第10話 仕込み

「調子に乗るなよ」


 マレイは席から立ち上がると、袖に手を伸ばしナイフを取り出す。


 流石にナイフを前にして、ルピも顔を強ばらせ一歩二歩とゆっくりマレイと距離を取った。


「い、言っとくけど何されたって私教えないから」


 マレイは黙ってナイフを持ったまま彼女に近づく。そして、間合まで入ると一気に腕を振り上げ、恐怖に彼女は目を瞑る。


 だが、いつまでたっても体に痛みが走ることはなく、彼女は恐る恐る目を開けると、マレイがニタニタとニヤついていた。


「バーカ。ビビるくらいなら素直にしとけよな」


「い、痛め付けないの?」


「そうしてほしけりゃやってやるけど、どうせ聞き出す前にガキは死んじまうか、ダメになっちまうからな」


 手に持ったナイフを袖に戻すと、マレイは握手を求めて手を出した。


「領主の息子をぶっ殺してから金のある無しを確認しても、お前を殺すには遅くないからな。協力してやるよ」


「ほ、ほんとに?」


 ルピは彼女の手を握ろうとするが、寸前でマレイは手を引っ込める。


「ただし、ここからは後だしの条件は無しだから。いいな?」


「分かった」


 二人は握手を交わすと、これからのために作戦を練り始めた。


 単純に考えれば相手を見つけ出して、手段を問わずに殺してしまえばよいのだが、そう簡単にことは運びそうになかった。


 と、言うのも、ルピは肝心の仇の居場所が分からないと言うのだ。


 流石に腕に自信のあるマレイであっても、居場所の掴めない者を相手には出来ない。


 計画は暗礁に乗り上げてしまった。


「村の誰かに居場所を教えて貰えないのか?」


「多分無理だと思う。そもそも領主の名前すら教えてくれないし、居場所なんてとてもじゃないけど」


 それもそのはずで、あんなことの後でうっかり情報を与えてしまっては、ルピが何をしでかすか分からず、村の人は皆口裏を合わせて口を閉ざしていた。


「そう言っても、闇雲に探し出す訳にいかないしなぁ」


「村から離れた場所で聞き込みをするのは?」


「そんなことしてみろ、敵に姿を晒すようなもんだぞ。すぐに手先を送ってくるに決まって......」


 と、マレイが何かを思い付いたように、目線を左に寄せて考え事を始める。


「いや、それでいいのか」


「なにが?」


「それは後でのお楽しみ。とりあえず調べなきゃいけないことがあるから、ね?」


 不気味な笑顔を浮かべるマレイに、ルピは頼もしさを覚えながらも本の少しだけ恐怖を感じた。


 次の日、マレイからは特に指示はなく、ただ普段通り過ごすようにとだけ言われ、家にいても気が滅入るだけなので外に出ることにした。


 魔物の襲撃からそう時間は経っておらず、少し外に目を向けると、押し潰されたような母屋や、穀物の貯蔵庫が目に入ってくる。


「おまえさん戻ってたのか」


 突然年配の女性に声をかけられ、反射的に振り替えるとルピにとっては馴染み深い顔がそこにあった。


「おばあさん!」


 女性は声こそ元気なものの、顔の右半分は包帯で巻かれ、杖をついて歩くのがやっとで痛々しい姿をしている。


「もう歩いても大丈夫なの?」


「こんなのへっちゃらだよ。それよりなんにも言わずに突然出ていって、まったく村の皆に心配かけるんじゃあないよ。それでふらっと戻ってきたと思ったら、なんだいそのメイドは?」


 老婆は訝しげに見ながら、持っている杖をマレイに向ける。


「どうも、お嬢様に雇われた専属メイドでございます。お見知り置きを」


 挨拶と共にスカートの両端をつまんでお辞儀をする。これは屋敷で働いていたときに同僚のメイドが行っていたことであり、見よう見まねで再現したものであった。


「はん。おまえさんの顔なんか覚える気はないね」


 気難しい性格の老婆は、余所者であり金で雇われたマレイが気に食わないらしく随分と当たりが強い。


「お嬢様のお世話をしますから、これからは毎日見られますわよ。おほほほほ!」


 マレイも負けじと言い返す。


 しかし、所詮は狩人であり、屋敷のメイドの言葉遣いまでは真似できるものではなく、マレイの表現する歪なメイド像がより一層老婆の反感を買った。


「なんだかメイドにしちゃ変と言うか、ルピあんた騙されてやしないかい? こんなヘンチクリンなんか雇ったって金の無駄だろうし、世話なら村のやつらが焼いてくれるだろ?」


「あ、はは。大丈夫大丈夫。多分。それに、村の皆に迷惑はかけられないから」


「そうですわ! お嬢様のお世話ならわたくしにお任せくださいな! ところで、一つお聞きしても?」


 エセメイド仕草に引きつった表情を見せながら老婆が答える。


「なんだい藪から棒に」


「単刀直入にお聞きしますが、お嬢様のお母様をぶち殺した男は今どこに?」


 その発言にその場にいた二人は驚愕し、ルピに至っては、昨日の今日で言ってることとやってることの違うマレイに思わず掴みかかり耳元に口を寄せる。


「ちょ、ちょっとマレイさん! それじゃ話が違うじゃないですか」


 小声でささやくように耳打ちするが、マレイはルピを押し退けて女の前に立った。


「いえ決して深い意味はありませんのよ。けれど、ごく個人的に、お嬢様のことですから、気になってしまって」


「な、なんだってあんたにそんなこと」


 女から正論をぶつけられる前に、間髪入れずに感情的な演技を続ける。


「あぁ! わたくしは確かにメイドでございますし、お嬢様にとっては赤の他人でございます。しかし! 一度お世話を任された身としてはお嬢様の喜怒哀楽全てを共に分かち合いたく思っているのです! なればこそ、どうかあの夜の一端をお教え頂けないでしょうか」


 まるで舞台上で演じるかのように、感情的に体を動かして女に詰め寄る


 本人は至って真面目にメイドを演じているつもりなのだが、歪なメイド像に感情的な表現が加わり最早道化のそれと変わらないものとなってしまっていた。


 そんなものを見せつければ、メイドとして信用させるどころか、かえって疑いの目を向けられるばかりで、老婆の顔はより一層険しいものとなっていた。


「だからって、余所者のあんたに教えてやる義理はないね。ルピ、あんたもそうだよ。もし、復讐なんてことをまだ考えてるようなら、悪いことは言わん止めときな。村長とも話したんだが、あんたの世話はちゃんと皆で見てやるから。もう忘れな」


 だが、その返答はたちまちにルピの怒りを刺激してしまった。


「なんで? 殺されたのは私のお母さんなのよ。それなのに私抜きで全部決めちゃって、忘れろってそんな、無理に決まってるじゃない!」


 感情をぶつけられ戸惑う女に、マレイがまた大袈裟にメイドとしての振る舞いを見せつけた。


「ああお嬢様、どうか気をお沈めになって。おばあさまとて何も意地悪を言っている訳では無いのですから」


「でも......」


「おばあさまもお気になさらないで下さい。それがお嬢様を思ってのことなのは、いずれきっと分かって頂けるはずですから」


 さぁ行きましょうと、マレイはそのままルピの手を取ってその場を後にする。


 その二人の背中を老婆がじっと見つめていた。


「ごめんなさい私取り乱しちゃって。でもマレイさんなんであんなことを?」


「ま、勘の答え合わせってとこかな」


 答えになっていない話に、ルピの頭は疑問で溢れかえる。


 それから二人は、畑で仕事をする者や、崩れた家を直している者など、道で会う人の片っ端から声をかけ同じように犯人の居場所を聞き出そうとする。


 しかし、その誰もがこの一件に関しては固く口を閉ざし、ついに誰からもその名前すら聞き出すことは叶わなかった。


「もういいよマレイさん。こんなこと続けてたって誰も教えてくれないよ」


「だろうな」


「なっ、分かってるならなんで」


「これでいいんだ」


 一人ことが順調に運んでいることに、満足げにほくそ笑むマレイであったが、当のルピはその意図が掴めず戸惑いを隠せないでいた。


「なぁ聞くけど、お前村に帰ってきたときに何か感じなかったか?」


「何かって、別になんにも」


「そう? ああ、お前荷台に引きこもってたもんな。ふふ、多分奴らの中に紛れてるぜ」


「紛れてるって?」


「裏切り者」


 その言葉に耳を疑い、ルピはマレイの顔を見た。にやけ面こそ直さないものの、不思議と嘘を言っているようには見えなかった。


「本当にいるの?」


「まあ確証は無いけど、勘が当たってりゃ二三日しない内に証拠が向こうからやってくるだろうよ」


「信じていいの?」


「おいおい、あんなことがあったばっかなのに、そう人を簡単に信じちゃいけねぇぜ?」


「それは、そうだけど」


 いじけるルピの頭をマレイは軽く撫でてやると、得意気な顔を見せる。


「ま、信じる信じないは別にして、結果はきっちり出すから気長に待ってな」

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