第11話 暴かれたもの

 翌朝、魔物に荒らされた農地の整備をしながら、村人達は二日前に現れた謎のメイドを話題にあげていた。


 ルピが街で騙されて不当な契約を結ばされたのではと、心配の声が上がる中、幾人かの腹の中では別の思考が渦巻いていた。


 仕事の合間に皆勝手なことを口にしていると、誰かが疑問を投げ掛けた。


「もしかして、あれはルピの金が目当てでこの村にきたのでは」


 その言葉を皮切りに、昨日の不振な振る舞いも相まって村人達の間でマレイに対する疑いの目が強まっていった。


 そんなこととは露知らず、マレイに村の様子を見てくるように指示を受けたルピは、一人畑へと立ち寄った。


 ルピの存在に気がついた一人が、作業の手を止め彼女を手招いた。


「おーいルピ、こっちこっち」


 まさか村人達の間でマレイへの疑念が強まっているとは夢にも思わず、笑顔で近づいていく。


「酷いね畑」


「ああ、お前が出ていった後も皆で柵やら小屋やら直してはいたんだが、いかんせん人手が足りなくてな」


 ルピを手招いた男が疲れた顔でそう答える。


「ダイダさんとこなんか、一人息子が亡くなってそれっきり気の抜けたみたいになっちゃったしねぇ」


 横で踏み固められた土を耕していた女が話に割り込んでくる。


「みんなあの魔物のせいで......、やめだやめ。これ以上気が滅入ったら俺までダメになっちまうからな。ははは」


 乾いた笑いが悲壮感を物語る。


「ごめんなさいこんな大変なときに、私一人で出ていったりなんかして」


「あ、そうだ。その事なんだがお前、もしかしてあの女に無理矢理契約を結ばされたんじゃないのか?」


「へ?」


「そうよ。さっきも皆で話してたんだけど、あの人、メイドさんの割にはその、何て言うかおかしいじゃない? とてもお屋敷で働いていた人とは思えなくって」


「街で一人でいるとこを脅されて仕方なく雇ってやることにしたんじゃないかって」


「そ、そんなことないよ全然! あの人はちゃんと私が選んできたんだから」


 手の平を相手に向けて、顔の前で大きく左右に振って否定する。


「でもなぁ、やっぱりあいつは変だよ。第一どこで出会ったんだ?」


「それは、酒場だけど......」


 と、咄嗟に嘘を思い付けず正直に話してしまったところで、酒場がどんな場所か思い出し訂正しようとする。


「酒場?! 酒場ってあの狩人達の溜まり場か」


「や、そのそれはちがくって」


「酒場で雇ったメイドなんてろくな奴じゃないだろ。これで合点がいったな」


「やっぱりあの人、ルピのことを騙してるに違いないんだわ」


 皆仕事の手を止めてあのメイドは詐欺師か何かだと盛り上がりはじめ、話の収集がつかなくなり、ルピは一人で慌てふためく。


 そこへ間の悪いことに、マレイが合流してしまった。


「どうもみなさんお元気で。一体何の話を?」


「出たなインチキメイドめ」


 開口一番歓迎とは程遠い言葉を浴びせられ、村人達の鋭い視線がマレイに突き刺さる。


「インチキなんてとんでもない。どうしたんです急に」


「騙そうたってそうはいかないわよ。話は全部ルピから聞いてるんだから」


「はあ」


 マレイはわざと戸惑うフリをする。


「あなた酒場でルピに声をかけたらしいじゃない。どうせ、大金に目が眩んでこの子を騙そうって魂胆なんでしょ?」


「まったく。ただせさえ魔物に襲われて酷い目に会っているって言うのに、弱ったところに付け入るなんて流石狩人様だな」


 実際マレイは狩人であるのだが、その事実を知らないはずの村人達はいつの間にか話の流れで彼女が狩人であると決めつけていた。


「あなた、年端もいかない女の子を騙して恥はないの?」


「私にはさっぱり、なんのことだか」


「嘘をつくな! お前のようなどこの馬の骨とも分からん奴に、村の金を渡すわけにはいかん!」


 と、一人の男がルピにとって聞き捨てならない言葉を発し、ルピは男の顔を見た。


「ちょっと待って、む、村のお金ってどういうこと」


 男も自分が何を口走ってしまったのかに気が付き、手で口を覆った。


「や、それは、言葉のあやと言うか。とにかく、お前を騙すような奴からは俺達が守ってやるから」


 耳ざわりの良い言葉でルピを丸め込もうとするが、流石に彼女もそこまで愚かではない。


「守るとかそんな話の前に、おじさん今、村のお金って確かに言ったのよ」


「いや、それはだって」


 言い淀む男を庇うように女が前に出る。


「あのねルピちゃん。良く聞いて頂戴。あなたが領主様から頂いたお金のことなんだけど、正直言ってあの魔物のせいで村の皆も辛いのよ。分かるでしょ」


「復興には金がかかるし、領主様がある程度金はだしてくれるけど、育てた麦だってダメになって売り物になるかどうか」


 皆決して具体的に口にはしないが、7万ギースと言う大金を自分達のために活用することを望んでいるのは事実であった。


 あくまで言葉の受け取り方をルピに委ねるような話し方であり、それが姑息さを物語りマレイはそれを滑稽に思って笑いをこらえる。


「で、でもあれは、お母さんの」


「そんなこと言ったら、私だってあの魔物に夫も娘も食い殺されて、よっぽど辛いのにこれっぽっちも何もないのよ。それをたまたま領主の息子の手にかけられたからって」


「おい! よさないか!」


 男に咎められ、自分が少女に対してどれだけ酷なことを言ったのか気付き、 言葉を濁した。


「ごめんなさいねルピちゃん......。でも私達も辛いのは本当よ」


「だからって、そんな、あ、あああ」


 ルピは途端に強烈な嫌悪感と孤独を感じ、その場に崩れる。


「ルピ、大丈夫か?」


 男が肩に手を伸ばしてくるが、ルピそれ反射的にはねのける。


「いや! 触らないで!」


 流石にマレイもこの展開を望んでいたわけではなく、自分の失態と後処理の面倒くささに嫌気が差して頭を軽く掻く。


「えーと、あー、お嬢様今日はもう家に戻りましょうか」


「まだそんなことを、いいか、お前がメイドじゃないことはもう皆しってるんだ! それをぬけぬけと、金を騙し取ろうとしている奴にルピを預けられるわけないだろ!」


「そうよそう! この子は村の皆で面倒を見るって決めたんだから、あなたになんか渡すもんですか」


 ルピとマレイの間に村人が立ちはだかる。


「そんなの私お願いしてない」


 俯き気味にルピが呟く。


「ルピちゃん?」


「世話だなんだって言って始めっから私のお金が目当てだったんでしょ。今だって、私のことなんてどうでもよくって、お金を守るためにマレイさんを追い出そうとしてるんでしょ」


「そんなこと」


「うるさい! もう聞きたくない」


 ルピは大人達の間を割って前に出ると、マレイの手を取って家へと戻っていく。


「なあルピよ」


「......」


「私だってお前の金目当てなのは変わらないんだぜ? そんな奴と一緒にいていいの?」


「......いい」


「ふーん」


「私が許せないのは、だっで、あれはお母さんので、何もしてくれなかっだのに、いい言葉で私に近づいて」


 グスグスと涙を漏らしながら、感情だけ先走った言葉を羅列する。


 マレイはそれを黙って聞きながら、確かに彼女の手を握り返した。


 だが、村人達の気持ちが分からないほどマレイも愚かではなかった。


 魔物によって辛い経験をした者達の前で、ただ一人大金を手にした少女の存在が、彼等の目にどう映ってしまうのかは想像にかたくない。


 余計な巣をつついてしまったことに少しだけ心を痛め、しかし、自分と言うほんのささいなきっかけに過ぎない存在があれ程までに村人を動揺させたのだから、遅かれ早かれルピがどんな目に会うのかは安易に予想が出来る。


 そう言った意味ではルピを救ったのは自分なのだとマレイは少し得意気になりながら、張った網に魚が掛かるのを待った。

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