第2話

「さてと」


ようやく海に到着し、ヒロは担いでいた丸太をゴトント岩場に落とした。


「ベル、お腹空いてる?」


ヒロは人の心配ばかりする。

元々俺は空腹を感じる事など無い。

ただ何かを食べたいという欲求を覚えるだけで、実際は魔素さえとっていれば、食事をする必要も無いのだ。

もちろん食事もエネルギーにはなるが、魔素に比べれば微々たる物だ。

ただヒロの作る物に対しては、何でも旨いと感じるし精がつく。


「いや、まだ空いてはいないが」

「そう?それならこっちを先に仕上げちゃうね」


そう言い、ヒロはポケットからナイフを取り出した。

それを巧みに使いこなし、一心不乱に丸太に刃を立てる。

どうやら丸太を安定させ、人が乗れるように加工しているようだ。

”邪魔しない方が良いな”

俺はそう思い、少し離れたところでゴロンと横になった。

気持ちの良い風が通る砂の上。

目に入るのは青い空と青い海。

それから一生懸命に船を作るヒロ。

”なんか俺、今すごく幸せ”

こんな穏やかな暮らしが出来るなんて思いもしなかった。

戦いに明け暮れ、目に入るのは醜い争いと惨たらしい屍ばかりだった。

今は魔族は滅びた事になっているが、いずれ何百年後、俺がこの世から消えた時、新たな魔王が生まれるはずだ。

そうなればこの世界はまた戦いに明け暮れるようになるかもしれない。

でも取り敢えず今はこんなに平和だ……。


それにしてもヒロの身体能力ってどうなっているんだろう。

まるで紙の束にナイフを立てるように、いとも簡単に木を削っていく。


ガシュッ、ガシュッ。


ただ木を彫る音がなぜこんなに心地いいんだろうな。

俺には打ち寄せる波の音と相まって、極上の音楽のように聞こえる……。




「ん?」


丸太を掘る事に夢中になって、ついベルの事を忘れていた。

ダメだなぁ、ベルがいつも優しいから、僕はその気持ちに甘えてしまう。

目を向ければ、ベルは砂の上で眠っている。

”暑くないのかな?”

まあ真夏と比べてだいぶ涼しくなってきたから、そんなに心配する事では無いだろう。

そう思いながらまた仕事に戻る。

ガシュッ、ガシュッ。

でも5分もすると、またベルが気になり目を向ける。

”寒くないかな?”

そんな事無いかと、また仕事に戻る。

ガシュッ、ガシュッ。

”お腹空いてないかな?”

でも気持ちよさそうに寝ているベルを起こす事はしのびない。

僕はまたしばらく木を削っていたけど、だんだんつまらなくなってきて、そのうち寂しくなってきた。


「ずるくない?」


”僕だけ一生懸命仕事して、ベルは気持ちよさそうに眠っているんだよ?”

それは単なる言い訳だと十分承知しているけれど、でも何かしらの理由が欲しかった。

だから僕は四つん這いになり、ベルの所に這って行った。

それからそこでゴロンと横になって、コロコロ転がり、ベルの横に張り付いた。

寒いわけじゃ無いけれど、でも暖かいのって幸せだよね。

そう思いながら、迂闊にも僕まで眠りに落ちてしまったみたいだ。




「おい、おいヒロ」

「ン…な、なぁに?」


もう朝なの?

ぼんやりとした視界の中に、いつものようにベルがいる。


「いや、魚を釣らなくて…いや、その前に船はどうするんだ?」

「船?……船!」


そうだった、僕は魚を捕るために船を作っていたんだっけ。

飛び上がるように起きれば、日はすでに傾きかけている。


「あ、あぁ、ごめんねベル。今すぐに魚を捕るから」


そうは言っても船はまだ出来上がっていない。


「ごめん、まず船を仕上なくちゃ。でもお腹空いたよね。持って来たお菓子でも食べて待っていてくれる?お茶も持って来たんだ。これ食べながら待っていて。ホントにごめん。バカだな僕って」

「まあ待て落ち着け。俺は腹は減っていないし、別に腹に入れるのは魚じゃなくてもいい。お前の作った菓子でも十分満足だよ」

「お菓子とご飯は違うよ。そう言えばお昼も食べていなかったよ」

「だから落ち着けって!」


慌てて立ち上がろうとした僕の手を引き、ベルが自分の横に僕を座らせた。


「よく聞け。俺はまだ腹は減っていない。それから食事は魚じゃなくてもいい。そして今日はいつもと違う事をしてとても満足している。分るか?」

「うん…」

「だからこの後は、家に帰って二人で料理したものを食べて、のんびりと夜を過ごしてもいい」


ベルがそう言うならば、今すぐ家に帰ってもいいけど…。

でもベルは魚を食べたいと言っていたんだ。

だからたとえ一匹だけでも捕って、ベルに食べさせてあげたいと思うんだ。


「ねぇベル…、少し、ほんの少しだけ待ってくれないか?」

「全くヒロは頑固だな。俺の事なんて気にしなくてもいいのに…」


そう言いため息を吐くベルだけど、僕の我儘は聞いてくれるって知っているんだ。


僕は船を諦め、鞄の奥から大きな投網を取り出し、それにロープを結びつけた。

それから投網を折りたたみ、肩に担ぐ。


「どっせぇーーぃ!!」


掛け声とともに力いっぱい投げた投網は、シュルシュルとロープを引きずりながら沖へと飛んで行く。

そしてロープが尽きた時、網は大きく傘のように広がり、海へと落ちていった。

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