第8話 烏合の衆

 翌朝、エルリッジは一体どんな顔を見せてくれるかとマレイは少し楽しみにしていたが、彼は至って今までと変わらず平気で調子の良いことをルピに話している。


 それが気に食わずマレイはわざと意地悪を言ってみる。


「よう。今日も調子良さそうだな。昨日の夜良いことでもあったか?」


「おいおい忘れちまったのか? 昨日は二人で仕事の成功を誓い合ったばかりじゃないか」


 眉一つ動かさず平気な顔で言ってのけるエルリッジの演技力に、マレイはある種の尊敬に近い感心の念を覚えた。


「ええ?! 私が寝てる間にそんなことしてたんですか?」


 ルピがそんな話は聞いた覚えがないと、エルリッジに食って掛かる。


「そうさぁ、こいつお嬢ちゃんの前だと照れ臭いからって、わざわざ寝静まった夜に酒場に誘ってきてよ。こんなんだが随分情に熱い女だと俺ぁ感心しちまったね」


「マレイさん......!」


 ルピはその言葉を疑おうともせず、エルリッジに向けたような尊敬の眼差しをマレイに向ける。


 エルリッジの嘘に内心うんざりしながらも、騙されていたことを知らないルピを哀れに思って演技に荷担することにした。


「まあ、やっぱこの仕事には連帯が欠かせないからな。勘違いするなよ、あくまで仕事の成功のために仕方なくやっただけだからな」


「それでも私、マレイさんのこと見直しちゃいました」


 嬉しそうに笑顔を浮かべるルピを横に、エルリッジは殺意をひた隠しにして調子を合わせる。


「もうすぐですからね」


 雇った馬車の荷台でルピは緊張したように言う。その緊張には凄惨な事件の現場となった自分の家に戻るという、幼い少女にはあまりにも厳しすぎる境遇から来る、不安や恐怖が入り交じっている。


「なあエルリッジよ。私は一応怪しまれないように、こいつに雇われたメイドって設定で居るんだが、お前はどっからどうみても狩人だしどうするよ」


「まあそこは心配しなさんな。俺だって馬鹿じゃねぇからよ、そこんとこはちゃんと考えてあるよ」


 自慢げにそう語るが、昨夜のこともあってマレイは全く彼を信じてはいなかった。


 それどころか、エルリッジが不意を突いて刃を向けて来る可能性を考え、悟られないよう出来るだけ自然に彼の腰の剣に注視している位には疑っていた。


 三人を乗せた馬車は開けた通りから林道へと入っていく。


 馬車一台がようやく通れるような狭さの道は、並び立つ木々の影で路面がぬかるんでいる。


 そんな道を通れば馬車の速度も自然と落ちていく。


 突然馬車が停止した。


「どうしたよおっさん」


 マレイは綱を引いていた馬車の主に声をかける。


「いや、前に誰か、ありゃあ人か? 人が倒れてる」


 男は倒れている人を助けようと、馬車から降りようとする。


「おい待ておっさん! そのまま強引に突っ切れ!」


 マレイは嫌な予感を覚え咄嗟に男を呼び止める。


「馬鹿言うんじゃないよ。俺に人を轢けってのか」


 男は聞く耳を持たず、馬車から離れてしまった。


「マレイさん何をそんなに慌てているんですか」


「そうだぜお前、行き倒れを轢けなんて冷たいにも程があるだろ」


 二人の言葉を無視してマレイは馬車から顔を覗かせると、男がしゃがみながら倒れた人を介抱している背中が見えた。


 パッと見問題無さそうな様子にマレイも流石に深く考えすぎたかと強ばった頬を少し緩める。


「おっさん! 大丈夫か!」


 だが、マレイの呼び掛けに男は反応を示さない。


「おっさん?」


 すると、見つめてた背中がゆっくりと崩れ去り地面に倒れ込み、介抱を受けていた男が血に濡れた刃物を手にゆっくりと起き上がった。


 それと同時に、後ろでルピの短く叫ぶ声が聞こえ、背中に殺気を感じゆっくりと振り向くと、エルリッジが剣先をマレイの顔に向けて立っていた。


「悪いなマレイ、まあこういうことだ」


 エルリッジは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。


「エ、エルリッジさん、何してるんですか」


「何って、見りゃ分かるだろ」


「わ、分かんないですよ!」


 突然のことに事態を飲み込めていないルピは、今にも泣きそうな顔でエルリッジの服に掴みかかる。


「冗談なら止めてくださいよ。ね?」


 ルピの声は彼に届かず、エルリッジは無言で彼女を突き飛ばした。


「お嬢ちゃんは大人しくしてろ! さて、マレイさんよ、これからどうしてやろうか」


 だが、マレイはこんな状況でも顔色一つ変えずじっとエルリッジの目を見つめている。


「こんの、なんだよその目は!」


 それがかえってエルリッジの癪に障り、彼は拳で彼女の顔を殴り付けた。


「ちったぁ立場を弁えろ。おら、降りるんだよ!」


 押し出されるようにしてマレイは馬車から出されると、周りで待機していたエルリッジの二人の仲間が馬車に集まってくる。


「全く、良くもまぁ昨日の今日でこんだけ役者を揃えたな」


 そう言いながらマレイはエルリッジを睨み付ける。


「はっ、何とでも言え。おい、どっちかこのガキを押さえてろ」


 エルリッジは顎で男達に指示をすると、一人が馬車に残っているルピを引きずり下ろした。


「いや! 離して!」


「うるせぇ! 大人しくしてろ!」


 男はルピの口にごわついた手を押し付ける。


「エルリッジさんよぉ、ホントにこんなガキが1万なんて大金持ってんのかよ」


 彼らはエルリッジの誘いに乗せられ、7万ギースと言う正確な金額も明かされずに雇われた狩人達であった。


「そいつはこいつらを始末してからのお楽しみだ。なぁマレイ、お前に最後のチャンスをやるよ。お前の性格は大っ嫌いだが、その体は評価してやってんだよ。何が言いたいか分かるだろ?」


「ゲスが」


 マレイはエルリッジの顔に唾を吐きつける。


 エルリッジはそれを左の手の平でゆっくりと拭うと、見せつけるように自分の舌で舐め取る。


「どんなに強がっても丸腰のお前はただの女だ。知ってんだぜ、お前の得物は全部あの鞄の中だろ? こんな林道で叫んだって誰も助けちゃくれないぜ。どうするよ」


 マレイは心底軽蔑した眼差しをエルリッジに向けるが、観念したように目をつぶる。


「分かった。ただし、言う通りにするんだから命は保証しろよ」


「よし良い娘だ。ほら、背中を向けろ」


 指示の通りマレイは背を向ける。


 その時、ルピに手を噛みつかれ、男はその痛みに思わず手を離す。


「エルリッジさん! 止めてよこんな酷いこと! 力になってくれるって言ってくれたのに、どうして!」


 お楽しみに水を差され憤りと呆れ混じりの鼻息を出す。


「なんで? どうして? 馬鹿かお前。血の繋がりもないガキのために、どこの誰が危ない橋を渡ってくれるよ? 居やしねぇんだよそんな奴!」


 エルリッジは下劣な笑い声を上げ、ルピは失意の底へ落ちていく。


「さて、マレイさんよ。俺達はお楽しみの続きと行こうぜ」


 マレイの体を舐め回すように見つめ、舌なめずりをする。


「なんでもいいからさっさと済ませてくれよ」


「たく、ムードの無い奴。ま、心配しなくてもちゃあんと俺が楽しませてやるからよ」


 エルリッジはマレイの体のラインに沿わせて両手を下ろしていく。


 そうしてスカートの中へとゆっくりと手を突っ込み、下着を降ろそうとしゃがみこんだ。


 次の瞬間、マレイはこれを待っていたと言わんばかりに顎に目掛けて彼の顔面を蹴り上げた。


 あまりの衝撃にエルリッジの前歯が吹き飛び、顔から血を吹き出しながら後ろに倒れ込んだ。


 取り巻きに反応する隙を与えないよう瞬時に袖からナイフを取り出すと、間髪入れずにルピを押さえている男の額目掛けてそれを投げつけ、刃は見事顔面に突き刺さり男は呻きながらその場に倒れる。


「こンのガキがぁ!」


 もう一人の男が激昂しながら剣を構えてマレイに突っ込み剣を振りかざす。


 マレイは倒れているエルリッジから剣を奪い取り、体の軸をずらして刃を避けながら足を引っ掛け男の体勢を崩した。


 そのまま前のめりに倒れ込む男の背中を、一突きで仕留める。


 一瞬のうちに勝負は決した。


 足下ではエルリッジが顔を押さえながら、怯えきった様子で這いつくばり、体をにじって逃げようとしている。


 マレイは背後からゆっくりと近づくと、足を踏みつけエルリッジの動きを止めた。


「だぁぁぁ! いだい! ゆるじで!」


「形勢逆転だぜ。どうするよえぇ?」


 エルリッジに刃が突き付けられる。


「まっひぇ、まっひぇくれ! おへが悪かっだ!」


 エルリッジは口の中を血でいっぱいにしながら、上体を起こして右手を突き出し命乞いを始めた。

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