第9話 刃が鞘に収まるまで

「ほんどに! 強力するから! お前も人手があった方が助かるだろ! な?」


 今更になって都合の良いことを言い始めるエルリッジに、マレイは冷ややかな視線を送り続ける。


「分け前だっていらねぇからよ、だから許してくれよぉ」


 その涙は痛みのせいか恐怖のせいかは分からないが、彼は涙ながらに訴える。


「だってよ! ルピはどう思う?」


 マレイは視線を外さずに死体の傍らで涙を流すルピに問いかける。


「うっうっ、私、そんなこと分かんないですよ」


「分かんねぇなら仕方ないな」


 彼に向けている剣先をそっと喉元に突きつける。


「嫌だ! 頼むよ、助けてくれよぉ! なぁ」


「大の大人がわめくなよ」


 トドメを刺すために彼女は剣を強く握り直す。


「待って!」


 ルピの叫びが一瞬早くマレイの動きを止め、剣先は薄皮一枚切り込んだところで留まった。


「私、許せないですけど、でも、もうしないって約束してくれるなら、見逃してあげてもいいです」


 涙を袖で拭いながらマレイを止めたルピに、エルリッジは恐怖に歪んでいた表情を弛める。


「約束する、約束するから! なぁお嬢ちゃんもああ言ってるし、な?」


「たく、ルピがそう言うならまぁ」


 マレイは喉元に突き付けていた剣をゆっくり持ち上げ、エルリッジは極度の緊張から解放され、安堵にその場に大の字になる。


「んなわけねぇだろ」


「へっ?」


 間抜けな声が発せられたとほぼ同時に、剣は彼の胸にめり込んでいた。


「やだ、嫌だやめろぉ!」


 手が切れるのも厭わず、必死になってエルリッジは剣を握りしめる。だが、抵抗も虚しくマレイの体重を乗せてゆっくりと剣先が心臓を目掛けて沈み込んでいく。


「許すわけないだろバーカ」


「なんで、お嬢ちゃんは許すって」


「裏切り者を放置して眠れない夜を過ごすのはごめんなんでね」


 迫る確実な死に、最早マレイの言葉を聞く余裕など無く、エルリッジは無い歯を食い縛りながら最後の抵抗を見せる。


 だが、結局は体に切り込んだ刃が彼の心臓を貫き、そのまま無情に力尽きた。


「な、マレイさんなんで?」


 ルピは力無く立ち上がると、ふらつきながらマレイに近づいていく。


「なんでって、当たり前だろ。それとも何か、お前は母親を殺した相手にも同じように泣き付かれたら、見逃すのか?」


「そんなの、そんなの言ったって」


 と、強烈な吐き気がルピを襲い、彼女はその場に崩れ落ち地面に向かって嘔吐する。


「あーあ、たく」


 マレイはそばにしゃがみこみルピの背中をさする。


「私どうすればいいんですか」


「知るかよ。とりあえず村に帰って金を確認してから考えろ」


 男の額に突き刺さったナイフを回収して、血を死体で拭う。


 馬車の通り道を作るために死体を脇へ転がし、マレイが手綱を引く。


「お前が狩人を雇ったことを悟られたくない。あくまで私は雇われたメイドとして振る舞うから、お前もさっさと顔色直せ」


 荷台で落ち込み青い顔をしているルピに厳しい言葉を投げ掛ける。


「返事は?」


 ルピは力無く頷く。


「たく、頼むぜ」


 力強く縄を打ち付け、馬車は再び動き始めた。


 会話の無いまま、馬車は鬱蒼とした林道を抜けると、マレイの鼻に青い匂いが入り込んでくる。


 それはルピも同じで、数日村を開けただけではあったが、心身ともに疲れきっていた彼女にはとても懐かしい思いがした。


 その懐かしさは優しい記憶を呼び起こし、ルピの心を包み込む。


「お前ん家どこだよ」


 荷台から返事はなく、少し苛立ちながらマレイは中を覗くと、ルピが静かにうずくまって泣いていた。


「あーもー、たしか青い屋根とか言ってたな......」


 民家の屋根を一つ一つ確認しながら馬車を走らせる。


 すれ違う村民は皆、メイドが珍しく必要以上に視線を向けてくるので、その度にマレイは出来るだけ不審がられないように愛想良く振る舞う。


「あははどーもー。たくなんで私がこんなことを」


 文句を呟きながら馬車を走らせ続け、ようやく遠くに青い屋根の家を見つけた。


 その家の前に馬車を止めると、老人が一人玄関前で座り込んでいるのに気がつく。


 老人も馬車の存在に気がつき、杖を使ってゆっくりと立ち上がると、頼りない足取りで馬車に近づいてくる。


「お前さん見ない顔だが」


「おっほほ! お初にお目にかかります私この度お嬢様に雇われたメイドでござんす!」


 上品な言葉遣いとは無縁であったマレイの精一杯のメイド風の話し方であったが、老人は一気に不信感を募らせる。


「で、そんなメイドさんがここに何用で」


「あ、えっとー、ここがお嬢様のお屋敷だと聞いたものですから」


「屋敷って、ここの娘なら数日前に出ていったが」


 出ていった娘となると、やはりここはルピの家で間違い無いようである。マレイは荷台に顔を突っ込みルピに呼び掛ける。


「おい! なんかへんな爺さんが絡んできてんだよ。降りて説明してくれよ」


 返事をするでもなくルピは馬車の後ろから降りると、表に回る。


「村長? なんで私の家に?」


「お、おおルピか! 何も言わずに出てきいおって、心配してたんじゃぞ。ということはこの妙ちくりんなメイドを雇ったのはお前か」


「そ、そう。お母さんも居なくなっちゃったし、お世話してもらおうと思って」


「そうでございます」


「そういうことだったか。だが、この子のことは村の皆で世話をすると決めたんじゃ。メイドさんには悪いが帰ってもらえんかな」


『ここまで来てそんな馬鹿な話がまかり通るかよ』


 とマレイは衝動的に叫びたくなるが、メイドの印象を崩さないために必死に声を抑える。


「村長さん。気持ちはありがたいけど、私が決めたことだから」


「だが、金で雇われただけの女にお前の世話など」


「止めてよ。お母さんが殺されたとき、誰も仇を取ってくれなかったじゃない。私そんな人達に育ててもらう気なんて無いから」


 ルピの言葉にマレイは心なかで勝ち誇ると、強引に彼女の手を取った。


「ということでございますので、私達はこれで。さっ、お嬢様行きましょう」


「ま、待て話はまだ」


 止めようとする村長の横を無視して通過すると、二人は家へ入っていった。


 村長はため息を吐いて離れようとすると、マレイが一人で家から出てきた。


「なんじゃ気が変わったか」


「ご心配無く」


 目的は馬車であり、マレイは馬の口元の縄を引きながら敷地へと引っ張り込んだ。


「それではこれから村の一員として宜しくお願いしますね」


 村長に向かって軽くお辞儀をしてまた家へ戻っていった。


「焦ったぜー、あのじじいとんでもないこと言い出しやがって。でも良かったのかよ」


「何が?」


「あいつらのこと悪く言って、こんな村じゃすぐ噂が回って爪弾きにされるんじゃねえの」


「そんなの、お母さんの仇が取れるならどうだっていい」


 涙で晴らした目には確かな決意が感じられ、マレイは何も言わずにそれを受け入れた。


「そんじゃま、その前段階として金を確認させて貰うかな」


「それなんだけど」


 と、そこまで聞いてマレイの頭に嫌な予感が過る。


「もう裏切られるのは嫌なの。だから、お金は依頼を終えるまで見せないことにした」


「はぁぁ?!」


 そんなことだろうとは大方予想がついていたが、到底受け入れられないその発言にマレイはルピの肩に掴みかかる。


「おま、お前それじゃ話が違うじゃねえか!」


「もうお金のことで裏切られるのは嫌なのよ! マレイさんには悪いと思ってるけど、あなただってお金の場所が分かったらどうするか......。今回はもう守ってくれる人も居ないし、これは譲れない」


 マレイはもたれ掛かるようにして椅子に座ると、頭を抱えた。


「あのおっさん余計な土産を残していきやがって。お前もそんな都合悪いこと学習するなよなぁ!」


「ごめんなさい。この条件が嫌なら断ってくれていいよ。次はその条件を飲んでくれる人を探すから」


 口では謝っているものの、ルピは悪びれる様子も無くそれどころか金と言う絶対的な力を手に、やや高圧的にマレイに話しかける。


 本来であれば、舐めた態度をする依頼者に対してマレイは力で分からせてきたし、無理をして依頼を受けることはしてこなかった。


 だが、今回は金額が金額であり、それがマレイを悩ませた。


「どうする、マレイさん?」

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