第5話 無償の正義と欲望の行く先
日が昇る頃、酒場は昨夜までの喧騒をひた隠しにして、スラムは仕事にあぶれた酔っ払いが石畳の上に打ち上げられ、束の間の静けさを得る。
約束の昼、ルピは半信半疑で酒場にから外に出た。昨夜は行く当てもないので酒場の一室で厄介になっていた。
ルピは今にしてあの謎のメイドに大事な依頼を任せてしまったことに後悔していた。
昨夜は酒場の異質な雰囲気に当てられ、マレイを頼ってしまったが、よく思い返せば格好はどう贔屓目に見ても戦いなれたものでは無かったし、第一自分より歳上とは言えマレイもまたひ弱な女の子に変わりは無かったからである。
彼女は酒場の壁に一人もたれかかり、他にもっと屈強な男でも探すべきではないかと思案していた。
「よ~おはようさん」
その心配をよそに、呑気にあくびをしながらマレイが姿を現した。
「おはようって、もうお昼ですよ」
「日が昇ってりゃ朝も昼も関係ないない。そいじゃ早速行こうぜ」
そう言って歩き出すマレイにルピが待ったをかける。
「行くのは良いんですけど、そのメイド姿のままで行くんですか?」
「たりめぇよ。なにかおかしいか?」
「おかしいって言うか、これから、その、危険なことをするのにその格好はちょっと」
自分の代わりに殺してもらう手前、マレイに強くは出られないが、それでも大事な依頼を任せるのだからルピの心配はもっともであった。
「はぁー、よく分かってねぇなぁ。いいか、これも作戦だよ作戦」
マレイは得意気に人差し指を突き立てて左右に振る。
「作戦ですか」
「いいか、あからさまに狩人の格好をした私を村に連れてってみろ。余程の馬鹿じゃなきゃお前が刺客を雇ったことはすぐに奴らにバレちまう。だから、そこでこの格好が活きるってわけよ。今の私はあくまでもお前に雇われたメイドであり、お前は和解金を使って使用人を雇っただけ。この設定なら怪しまれずに村に入れるってこと」
「なるほど」
酒場の狩人にしては理にかなった作戦だとルピは素直に感心した。
「分かったんならさっさと行こうぜ。日が暮れる前に次の街には着きたいからな」
そうして今度は二人揃って歩き出したところで、謎の待ったがかかる。
「おい待て待て待て。まさかお前ら二人で行こうって魂胆じゃないだろうな」
声を掛けてきたのは一人の狩人の男であった。
「悪いが、マレイ。その依頼俺も同行させて貰うぜ」
黒いコートに身を包みんだ男は、顎に蓄えた無精髭を手で擦り、口角を上げてマレイの返事を待つ。
「......誰だお前」
期待していた反応とは程遠い言葉に男はその場で体勢を崩す。
「おいおいマレイさんよ。流石に冗談きついぜ。ほら、俺だよ俺」
男は得意気に顎を上げると、見ろといわんばかりに両手を広げる。
「いやすまんマジでわかんねえわ。もしかして私の追っかけ?」
「なんでそうなるんだよ! 俺だよ俺! エルリッジだよ!」
「あー!」
「ようやく分かったか」
「いや、マジで知らねえわ」
エルリッジはまたもやガクッと肩を落とす。
「そうだなお前はそう言う女だった。覚えてないなら教えてやる。俺は最近ちょー難しい依頼を達成した、いま売り出し中の狩人様だ。ゆくゆくはもっと実績を上げて騎士の仲間入りってことで、将来有望なナイスな男さ」
鼻高々に自己紹介をするエルリッジを、マレイは心底興味の無さそうな目で見つめる。
「で、その将来有望な狩人様が一体何のようで」
「まあそう驚くなって。俺はただお前らの仕事を手伝ってやると言っているだけだ」
「いや別に頼んでないし。それに将来有望様は酒場の依頼で忙しいんじゃないんで?」
「略すなよ。まぁ、本来ならこんなことにかまけている暇は無いんだが、聞いたぜ? その子の母親の仇討ちに行くんだろ? 全く泣かせるじゃねえか」
エルリッジはわざとらしく指で鼻を擦って鼻をすするふりをする。
彼の言動に、マレイは昨夜のことを思い出し、その容貌がただ一人カウンターで寝ていた男と合致した。
心の中で
(こいつ狸寝入りで盗み聞きなんてしやがって、良い根性してんなぁ)
と悪態をつく。
「あの、そのエルリッジさん。気持ちはありがたいんですけどもうマレイさんと仕事の約束をしてしまってますから」
ルピが申し訳なさそうにエルリッジに答える。
「ちっち、お嬢ちゃん勘違いしちゃいけねえよ。俺はただお嬢ちゃんの境遇が可哀想で、別に金が欲しくて協力してやるって言ってるんじゃあない。俺はなこんな幼い子を泣かせてノウノウと生きてる男が許せねぇんだ」
「エルリッジさん......!」
ルピはエルリッジの言葉に感動し、ふらふらと前に出ると両手を差し出す。
「私、あなたみたいな人に会えて良かった。きっとお礼はしますからどうぞよろしくお願いします」
「礼なんて良しな。おれはただ当たり前のことをしに行くまでさ。だが、 俺が引き受けたからにはもうこの勝負勝ったも同然だ、任せときな!」
二人は固い握手を交わし、その様子をマレイは呆れた表情で見ていた。口では綺麗事を言っているが、どうせ高額な報酬に目が眩んだ馬鹿であると察しはついていた。
「へーへー、挨拶も済んだんならもう行きましょうかね」
こうして、予想外の助っ人にペースを乱されながらも三人は馬車を拾うために街へと向かった。
「そいで、お嬢ちゃんの家ってのはボーダユークスからどんくらいかかるんだ」
三人は郊外を目指す行商の馬車に乗せて貰い、エルリッジが干し肉を齧りながらルピに質問する。
「順調に行けば5日もかからないと思います」
「5日ねぇそりゃまた随分と遠い。それで、70,000ギースのことだが、その、家にはあるんだよな」
「ええ勿論。あんな大金もって歩けないですし、置いてくるしか無かったんです」
報酬には興味ないと言っていた矢先に金の話を持ち出したエルリッジに、マレイは口を出しそうになるが、あの男と話をするのがどうしようもなく面倒臭く、黙って馬車の揺れるのに身を任せた。
「そりゃそうだ。そんな大金、お嬢ちゃんみたいなのがふらふらと持ち歩いてみろ、あの酒場に辿り着く前に悪い狩人の餌食になってるだろうな」
「あの、狩人さんもそう言うことをするんですか」
「皆が皆そう言うわけじゃないが、中にはそう言った狩人の風上にも置けないような奴も居る。そんな一部の奴らのせいで俺ら真面目にやってる奴が割りを食うんだから、たまったもんじゃねえよ」
ルピは随分とこの男に懐いているのか、食い入るように頷いて話を聞いている。
「じゃあやっぱりエルリッジさんは人助けがしたくて狩人になったんですか」
「嬉しいこと聞いてくれるなぁ。ま、半分正解で半分不正解ってとこだな。俺は昔っから正義の心に燃えていて、人一倍悪事には敏感だったんだ。だから大人になれば国のために騎士になるか、教会で迷える子羊達を導くか、二つに一つだと思ってた」
「でもそれならなんで狩人に?」
エルリッジはその言葉を待っていたかのように、意味ありげに深くため息をつき深く首を横に振る。
「騎士ってのは実績だったり家柄を重視する職業で、当時の若い俺はそのどっちも持っちゃいなかったし、教会も悩みは聞いちゃくれるが魔物を殺しちゃくれねぇ。狩人になったのはそれしか人の役に立てる術がなかったからだ。だが蓋を開けてみりゃやれ酒だのやれ女だの、高尚な志を持った奴なんて誰一人として居やしなかった」
「でも、そんな中でもエルリッジさんは頑張っているんですよね」
「勿論よ。例え世間の目が冷たかろうと日々の努力がきっと人の役に立っていると信じて、こうして今まで頑張ってきたんだ。お嬢ちゃんは分かってくれるかい?」
ルピは深く頷く。彼女は彼を心底信用しており、頼りないマレイより彼を最初から雇えば良かったのだと後悔すらしていた。
「嬉しいねぇ。さ、愛しの我が家に向かって突き進もうじゃないか。そう言えばお嬢ちゃんの家ってどんな感じなんだい?」
「家ですか? 二階建ての普通の家ですよ。屋根はお母さんと一緒に青色に塗ってるんです」
母を口にした瞬間、寂しさが込み上げてきてルピは表情を曇らせる。
エルリッジはルピの肩にそっと手を置く。
「辛かったな。でも、この悪夢とももうすぐおさらばだからな。それまで涙は取っておけ」
「は、はい。ごめんなさい。私、今はまだ泣きません」
盛り上がる二人を横目に、マレイはじっとエルリッジの腰に据えられた獲物を見つめた。
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