第7話 役者なヒーロー
何も知らないエルリッジが間抜けにあくびをしながら部屋から出てくる。
「おはようさん」
「おはようこざいます!」
ルピは相変わらずエルリッジに対して熱い視線を送っているのに対して、マレイは冷めた目で彼を見つめる。
彼女がここまで彼に対して不信感を抱いているのは、個人的に特別な恨みがあるとか、そう言った理由ではない。
むしろ、彼のことなど一欠片も知らないのである。
彼個人と言うより『狩人』そのものを信用していないのだ。
狩人は自分の欲望を叶えるためなら手段を厭わない、どうしようもない連中の成れの果てであり、狡猾で残忍な奴らであることをその目で見てきたからこその不信感なのであった。
だからこそ、一狩人に過ぎないこの男が正義感のみで危険な橋を渡るとは到底信じられなかった。
エルリッジはそんなマレイの視線に気がついたのか、わざとらしく煽るように挨拶をする。
「ようメイドさん。ご主人様に寝床を用意してもらって良く眠れたかな?」
「お陰様でな」
マレイは気にする様子もなく軽く答える。
それから3日ほど馬車を乗り継いで目的地を目指した。
道中もエルリッジは自分がいかに優れているかを話し、馬車を狙う獣が現れると率先して刃を抜き敵を蹴散した。そんな姿にルピは彼を益々信頼するようになっていた。
マレイは相変わらずエルリッジに対して懐疑的な立場であったが、うざったい言動以外に特に気になる様子は無く最初程警戒心は薄れていた。
そうして村まであと少しの距離まで来たその日の晩、いつものように宿を取ってもらうとルピが横で寝息を立てるなか静かに扉がノックされた。
マレイはそっとベッドから起き上がり眠い瞼を擦りながら扉を開けると、エルリッジが立っていた。
「よう。ルピは?」
「寝てるに決まってるだろ。なんだよこんな時間に」
「なら丁度いいな。お前少し付き合えよ」
「やだね。お休み」
そう言って扉を閉めようとするが、エルリッジが足を突っ込んで無理矢理扉をこじ開けてくる。
「ちょちょ待てよ。聞けって! 明日村に着くんだろ? だったら話しておかなきゃいけないことがあるだろう」
「ねぇよそんなもん」
マレイの態度にエルリッジはため息をつく。
「もういいって、ルピは寝てるんだろ。とにかくお前にとっても大事な話なんだから、下で待ってるからな」
マレイはエルリッジを押し返して扉を閉めると、彼の言う大事な話とやらに心当たりがなく今までのことを振り返る。
「あーもうわかんね。めんどくせぇなぁ」
結局考えることを止め、脱いだメイド服に袖を通し、ルピが寝ていることを確認してからそっと部屋を出た。
「来てやったぞ。手短に済ませろよな」
「そうつんけんするなよ。まぁ懇親を深める意味も兼ねて今日は俺が奢るからよ」
エルリッジに連れられ酒場を訪れる。商業圏から遠く離れたこの酒場は、人の入りもまばらであった。
空いている席に腰を下ろし、注文を取りに来たウェイターに酒を頼むと彼が口を開く。
「お前なぁ、流石にあれは下手すぎると言うか、信用させたいんだったらもう少しやりようがあるだろ」
「はぁ?」
切り出された話の意図が掴めず早々に困惑する。
「もっとこう、俺みたいに信用されねぇと聞けるもんも聞けないだろって言ってんだよ」
「はぁ」
エルリッジにこれまでの態度を注意されているのは分かるが、わざわざ父親でもない男がどうしてそこまで他人を気にかけるのか甚だ疑問であった。
「で、殺るんだろ明日」
この言葉で、ようやくマレイは彼の意図に気がつく。
「あーなるほどね」
「たく、頼むぜほんと。俺が上手く取り入ってやったから、大体の家の位置だって把握できてんだからよ」
「そうかよ。そりゃいらん迷惑かけたな。いやまさか本当に、お前はどっかのお人好しか口だけ達者な馬鹿だと思ってたのによ。なかなか演技派だねぇ」
マレイは自分の考えの甘さに思わず笑ってしまい、エルリッジはそれを褒められているのだと受け取って機嫌を良くする。
「たりめえよ。伊達に狩人やってねぇわ」
「ま、そこまでしてもらって悪いんだけど、私にその気はないから」
まさか断られるとは考えてもいなかったエルリッジは、思わずテーブルに身を乗り出しマレイに詰め寄る。
「お、おいおい冗談止めてくれよ。お前だって初めっからあのガキのために、仇討ちしてやろうなんて考えてないだろ」
「そんなご立派なもんじゃねえよ。ただ、引き受けた仕事はきっちりこなすだけだ」
エルリッジは予想外の展開にただただ狼狽えるばかりで、必死になって説得を試みる。
「よ、よく考えてみろ。領主の息子とガキ一人殺すのとどっちが懸命かくらい分かるだろ。今からでも遅くないから考え直せ。な?」
「しつこいぜ。そんなこと分かった上で断ってんだよ」
「なんで、あんなのに肩入れする義理はないだろ。誰が今まで剣まで抜いてやったと」
「あれに情があってやる訳じゃない。ただ、ケリーと約束したからな」
「あの酒場の女か。それこそ意味わかんねぇよ」
彼は頭を抱える。
「分からなくて結構。とにかく、殺るなら一人でやってくれ。ただし、そのときは容赦しないから、そのつもりでな」
彼女の言葉に嘘はなく、語気にたしかな殺気を感じ彼はますます狼狽える。
「ほんとに考え直すつもりはないか?」
「ないね」
彼の深いため息が二人の間に響く。
「あー! 分かった。お前を相手にはしたくねぇ。不本意だが最後まで付き合ってやるよ」
「そいつは嬉しいね」
マレイは運ばれてきた酒を一気に飲み干し席を立つ。
「それじゃ会計頼むぜ」
うなだれるエルリッジを横目にマレイはアルコールで顔を赤らめながら宿へと戻っていった。
エルリッジは怒りに任せて机を叩き、酒を飲み干す。
「くそっ、おい女ぁ! 酒だ!」
荒れる客の相手など慣れていると言った様子で、ウェイターは黙ってジョッキに酒を注ぐ。
「何が約束だ! 調子に乗りやがって」
エルリッジがマレイに対して強く出られないのは、彼女の腕の良さを認めているからに他ならなかった。
マレイは単独行動を主とするため、その活躍ぶりを実際に目にしたことは無かったが、酒場で囁かれる評判や、何より女の身でありながら狩人という仕事を数年無事に続けられていることが、何を意味するのかを心得ていたのである。
「今に見てろ。絶対後悔させてやるからな......」
強がりを言って自尊心をどうにか保つ。だが、一泡ふかせようにもエルリッジには彼女を打ち負かすだけの自信が無かった。
「一人であいつを相手にするのは危険すぎる。かと言って数年分の稼ぎのために追われる身になるのは嫌だし、くそ~! 7万だぞ7万、どうすりゃいい......」
今にも泣きそうな顔をして、エルリッジは顔面を両手で覆い行き場のない憤りを吐き出すように叫んだ。
が、そこで一つの妙案が頭をよぎり、彼は酒場を見渡す。
向かいの席で屯している狩人達が目に止まり、拳を口に押し付け考え事を始めた。
「頭数さえ揃えば......」
そう呟くと、おもむろに立ち上がり狩人達のテーブルの前に立つと不敵な笑みを浮かべた。
「なぁちょっと良いか? いい儲け話があるんだが」
その頃、部屋に戻ったマレイはベッドに腰掛け一人考えていた。
(これだから誰かと仕事するのは嫌なんだよ)
何も知らずに呑気な寝顔を晒しているルピが目に入り、それがなんだか無性に腹の立ったマレイは彼女の頬をつねった。
苦痛に顔を歪ませながらイビキをかく姿を見て、マレイは少しだけ溜飲が下がり静かに笑った。
マレイは持ってきた鞄を開きナイフをベッドの上に並べる。
「利口な奴ならあいつの提案に乗るんだろうけどなぁ。まったく、つくづくお人好しだよ」
蝋燭の火にナイフの刃を照らしながら、一つ一つ刃こぼれの無いことを確認していく。
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