第3話

「魚がそんなに欲しいなら、俺が捕って来てやるのに」


ベルなら変身して、魚なんて簡単に捕ってこれるかもしれない。

でも違うんだよベル。

僕がベルにあげたいんだから、僕が捕らないと意味が無いんだ。


さて、一匹、できれば二匹ぐらい入っているといいな。

そう思い網に繋がるロープを引く。

でもその途端にグィっと体が持って行かれた。

どうやら思った以上に、たくさんの魚が掛かっていたようだ。

どんどんひかれるロープを必死につかみ、力任せに引くけれど、足元はサラサラした砂で、抵抗したところで叶うはずも無かった。


「危ないヒロ!ロープを放せ!」


ベルの叫ぶ声がし、いきなり背中から腕が回された。


「い、いやだ!」


だってせっかく掛かった魚だもの、ベルに食べさせてあげるんだもの。

絶対に放すもんか!


「この強情っぱりが」


背中でそう呟く声が聞こえた。

すると足元の砂を掻き分け、岩が盛り上がってくる。


「ほら、これなら踏ん張りが効くだろう?好きなだけやっていろ」

「ありがとうベル」


ベルが僕の気持ちを汲んで、足場になる岩を作ってくれた。

やっぱりベルは優しい。

そして僕はその岩に足を掛け、思い切りロープに力を込めた。

それでも体が海に持ってかれそうになったり、転びそうになったりして、そのたびにベルが諦めろと言うけれど、僕はそんな事はしたくない。

そして僕が諦めずに抵抗していると、しびれを切らしたベルが、暴れる魚にとどめを刺しに行こうとする。

ダメだベル。

これは僕がやりたい事なんだから、邪魔すると絶交するよ!?

そんな気持ちを察したのか、ベルはすぐに飛び出せる体制で僕を見守ってくれた。


引き上げて見れば、それは一匹の大魚だった。


「ごめんねベル、一匹しか取れなかった……」

「確かに一匹だが、とてつもないでかさだな」


うん、確かにすごく大きいね。

もしかすると、この海の主様かもしれないね。


「こいつは魔魚だな」

「そうなの?」


魔魚は魔物の部類。

つまりベルの系列?


「同じなのは魔素を持っていると言う事だけだな。魔物はお前達で言う動物と同じ。魔族は人間のような立場だ」

「あぁ、そうだった」


僕はこの世界の人間から、害悪である魔王を倒してくれって頼まれて、それを了承した。

だから魔族そのものを滅ぼすつもりなんて無かったんだ。

僕は害悪と言われた魔王のみを倒すつもりだった。

そして聞かされた事と違い、魔族は争いを好まず穏やかな人が多く、ただ異形が多くて魔力を持ち、本当は魔法を使える事で人間から毛嫌いされていたみたい。

だから僕…勇者により数少ない魔族は滅んだふりをして、その実人間の中で暮らしたり、人間の手の届かない所でひっそりと暮らしているんだ。


「それにしても、これどうしよう?」

「なにも、そのリュックにでも突っ込んでおけばいいだろう?」


そりゃぁベルの作ってくれたこの鞄なら、大きさを問わず何でもかんでも入って、長期間保存できるけれど、やっぱり生ものとなると扱い…と言うか、僕の気持ちが許さないんだよ。


「仕方ないな。それならその内もう一つ作ってやるよ」


そう言って、ベルは自分の持っていた鞄に、そのでっかい魚を詰め込んだ。


ベルの鞄には色々な物が入っている。

以前持っていた財宝や、着ていた服とか使っていた魔剣や、僕の作った料理やお菓子まで、ありとあらゆる物が。

でもやっぱり生の魚がそのまま一緒に入っている事が嫌だった。



家に着いてから、裏庭に丸木舟の出来損ないをポイした。

そして家に入ってから、すぐにその魚を鞄から出すようにお願いする。


「今からこの魚を料理するのか?今日は疲れただろうから、食事は作り置きを食べて、調理は暇な時にすればいい」


理論的にはそうかもしれないけれど、生魚と服や道具が一緒くたになっている気がして嫌なんだよ。

服は生臭くなりそうだし、魚が泥まみれになりそうなイメージがある。

何より新鮮な生魚が、時間が経つにつれ、だんだん傷んでくる気がする。

それは全て僕の思い込みだと分かっているけど、でもやっぱりそれをイメージすると、居てもたってもいられなくなる。


「仕方ないなぁ」


そう言って、ベルが魚を取り出して魔法で氷漬けにしてくれた。


「こんな事をしなくても、鞄に入れていた方が傷まないんだけどなぁ」

「ごめんね…ベル」

「いいって、これでヒロの気が済むならお安いものだって」


そう言い、僕の頭をなでてくれる。


「明日はこれで美味しいものをたくさん作るね」

「あぁ、期待しているよ」


魔魚や魔物は、人間だけでなく魔族も好んで食べる。

多く魔素を取り込めるからだ。


「でも物には限度があるよな……」


そりゃぁ鞄に入れておけば、鮮度は失われないから、いくらだって保存できる。

でもそれを好まない僕のために、ベルは冷たい保存箱を作ってくれた。

だけど冷蔵庫をイメージして作ってもらったそれは、こんなに大量な物は入り切れない。

仕方が無い。

この魚はベルが眠った後に、こっそり捌いておこう。

そして保管庫に入りきれない物は、明日近所に配りまくろう。

そう思ったけれど、結局お腹が一ぱいになった僕は、またベルの懐でぐっすり眠りこけてしまった。

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