第3話

 理不尽を理解しようとすると大変なことになる。もし、理不尽に同情してしまえば、永遠に理不尽の中に閉じ込められるのだから。そうしてエラドは理不尽を忘れることにした。


 かつてあるコンビニの従業員をしていた生前は筋骨隆々の青年だった死神のエラド。彼は、生まれ落ちた町で、死神となり町の罪人をかりとっている。彼は幼いころ殺し屋に両親をころされ、殺し屋や闇稼業の人間を恨み続けていた。だが実は、彼の両親も殺し屋で、かつてその殺し屋夫妻の娘を殺した。恨みは連鎖し、彼はその中で死に至った。そこまでは断片的に記憶に残っているのだが……。


 彼は死後、自分の罪を探し続けている。というのも死後の世界で、死神になり罪人の魂を削り取り命を奪うことを命令された事意外は、ほとんど記憶がぼんやりとしていてところどころ抜け落ちている。死神に特有の現象だという。確かに死神達はどれも死者のすがた。生きているときには到底ありえないだろう骨が丸見えでそれだけで自律したような姿をしている。死後の世界では、そんな風に人間としてのあれこれが抜け落ちたまま、魂だけが仕事に駆り出されるのだろう。


 彼はどこか見覚えのある女性をいつも気にしてつけまわしている。現実であればストーカーだが、実際、死神のただの道楽である。


 【俺は、どう考えても人を殺したのだろう、でなければこんなに人を恨んでいるはずがない、きっとあの夫婦の殺し屋を殺したのだ、そして恨みを果たしたのだ】


ある時その女が路地裏で、暴漢たち3人に囲まれているのをみた。なぜだか助けなければいけない気がしたが、彼は手をくださなかった。なぜならその男たちには、確かに罪が重なっていたが、死神が刈り取らなければいけないような道義的な罪は、それほど重なっていなかったからだ。その《罪》は死神には黒い影、オーラとして見えるのだった。


 女はあっというまに背後からくみつかれ、はがいじめにされて、死神のエラドも、この女、何故か気になるこの女の運命はそこで終わったとおもった。その瞬間だった。

 『こんなこと』

 女がぽつりとつぶやく、その次の瞬間、女の手にナイフが握られており、三人の暴漢を瞬時に切り刻んだのだった。 

 『あんたたち、殺し屋?』

 形勢が逆転する、男たちはおびえて路地裏の袋小路にずるずるとおいこまれる。

 『いや違う、ただの強盗だ!!あんたがその、こんなに強いとは!!』 

 『じゃあ見逃してやらないと、私の目的は、殺し屋を殺すこと、この世のすべての殺し屋を殺さないと』

 (ああ、なんて強い女だ、俺はこの女に惚れていたのかもしれない)


 とエラドは思った。だが、この女命を奪わなかったせいか罪のオーラがとても薄い、それにさっきの言葉まるで殺し屋を殺したことがあるかのような口ぶりだったので、なぜ影が薄いのか、エラドは気になっていた。それはずいぶんあとになって、理由がわかったのだったが。


 彼女は、どうやらスパイに近い仕事をしてお金を稼いでいるらしかった、しかし彼女は仕事のみならず、様々な殺し屋について調べ、それを彼女の部屋中にびっしりと資料としてはってある。そこで、死神エラドはきづいた。

 『この女、俺と同じ運命を背負っているのだな』


 女は一か月ほどの仕事を終えると、その国の未開の地、ジャングルへと足をふみいれた。死神も少し遅れて休養をとり、彼女のことに興味をそそられたので、彼女を尾行した。そこで真実をしったのだった。


 女はあるジャングルに入って、部族の一員となり言葉を話した。そこでしばらくくらしているようだった。どうやらその部族は彼女が昔から慣れ親しんだ知り合いのようだった。女は村長に偉く尊敬の念を抱いているようだった。死神はあらゆる言葉を感覚的に理解できるために、言葉の壁を容易に飛び越え、彼らが話していることを理解したのだった。


 彼女はそこで、しばらく2週間ほど滞在していたが、村長は、ある日いいづらそうに彼女に相談をもちかけた。

 『亡霊がでて人を殺していく、君によくにたものだ、君のせいだと村人の数人がいっている、君ならあれを狩れるか?君は人殺しなんだろう?』

 『……』

 女は押し黙る、死神エラドは一瞬、亡霊というのは死神の事かとおもった。死神は、人に姿を見られてはならない。姿を現すときは、駆らなくてもいい命を私的な恨みでかりとったとき。そういう時、死神は姿をみせる。そして死後の世界で裁かれるのだ。 


 その日から、“亡霊”をさがして女性は部族の村を警戒したりジャングルの中を探索したりしていた。目撃談を集めていたが大勢の人間がこういっていた。

 『あなたそっくりの亡霊だった』

 たしかに目撃談から人物像などをあてはめたり顔の特徴をつきとめていくと女性の特徴と一致していた。ずいぶん長い間その正体はわからずにいたが、ある“罠”にはまって、そして、ある日亡霊と女性は対峙した。


 

 簡易的なトラップ、アニマルトラップを改造したものに、その“亡霊”は引っかかったのだった。それは、彼女の、エラドが気になる女性の勝利だった。なぜなら彼女の習性やクセ、特徴から、相手のいるかもいないかもしれない“亡霊”の生態をつかみ、ついに罠にはめたのだから。

 『きたわね、リサ』 

 『姉さん、テリー姉さん、まさか本当に生きていたとはね!!探したわ』

 リサとよばれたほうが、足にひっかかったアニマルトラップをはずした。テリーというのがエラドが気になっている女性の名前らしかった。

 『初めは信じられなかった、けれどあんたやっぱり……いきていたね、ジャングルまでさがしにきたんだ、私のそだった部族の村まできて、あんたこそ、体の半分を機械にしてまで“私の仕事”から生き延びていたとわ』

 おかしなことに瓜二つの女性で、片方は体を完全に機械化しており、機械化していないほうの肉体も体が傷だらけで、それは銃創やら裂傷やらでぼろぼろになっている。

 『私たち双子は、奇妙な運命をせおったわね……あの日のことを覚えている?お姉ちゃん、まさかお姉ちゃんが、私をころしたとはね、あの殺し屋たち、パラ一家のせいにして』

 『パラ一家?』

 死神は、木の柱の影からその女たちのにらみ合いを見ていた。そしてパラー一家というものについて自分の記憶に心あたりがあったように、うっ、と頭をかかえた。その名前は、どうやら自分の……自分の一族の苗字のように思えた。


テリー 『私たちアディン一家は奇妙な習わしをもっていた、双子が生まれたときそのどちらかの命を奪わなければならない、それを嫌った両親は、私たちを殺し屋としてそだてたあげく、お互い、小さいころ、まだ幼い7歳の自分に殺し合いをさせた』

テリーは拳銃のスライドにてをかけ、空にむけて威嚇射撃をした。

『私は、そして、10年もまった、10年後に殺し屋連中の互いのいがみ合いをしっていた私は、ある殺し屋夫婦にぬれぎぬを着せる方法で、あんたを殺す計画をたてた、私は“究極の殺し合い”のすえにあんたに殺されかけたがこのジャングルで、長老にたすけられ、生き延びていた、そして歳月がたつのをまち、計画を実行したの』

『お姉ちゃん“究極の試練”は合意していたじゃない、どちらがいきのびてもうらみっこなしだって』

テリーは逆上して腕で空を薙ぎ払う。

『ふん、よくいうわよ、あんただって死んだふりをしてあの日、あんたの両親をたすけにきたじゃない、体をサイボーグ化してね私たちの両親を私は殺したわ、なぜなら、私はあんたたちの幸福な暮らしをうらんでいたからよ!!10年!!10年の間ずっと』

 テリーは拳銃をかまえ、威嚇も含めて数発彼女にむけて撃った。リサはサイボーグ化したからだでそれをよけた。縦横無尽にかけまわり、ついにはある木の上にきた。それは、エラドが頭をかかえているまったく同じ枝の上だった。

 『あんたのせいで、お姉ちゃんのせいで、そこにいた無関係の、過去の清算をしようとしていた凡庸な青年“パラー・エラド”の命をうばわなければならなくなったのよ彼は、殺し屋を恨んでいたけれど、殺し屋でも何でもなかったわ、それに彼は、彼の両親はお姉ちゃんにころされた、彼がもっとも、この話の被害者なのよ!』

 そこではある死神がうなだれていた。いま決着をつけようとしている二人の姉妹、このどちらかを助けるべきなのだろうか?一方のリサは人の恨みをかっているらしくいくつもの影がまとわりついている。一方のテリーはリサに比べると真っ白である。彼女はきっと恨みから人を殺した故に、リサにくらべれば真っ白だったのだろう。しかしこの話は奇妙だった。なにより自分も無関係ではなかった。どうやら自分は、パラー・エラドは、人の命を奪って死神になったわけではなく、死後の世界の“審判”を思い返すに、ただ恨みが強すぎたために死神になったらしい。ふと記憶がよみがえる。


 ある家屋の中で、エラドは自分の両親を殺した夫婦と会話している。なぜ殺し屋がいがみあうのかをきかされ、パラー・エラドは納得していた。夫婦は幾度も誤り、最初に自分の娘を殺されたが、今の今まで、お前を生かすために影で金銭的支援やらほかの殺し屋から身を守っていたのだと自白している。そこに、女性がやってきた。かつて死んだはずの女性が。テリーだ。死後、ずっとエラドが気になっていた女性である。彼は銃口を三人にむけ、容赦なくそのサイレンサー付きの銃で現実をぶち壊しにして、彼は、エラドは死後の世界で裁かれ、死神になった。

 

 『あの女を、俺は、あの女を、愛していたのではなかったのか……』


 気が付いたとき、それは一瞬の刹那。テリーがリサに拳銃をむけ、その銃はするどく、リサの目の前までくる。

 『終わる』

 そう理解したエラドは、銃弾を背負った鎌できりさいた。そしてふわりと地面におりる。二人の女は黒い影に邪魔をされたことだけはわかったが何がおこったかもわからぬまま近距離の肉弾戦を繰り広げた。両方がナイフで互いを傷つけあいながら、消耗してどちらかがしぬのをまっていた。テリーがナイフでリサを傷つけようとするが、機械化された半身に歯が立たず、反対にリサもナイフできりつけようとしても、テリーがたくみに拳銃をつかいそれをふせいだ。

 『ぐっ』

 『このっ』

 くんずほぐれつの大喧嘩、というより殺し合い。初めにつかれた方が死ぬ、それを眺めていたエラドだったが、初めに疲れをしったのは、妹のリサのほうだった。ナイフをおろし、テリーに拳銃をひたいにむけられ、テリーは引き金をひく、その瞬間、たしかに弾丸ははなたれたが、またもや黒い影に阻まれカマではじかれ跳弾し、跳弾した玉が、テリーの頭を貫通して、テリーは絶命した。黒い影に戦闘を邪魔され、しかしそのせいで命拾いをした女性、リサは、真っ赤で染まった目で空を見上げながら影に話しかけた。


 『だれ?お母さん?お父さんなの?』

 『違うよ、過去の亡霊だ』


 そういうと、死神エラドは実態をあらわし、もう一人の憎むべき一族の首に鎌をかけたが、自分の恨みの強さを感じ、そこで鎌をおろし、退散して、霧と消えた。テリーの死骸をみておもったことは、悲しい女の人生のことだった。


 やがてエラドは刈らなくてもいい命を奪ったことで、罰をうけ、しばしの間役職のない死霊に転生したが、あの日あそこでおこったことで、復讐心や、人への恨みがどこか消え去ったようで、やがて死神の役職に戻るときには、しっかりと仕事をこなすようになった、ずいぶんと死神としてさっぱりとした気分になったのだった。




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死後の世界とメメントモリ ボウガ @yumieimaru

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