第13話 ババアの涙

 村人達が平屋から遠ざかったのを確認して、マレイも暗闇に紛れるように家へと戻った。


 ルピを起こさないように静かに扉を開けたつもりであったが、家に入るなり眠気眼を擦りながら階段を降りてくる彼女と目があった。


「マレイさん出掛けてたの?」


「ああ、まあその。ちょっと野暮用で」


 平屋での騒動を彼女にどう伝えたものか苦心し、さりとて村長の話が事実であれば、猶予は数日もなく包み隠さず伝えることにした。


「あのさ、とりあえず先に謝っとくわ」


「へ? ちょ、外で一体何してきたんですか?!」


「まあそう大声だすなよ。ただ、ちょっと余計なもんまで刺激したみたいでよ。それと、死体がバレたみたいなんだよねぇ」


 気まずそうに両手の指先を合わせながら、マレイは視線を背ける。


「それじゃ良く分かりませんよ。それに、死体のことだったら正直に皆に話せば」


「それもちょーっと無理そう。どうも随分と嫌われちゃったみたいで。とりあえず、お前も私も滅茶苦茶目の敵にされちゃったみたい。多分数日の内に刺客が来ると思う」


「私も?!」


 先程まで半分夢の中に居たのが、マレイの怒涛の報告により一気に彼女の頭が覚醒し、あまりの内容に階段から崩れ落ちそうになる。


「刺客って、本当に、外で、何をしてきたんですか......」


 ルピはなんとか手摺に掴まりながら、弱々しい声を出す。


「そう気弱になるなって。相手が何人来ようと全部始末をつけてやるからさ」


「そんなこと言ったって、とにかく、私がなんとか誤解を解いてきます」


「あ、ちょっと早まるなって!」


 出掛けようとする彼女の肩を、マレイは両手で掴んで引き止める。


 すると、何者かが家の扉を叩く音が聞こえ、二人の間に緊張が走る。


「だ、誰こんな時間に」


「お前は下がってろ。私が出る」


 先程の話からするに、刺客が村に到着するには早すぎると思いながらも、音を立てずにナイフを抜き左手で構えながらノブに手を掛ける。


 そして、一気に扉を開け放つと、前に立っている相手の喉元目掛けて刃を突きつけた。


「うわぁぁぁやめとくれ!」


 相手は叫び驚きのあまりその場に尻餅をつくと、手に持っていた食材を放り投げた。


「ば、ばあさん?!」


「なんだってこんな老婆に酷いじゃないか!」


 マレイはさっとナイフを袖に隠すと、倒れたマーサに手を差し出す。


「いやー悪い悪い。てっきりその、あれかと思ったんだよ」


「あれってなにさ。たく、人が折角心配して、いや何でもない」


 マーサは手を取り立ち上がると、地面に散らばった食材を拾い、マレイも黙ってそれを手伝う。


「マ、マレイさん?」


 ルピが心配になって玄関から顔を覗かせる。


「ルピ、もういいよ心配ない」


 二人は手分けして食材を袋に戻すと、マーサを家へ招き入れた。


「おばあさん、どうしてこんな時間に」


「ま、何色々あってね。それにこのメイドがまともな飯を作れるとは思えなくてね。夕飯、まだだろ?」


 台所で火を起こし、マーサは淡々と食事の支度を始める。


「あのばあさん、一体どういう風の吹き回しだ?」


「さあ、でも確かにマレイさんは料理下手そうだし、おばあさんが来てくれて良かった」


「あんたら暇ならこっち来て手伝ったらどうだい?」


 叱られるままに二人は台所に立つと、ルピは見よう見まねで包丁を手に取り、歪な形に野菜を切り分ける。


 後ろで見ているマレイは、その様子をおっかなびっくり観察しながら、無駄に肩に力を入れて野菜を切る彼女が、いつ自分の手も歪に切り分けてしまわないかと気が気ではない。


「あーもう見てらんねえよ貸してみ」


「あっ」


 ついには我慢ができず彼女から包丁を取り上げると、あのガサツな少女とは思えない程綺麗に刃を入れていく。


「ほー、上手いもんだね」


「ま、刃物に伊達にメイドやってないからね。いいか? 包丁は押し付けるんじゃなくて引くようにして、こう。力は最小限でいい」


「わ、わかった」


「やってみ」


 包丁を手渡され、今度は教えられた通りに野菜に刃を入れていく。


「そうそう上手い上手い」


「......なんだかあんたメイドってより、姉だね」


「姉か、姉ねぇ」


 その言葉にマレイは一瞬遠くを見るような素振りを見せたかと思うと、身震いをした。


「どうしたの?」


「い、いやちょっとな」


 切り分けた野菜を鍋に放り込み、少量の水と後は野菜の水分で煮込んでいく。


「悪いね簡単な物しか出来なくて。村にあんまり余裕があるわけじゃなくってね」


「そんな私おばあさんが作る料理なら何でも嬉しいよ」


「......そうかい」


 照れを隠すようにマーサは明後日の方向を向いた。


 料理が出来上がると、木の器に盛り付け、パンを切り分けると三人は食卓を囲った。


「で、ばあさんよ、ただ食事を作りに来た訳じゃないんだろ?」


 少し睨み付けるようにマレイがマーサの顔を伺う。


「......あたしはね、この娘が産まれる前から親とは付き合いがあってね」


 一体何の話が始まったのか訳が分からず、マレイの頭にハテナが浮かぶ。


「あんたの父親は昔行商をやっててね、この村にもしょっちゅう顔を出しては、物を売り付けるようなことはしないで、時には畑仕事を手伝ってくれてね。この村でも評判の好青年だったんだよ。母親だってそうさ、男に混じって力仕事だってこなしたし、とにかく良く働く娘だった。それに、二人ともこんな偏屈なババアにだって良くしてくれてさ。その二人が結婚するって聞いた時は、そりゃ嬉しかったよ」


 ルピは今は亡き父と母の話に、食い入るように聞き入っていた。


「ま、後からあんたの父親から話を聞いてみれば、なに、最初にこの村に来たときに母親に一目惚れして、それで売る物も無いのにことあるごとに村に顔を出してたってわけさ」


「それで?」


「それで、数年もしない内にあんたが産まれて、その時取り上げたのだってあたしなんだよ。知らなかったろ。まあそれから、母親の経験なんて勿論あるわけ無いから、そりゃもうあんたが泣けば泥まみれの手であやしに飛んでって、熱を出せば『マーサ! ルピが熱を出したどうすればいい?!』って二人揃ってあたしんとこに来てね。別に医者じゃないってのに。ま、慣れないなりにあの二人は立派に親をやってたよ」


「うん」


「あんたは二人に愛されて育てられて、ホントに良い娘に育ったよ。ずっとこの目で見てきたんだ間違いない」


 そこまで話して、急にマーサの声色が低くなり次の言葉を良い淀んだ。


「......だからさ、他の連中が何て言おうと、あたしだけはあんたの味方だ。......だからきっと何かの間違いなんだって......」


 湿った声を出しながら、ギュッと自分の服を握りしめる。


「おばあさん......」


「あんたはあの二人の、かけがえのない宝なんだ。だから、そんな」


「ばあさん気持ちは分かった。心配しなくてもこいつは何一つ過ちは犯しちゃいないよ」


「ほんとうかい?」


「ああ、ただあの三人を殺したのは私だ」


 衝撃の発言にマーサは目を見開いてマレイを見つめる。


「あ、あんたって奴はなんだってこんなことにルピを巻き込んで......! 待て、あんた今三人って言ったかい?」


「流石ばあさん。頭の良い奴は好きだぜ。あんたを信用して正直に話すけど、私はこいつに雇われた狩人。目的は親の仇討ち。あの死体は馬鹿な賞金稼ぎ道中襲ってきたから返り討ちにしたまで。丸腰のおっさんが転がってたのはその巻き添えってわけよ」


「マ、マレイさん話していいの?」


「いいさ別に。どうせ今更刺客の件は覆せないし、ばあさんは一人だけ庇ってくれたからな」


「あんた平屋での話を?」


「まあね。とにかく悪いようにはしないさ。おっと、復讐云々の説教はごめんだぜ? 私はただの殺意の代行人だからよ」


「はっ、そんなしょっぱいこと言わないよ。ただ、ルピ、危険な真似だけはしないどくれよ。悪いね湿っぽくしちまって。冷める前に頂こうかね」


 三人は野菜のスープに手を伸ばし、食事を始めた。

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