第12話 村のため

 農地での騒動にルピは疲弊しきり、家に帰るなりベッドに入るとそのまま寝入ってしまったり


 彼女が起きるまでマレイは窓から外の様子を観察し続けていたが、日も陰った頃、幾人かの村人が一つの方向に向かうのが見え、それが無性に気になった彼女は、一人ひっそりと様子を伺うことにした。


 一人の村人の後をつけていくと、木組みの平屋に入っていくのが見える。


 長く伸びた影がメイド服を闇に隠し、彼女はそっと平屋に取りつくと、中を覗けるような窓を探す。


「......ぱりあの女は村の金が目当てに違いないんです!」


 窓から漏れ出る声に耳を立て、ゆっくりと顔を覗かせると、幾人もの村人と村長の姿がそこにはあった。


「しかしな、証拠も無しに決めつけてしまうのは賛成できんな」


「村長! そんなこと言っている場合ですか? そんなもの女を締め上げて吐かせればいいだけじゃないですか!」


 どうやら予想以上に反感を買ってしまったようで、村人達は強行策に出るつもりらしかった。


「それで、その後どうするつもりだ。仮に黒でも白でも、尋問にかけた女を野に放てば、たちまちに我々の行いは教会の知るところとなる。そうなれば次に罪に問われるのは我々なんだぞ」


 村長が諌めるも、激情に駆られた村人達にその言葉は届かない。


「でも、手をこまねいて取り返しがつかなくなるよりよっぽどマシよ」


「そうだそうだ! ただでさえ魔物せいで大変だってのに、あの金まで持ってかれたら生活なんか出来やしねぇ!」


「畑だってあの有り様だ、次に苗を植えられるのはいつになるか、種を撒けるのはいつになるのか、当座は凌いでいく金が要るんだ......」


「教会の件だって、それこそあの女を森かなんかに埋めちまえば......!」


 最早そこは話し合いの場とは言えず、断罪の許可を得るためだけに村長へと詰め寄る者でひしめき合っていた。


(思ったよりまずいかもしれないな)


 身の危険を感じ、袖にしまったナイフに手を伸ばす。


 相手は村長を含めて見える範囲で8人。決して彼女に殺れない相手ではないが、周りに気取られずにことを済ますには数が多すぎる。


 もし一人でも逃せば次は倍になって帰ってくるか、最悪は教会の奴らを連れて来る可能性も考えられる。


 だが、このままではどのみち袋叩きにあうのは目に見えている。ルピには悪いがやはりここで始末をつけるしかない。


 そう考えナイフを手に取った矢先、平屋の戸を叩く者が現れ、マレイも村人達も扉を注視した。


 扉がゆっくりと開かれ、姿を現したのは昨日の昼に出会った、傷だらけの老婆だった。


「たく、あんたらこんなとこに集まって一体何してんだい」


「マーサ、お前こそなんのようで」


 村長が老婆に問いかける。


「なにって? は、知れたことを。あんたらがあんまりにも声を張るもんだから、別に聞きたくもない話が聞こえてきたもんでね。なんだってあんたらあのメイドを手にかけようってのかい?」


「マーサだってあいつは変だと思ってるだろ。村の金が盗られる前に何とかしないと」


「はー、それであの少女を殺すと。生言ってんじゃないよ! そもそも、あんなメイドが村に来たのだってあんたらが原因じゃないのかい?」


 その場に居る皆に心当たりはなく、顔を見合わせて当惑する。


「あんたら分かんないのかい? そもそも私たち大人がちゃんとあの娘に向き合ってやってたら、ルピだってワザワザ外に助けを求めになんて行かなかったんだ。それを自分達の頼りなさを棚に上げて、やれあの金は村のもんだ、挙げ句には胡散臭いってだけで少女を殺すだ? いい加減にしな! 母を亡くしてやっとの思いで、それがたとえ金だけの繋がりだったとしても、新しい家族として迎え入れた人間を今度はあんたらの手で奪おうってのかい? あたしゃ情けなくて仕方ないね」


 マーサの説教に村人達は一様に先ほどまでの勢いを削がれ、狂気に飲まれていた空気が落ち着きを取り戻した。


 ように見えた。


「マーサの言うことは最もだ。だが、だからと言って綺麗事だけでこの村は存続できない。それは皆の言う通りだ」


 村長だけはただ一人、感情ではなく至極冷静に論理的に物事を考えていた。


「なら人を殺しても良いと?」


「そう事を急くなマーサ。どのみちあの金が必要になるときが必ず来る。だからこそ、やはりあのメイドにはこの村を出てもらい、ルピにも納得してもらう他あるまい。その際、多少手荒な真似をしてしまっても、やむを得まいよ」


「はっ。果たしてそう上手くいくかね。聞いたよ、今日ルピに酷いことを言った奴がいるらしいじゃないか。それであの娘がハイそうですかって協力してくれるかね」


「マーサ、お前は一つ勘違いをしてるな」


「なんだい村長。あたしにケチつけようってのかい?」


「ワシは別に、ルピ一人を特別扱いする気はないし、それは他の村民に対してもそうだ。ワシは常に村の利益になるよう働きかけるし、別に今回だってあの娘一人のためにこの村をダメにしてしまうつもりはない。分かるな」


 その言葉にマーサは眉間に皺を寄せ怒りを露にする。


「あんたそれじゃまるで、あの娘がどうなってもいいって言ってるように聞こえるんだが?」


「そうは言っていない。だが、もしルピが協力する姿勢を見せないなら、こちらはこちらで勝手にやるまでだ」


「あんたって奴は、昔からそうだ。自分の言うことはいつだって正しいって顔をして、平気で惨いことをしやがる! あんたそれでも人の親か?」


 村長はマーサの言葉にも眉一つ動かさず、淡々と言葉を連ねる。


「それが必要ならワシは魔にも獣にもなるつもりだ。分かってくれとは言わん、だが、邪魔するようなら容赦はせんぞ」


「こんの......!」


 マーサは怒りに任せて手に持っている杖を振り上げた。


 が、それが村長の頭に当たる前に、また戸を開ける者が現れた。


「村長。少しお耳に入れておきたい話が」


「なんだ」


 男は玄関を潜るなり村長に耳打ちをする。


「なんと! それは本当か」


「ええ、たった今この目で見てきたばかりです。疑うようであれば案内致します」


「いや良い。マーサよすまないが先程の話は無しだ」


「あ? どういうことだい」


 外で話を聞いているマレイも事態が飲み込めず、窓から更に顔を覗かせる。


「メイドの件だが、多少手荒なな真似だけではすまなくなった」


「なんっ!」


 驚きマレイはつい声を上げてしまい、咄嗟に口を塞ぐ。


「村に続く林道で死体が見つかった。どれも誰かに襲われたような跡が残っているらしい」


 村長の報告にその場に居る全員が騒然となる。


「死体は全部で四体。どうも三人は狩人らしく、残り一人は丸腰の男だそうだ。状況から考えるに男が護衛のために狩人を雇ったのだろう」


「で、それがあのメイドとなんの関係が?」


 村人の一人が疑問を呈する。


「そのことだが、死体が見つかった林道を抜けてきたのはここ数日であのメイドとルピだけらしい。つまりは、犯人はそのうちの一人あるいは二人か」


「だ、だからってまだあの二人が殺ったかどうかなんて」


 マーサは動揺しながらも村長に食い下がる。


「今は犯人を突き止める暇はない。だが、状況だけで言えばあの二人の可能性が大いに高い。残念だが早急に対処する他あるまい」


「なら今夜にでも?」


「いや、もし本当に四人を手にかけた者なら、ただの農民である我々が敵う相手ではない」


「でもどうするのよ」


 女が怯えた表情を見せる。


「こうなっては、あの男に頼るしかあるまい」


(あの男?)


 ここに来て謎の人物が槍玉に上がり、マレイは今までにあった村人の顔を思い出す。


 しかし、その中に誰一人として腕に覚えのありそうな男は居なかった。


「君、報告ついでに悪いが馬を貸すから一つ頼まれてくれんか」


「分かりました。それでなんと言えば?」


「ただ今回の惨状とメイドの特徴を伝えれば良い。後はやってくれるはずだ」


「分かりました」


 男は平屋から外へ出ると、馬屋へと走った。


「皆はこのことは口外しないように。朝になれば馬を走らせて、二三日の間に使いが来るはずだ。それまではルピにもメイドにも気取られぬよういつも通り接するように」


「あ、あの使いって?」


「お前達は知らんで良い。ただ、この村の男よりは頼りになるはずだ」


 マレイには心なしか村長がほくそ笑むんでいるように見え、それほどまでに信頼を寄せる部外者の存在に興味が湧いていた。


「マーサも、くれぐれも邪魔はしないように」


「ま、待て話はまだ」


 だが、マーサの静止は届かず、平屋に一人残され沸き上がる怒りを杖にぶつけ、思い切り床に投げつけた。

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