第3話 首を欲する女
少女の言葉にその場にいる全員が騒然となり、ケリーは先程までの優しい表情を一変させ、怒りを滲ませ手に持ったメモ帳を握り潰す。
「これだから世間知らずのガキは......」
ケリーが誰に言うでもなく呟く。
「あはは、殺しの依頼かよ、冗談きついぜ」
マレイも口では笑って見せるが、表情はひきつっていた。
「じょ、冗談なんかじゃないんです。冗談で、こんなところに来るわけ」
少女は俯きながら精一杯にそう答えると、カウンターにメモ帳が叩きつけられ、驚いて顔を上げた。
その目に写ったのは額に青筋を立てたケリーの顔であった。
「貴女、自分が何を言ってるのか分かってる? もし、分かっていないんだとしたら一度チャンスをあげる。今すぐ席を立ってこの店から出ていきなさい」
ケリーは自分自身の怒りと格闘しながら、言葉をにじり出す。
「......ごめんなさい。でも、私どうしても殺して欲しい人がいるんです」
「あーあ、だってよケリーどうする?」
ケリーは怒りに任せて拳で三回、力強くカウンターを殴った。
「てめぇら! 今日はもう店じまいだから金だけ置いて帰ってくれ!」
ケリーは怒鳴るでもなく淡々と、だが、言葉尻に怒りを滲ませる。
「ま、まあそうカッカするなって、な?」
カウンターに居た男の一人がケリーをなだめようとするが、カウンターの下でケリーの蹴る音が鳴り目を伏せた。
「悪いね。もう終いなんだわ。分かるだろ」
その鬼気迫る雰囲気に男達は只ならないものを感じ、一人、また一人と席を去っていく。
「それじゃ私もこれで」
マレイも流れに乗じて席を立とうとするが、カウンター越しにケリーに襟を掴まれ動きを止める。
「悪いけど、あんたには居てもらうから。いいわね」
凄みに気圧されマレイは頷いた。
「おらっ! あんたも帰んな!」
カウンターに突っ伏して眠りこけている男にケリーは声を掛けるが、深く寝入っているようでイビキが反ってくるのみである。
ケリーは彼を起こすのを諦め、店内に四人を残して誰も居なくなったのを確認すると、口を開いた。
しかし、そこには先程までの鬼のような形相は無くなっていた。
「はーっ、たく。あんたねぇこんな大勢の前で殺しの話をするなんて、馬鹿じゃないの?!」
「で、でもこうするしかもう方法がなくって」
小さい体が余計に小さく見えるほど萎縮仕切った少女は涙ながらに訴える。
「あのねぇ、人殺しがご法度だってのは知ってるでしょ。国や教会の連中に殺しの仲介をしたなんてバレたら、この店なんてひとたまりもないんだから」
「それに、お前は勿論一族もろとも死刑だろうな」
「でも、でも、私あの男が許せなくって。どうしてもダメですか」
依頼を引き受けるかは酒場の判断であり、マレイはケリーの動向を伺うように顔を見る。
「さっきも言ったけど、引き受けるにはリスクが高すぎるし、第一誰もやりたがらないだろうから依頼としては引き受けられない」
ケリーの言葉に少女はあからさまに肩を落とす。
「なんだか急に静かになったけど、どうかしたか?」
厨房から突然話を割くようにガタイの良い男が、手に食事を持って姿を現す。
「ようスペイズ! 久しぶり~」
笑顔で手を振るマレイの姿を見て、スペイズはぎょっとした。
「嘘だろ。マレイ生きてたのか?! てかなんだその格好は?! それと何で客がほとんど消えてんだよ!」
「父さんその下りはもうやったから。それと、お客さんの件だけど、この娘が人を殺して欲しいって頼んできてね。人払いするしかなかったのよ」
「まて、殺しの依頼って、次から次にどうなってんだよ」
スペイズは深くため息をつき、カウンターにもたれかかる。
「それで、受けるのか?」
「いま酒場としては断ったところよ」
「なら教会にでも突き出すか」
その提案に少女は目を見開き、席を立とうとする。
「こんな女の子教会に売る気はないわよ。だからルピちゃんだっけか、あんたもそう慌てない」
「で、でも、どのみちここに居ても何にもならないですし」
通報される心配はなくなりホッとして居ずまいを直す少女であったが、依然として芳しくない状況にその表情は暗かった。
「そう、酒場としては依頼は受けない。でも、話を聞かないとは言ってないわよ」
突如として提示された光に少女は顔を上げる。
「父さんごめん。でも、こんな年端もいかない娘をほっとけないの」
「まあ、依頼についてはお前に一任してるから、好きにすると良い」
ただ、マレイだけは呆れた表情でケリーを見つめていた。
「こんな話に首突っ込んで、どうなるかなんて分かってるだろ。やめとけやめとけ」
「別に話を聞くだけただなんだし、詳しく聞いてみてから判断しても遅くはないでしょ」
「さいですか。なあオヤジ、腹減ってるからそれくれよ」
「そいつぁ構わないが、後でちゃんとどこに居たのかとその格好について説明しろよ」
マレイの前に魚のシチューとパンが置かれ、匙を手に取り器に手を伸ばすが、寸でのところでケリーが器を奪い取った。
「なにすんだよ」
「まだこっちの話が終わってないでしょ。それに、あんたも他人事じゃないんだから」
「と、言いますと」
「お金が必要なんでしょ。聞いて良ければあんたがこの仕事引き受けるんだからね」
「はぁ?!」
予想外の発言にマレイはつい大声をあげてしまう。
「ちょ、ちょっとまてなんでそうなるかなぁ」
「だって私殺しを頼める狩人なんてあんたしか知らないもの」
「んなアホな理由で」
「良いじゃないの話を聞くくらい。どうせ暇なんでしょ」
「お前ほんとにさぁ。もう勝手にしろ」
マレイは面倒くささと不満とでその場に突っ伏す。
「で、殺しの依頼は分かったから、まずあんた幾ら出せるの」
「報酬なら、70,000ギースまで出せます」
提示された報酬額に、ケリーは間の抜けた声を喉から出し、突っ伏していたマレイはカウンターに手をついて立ち上がった。
「はぁ?! 70,000ギースて言えば、ケリー幾らだ?!」
「70,000ギースは70,000ギースよ! 幾らも何も無いわよ落ち着きなさい!」
だが、スペイズだけは金額に飲まれず冷静に少女を見つめていた。
「お嬢ちゃん。見たところ服装と言いあまり裕福そうには見えないが、本当にそんな額を出せるのかい」
「本当です! 70,000ギースだって家に帰ればすぐにお渡しできます」
「家ねぇ。それじゃお嬢ちゃんは貴族か、どこかの領主の娘とか?」
「い、いえ。家は小さな農村にあります」
それを聞いてそれまで色めき立っていた二人は途端に冷静さを取り戻す。
「あのね、今の話を聞いてるとあんたがそんな大金持ってるようにはとても思えないの。なにかそれを証明できるものはある?」
ケリーの問い詰めに少女はたじろぐ。
「今は無いですけど、でも家に帰ればあるんです! 本当なんです!」
「どこの出かも分からないお前の話なんか信用できるかよ。さー終った終った、ケリーいい加減シチュー返せよ」
既にやる気を失っているマレイは、匙でパンを叩いて食事を催促する。
「まあまてマレイ。吹っ掛けるにしたって金額がデカすぎるし、根拠もなくそんなことを言うとは思えない。それに、これが本当だったらみすみす大金を手に入れるチャンスを失うことになるんだぞ。それでいいのか?」
「て言っても、父さん、証拠もなしに信じろってのは」
「そこで提案なんだが、この娘は家に帰ればあると言ってるんだし、一緒について行ってその目で確認してから仕事をするか決めれば良いじゃないか」
「えー、それで嘘だったら時間の無駄じゃねえか」
無駄足の可能性がある以上、マレイにとって良い話とは言えず、首を縦には振れないでいた。
「真意はどうであれ、私としてはその金額に見合った仕事がどんなものなのかは気になるし、一体誰が標的なのか教えてくれるかしら」
ケリーの提案に少女は一つ一つを語り始めた。
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