんだって農婦一人犯したくらいでこんな目に会わなきゃならないんだ! 父だって家に置いといてくれればいいのに、頭を冷やせってこんな辺鄙な別荘に送らなくたっていいじゃないか!」
殺した後に犯したんでしょとは、口が裂けても訂正は出来ない。
「まだ殺し屋かどうか決まった訳じゃ無いですし、そう気に病んでると病気になりますよほんと」
「真意はどうだって良いんだ! あの忌々しい娘のせいで俺がどれだけ、今だってあの目を思い出すと夜も眠れん」
「そりゃあ大変だ。で、ものは相談なんですが、そのことで村の奴らに泣き付かれましてね。なんでも金を取られるとかで」
クライアインは彼の狼狽える様にうんざりしながら、それを表には出さないようにへりくだって話を続ける。
「それで?」
「ようは村の連中はそいつをどうにかして欲しい、坊っちゃんは寝首をかかれるのが怖い。チャンスだと思いません?」
「何が言いたい」
男の察しの悪さに嫌気がさして顔に出そうになるがそれをぐっと飲み込む。
「だから、坊っちゃんが命令さえしてくれりゃ俺はいつでも動きますって言ってんですよ。ここで連れもろとも消しちまえば全部解決ってことですよ」
「だが、あの少女を殺せば村人が黙ってないだろ? 第一殺しの件が父にバレたりでもしたら」
「んなもん勢い余ってとか理由つけて誤魔化せば良いんですって。それに村の連中はあの娘の金が必要なんですから、死んでもらった方がなにかと都合がいいはずですよ。でしょ?」
男は机に突っ伏して唸り声を出すと、顔を上げてクライアインに向けて口を開いた。
「分かった。ただ父には黙っておけよ」
「はいはい。そうと決まれば人手が必要になるんで、金の都合をつけてくれません?」
「な、お前が行って殺ってこればいいだろ!」
「や、勿論行きますよ。ただ、大っぴらに親父さんの部下の俺が手を下すのはまずいでしょ。だから手駒が必要なんです。どうせ、親父さんからいくらか預かってるでしょ」
「あーもう分かった金は出す。その代わりきっちり始末をつけてこいよ」
「分かってます。それじゃ、今日から七日くらい姿を消しますんで、警護は他の連中にやらせますから」
「分かったから早く行け!」
足早に部屋を出ていくクライアインを見送ると、彼はまた机に向かって倒れ込んだ。
「俺だって別に殺したい訳じゃない。ただ、あの娘のあの目だ。あんな目で見られたら誰だってこうするだろ」
男はそのまま延々と自分に言い訳を重ねて、まるで刷り込みを行うようにこれは仕方無いのだと言い続けた。
「あーあまったく面倒でしょうがねえや」
クライアインは何人雇えばいいか考えていると、部屋の外で話を聞いていた部下が話しかける。
「クライアインさんどうでした」
「ちょっと村まで一仕事しに行くことになった。これが終わればこんな糞つまんねぇガキのお守りもおしまいだ。俺が留守にしている間お坊っちゃんのことは頼むな」
「分かりました。もう発たれますか」
「いや、俺はこれから酒場で仕事仲間探しだ」
別荘からそう遠くないところに、行商人の羽休めの場所となっている小さな町がある。
彼はそこへ馬を走らせると、酒場の扉をくぐった。
昼間から飲んだくれている三人組の男に、奥で依頼を選んでいるのが二人。
彼にとって手駒の質などどうでも良く、数さえ揃えばそれでどうとでもなると考えていた。
(とりあえずあの飲兵衛達で良いか)
そのまま一直線に彼等の卓の前に立つ。
「あんたら、仕事欲しくねぇか」
「なんだおっさん。依頼なら受付通せや」
「まあ聞け。女二人殺すだけで一人頭千は出す。どうだ?」
駄目押しとばかりに金の入った布袋をテーブルの上にわざと音を立てて載せる。
その様子に三人は顔を見合わせて、もう一度視線だけを彼の方に向けた。
「おっさん舐めんなよ。女二人殺して千だ? 騙そうったってそうはいかねぇぜ」
「第一、俺たちゃ殺しはやらねぇんだ他所当たりな」
「そうかいそりゃ残念。邪魔したな」
金を回収すると、彼は外に出て思いの外上手く行かないことにこの仕事が面倒に感じて堪らなくなっていた。
仕方なく別の酒場へ移動しようとしたその時、先程の三人組が酒場から出てくると彼の元へと近づいていく。
「おいおっさん。誰がその金を持っていって良いっつったよ」
「いけねぇなぁ、あんなとこで見せびらかしちまってよ」
「今金だけ置いていきゃ殺しの件は教会に黙っててやるよ」
男達は下卑た笑い声で彼を威圧する。
「まったく、これだから酒場の連中は嫌いなんだ」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ。それとも痛い目に会いてえか!」
三人は腰の得物を抜き、剣を構える。
「いいぜ、三人いっぺんに来な」
クライアインから気だるげな表情が消え去り、鋭い目付きで三人を見つめる。
「後悔すんなよ!」
三人は一斉に飛びかかると、彼の居た場所に剣を突き刺した。
「へ?」
そこに居るはずの姿を見失い間抜けな声を上げる三人の背後で、剣を鞘に戻す音が聞こえた。
それと同時に彼等の腹部から血が噴水のように吹き出し、一人また一人と力無くその場に倒れていった。
「これだから馬鹿はよ。あーあまたやり直しだ。まぁお前らはお前らで有効活用してやるからよ」
そう言うと彼は懐から拳大の赤い卵のような球体を取り出した。
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